第22話 違和感の正体
島から島へと渡りながらどんどんと目的地である宮殿に近づいて行く途中、私は今迄感じていた違和感の正体が何なのか分かって思わず足を止める。
「どうかしたの?」
私が足を止めたことに気付き、次の島へ渡ろうとしていたヒスイさんもいったん動きを止めてこちらを振り返る。
「ずっと違和感を感じていたんですが、この世界って空に太陽はおろか月も星もありませんよね」
「そうね。その割には不自然に明るくてはっきりと周りの風景を確認できるようだけど」
「最初、こんな風に明るく見える理由は空中に漂っている光の粒が影響していると思っていたのですが—―」
そこまで告げた時点でヒスイさんの浮かべる怪訝な表情から大体の事情を感じ取った私はいったん言葉を切り、今話そうとしていた内容から先に確認すべき事項に話題を変えざるを得なくなる。
「もしかしなくても、ヒスイさんはこの空間のあちこちに漂っている金色の光の粒が見えてないんですね?」
恐る恐るそう尋ねると、案の定ヒスイさんは肯定を示すように首を縦に振った。
(そうなると、この光の粒と色合いが似ている『天輪』には何か繋がりが? でも、この光の粒がマリアにも見えるとは限らないし、そうなるといつも見えてるこの世ならざる何か、って可能性もあるし……ううん、今は余計な思考にリソースを割いてる余裕なんて無いし、この考察は後回し!)
いったんそうやって思考を切り替えると、私は気を取り直してヒスイさんへ私が見えているものについて情報を共有すべく再び口を開く。
「実は私にはこの空間のあちこちに漂う光の粒が見えています。そして、その粒は確かに光り輝いてはいるんですが眩しいとかそんな感じは全然なくて、近い感じで言えば魔力光を見る時の確かに光ってるんだけど普通の光とはどこか違う感じ、ってところですかね」
「なんとなく言いたいことは分かったわ。それで、その光が空間を照らしている要因ではないとして、アリスはいったい何に気付いたの?」
「ヒスイさんも疑問に感じませんでしたか?」
「何に?」
「光源が無いはずなのになぜか私達の足元とか体に影があること、ですよ」
そう私が告げたとたん、ヒスイさんは今気づいたと言わんばかりの表情を浮かべて慌てて自分の足元や体を確認する。
「当たり前のこと過ぎて、全然気にも留めてなかったわ……」
「あはは、私もついさっきまで『どこかおかしいなぁ』程度には感じてても、何が原因でそう感じるのか気付いたのは目の前を歩くヒスイさんを見続けてたおかげなんですが。……そこでもう一つの疑問なんですが、今足元にある影の角度から見ると光源ってあっちの方角にあることになりますよね」
そう言いながら私が指差す先には、未だ遠いがそれでも先ほどよりは幾分か近づいている私達の目的地、謎の宮殿が鎮座する島があった。
「……つまり、あそこにはこの空間を照らし出しているあたしたちが光源だと認識できない超常的な何かがある、ってことね。…………ちょっと待って。光を失った、暗闇に囚われた人類に光をもたらす存在……それって、太陽の女神について書かれた神話で良く出てくる『女神の権能』と一緒じゃない!」
太陽の女神ソルマリアが長き戦いの末に邪神たちを世界の裏側に封じて神の時代を終わらせたという伝承には太陽の女神ソルマリアが人類を救う決意を固めるきっかけや月の女神ルナマリアが邪神の長に就くまでのエピソードにいくつかのパターンがあるのだが、必ず共通して描かれるエピソードとして戦いに敗れた月の女神ルナマリアが最後の力を振り絞って人類の時代を拒否するために世界を夜の闇で覆い隠した時、太陽の女神が地上に降り立つことで空の太陽さえ隠れている深い闇の中でも人類が惑わず前に進むだけの光を与えた、と言うものがある。
そして、その暗闇に閉ざされた時代こそが神歴から人歴に移り変わる間の期間、ほとんどの伝承も文献も残っていない混沌と混乱が支配した空白の歴史である空歴と呼ばれる期間なのだ。
「そうなんです。だから、私はあの宮殿が太陽の女神ソルマリアに関係する…と言うより、太陽の女神ソルマリアが邪神を封じるために創り出した何らかの施設であるのは間違いないんじゃないか、って思ったんです」
「そうなると、出口を探すためにもあそこに向かうのは正解だけどもしもこの空間に封じられていた邪神の封印が解けていた場合は間違いなく戦闘が避けられない、ってことよね。……これは、より気を引き締めていく必要がありそうね」
険しい表情を浮かべながらそう告げるヒスイさんに、光の粒が見えている私だからこそ気付いたもう一つの違和感について口にすべきかどうか一瞬迷う。
だが、私の表情から何かを察したのか「それで? まだ何か気付いたことがあるんでしょ」と声を掛けられたので、私はもう一つの違和感についても口にすることにした。
「実は、周りに漂っている光の粒があの宮殿に近づくにつれて少なくなってきてて、ある程度近づいたからこそ気付いたんですがあの宮殿の周りには全く光の粒が見当たらないんですよね」
「……因みに、アリスはその見えているっていう光の粒に触れたりするの?」
おそらく、今の説明と私の表情からどういった話をしようとしているのか察してくれたらしいヒスイさんに私はヒスイさんが望むだろう情報を提供できるよう考えながら回答を口にする。
「それが、どれだけ近づいてもある一定の間隔まで近づくと離れて行ってしまうか煙のように消えてしまうので触ったりすることができないんです。それでいろいろと観察してたんですけど、島を渡る時にヒスイさんが警戒のために魔力を高めたりするとそれに反応して光の粒も遠ざかっていたので、どうやら魔力に反応する性質があるらしいことが分かったんです」
「つまり、あの宮殿の周りにその光の粒が無いってことはあの宮殿の中にそれだけ広範囲へ影響を及ぼすほどの魔力を持った何かがある、もしくはいる可能性が高い、って言いたいわけね」
「その可能性が高いと思います。そうなると、おそらく一番可能性が高いのは既に邪神の封印が解け、邪神の持つ膨大な魔力に反応しているパターンではないかと私は考えています」
私の考えを告げた後、2人の間に重苦しい沈黙が訪れる。
だが、その沈黙も長くは続かず軽いため息を漏らした後にヒスイさんが表情を引き締めつつも口を開く。
「どちらにせよ、その推測が正しい保証もないのだから少しでも助かる可能性が高い行動としてあの宮殿を目指す方針に変更はないわね。ただ、事前に最悪の可能性を引き当てる確率が高いかも知れない、ってわかっただけでも事前の心構えが変わってくるから大きな収穫かしら」
そう告げた後にヒスイさんは再び先ほど進もうとしていた次の島へ視線を向けるとこちらへ視線を向けないまま言葉を続ける。
「それに、そのアリスが見えている光の粒が邪神の力に由来するものだった場合、宮殿を離れるほど増える理由が外部からの侵入を警戒して多めに配置しているから、って可能性もあるわけでしょ。そうなると、時間をかければかけるほどあたしたちをより安全で確実に捕らえる、もしくは排除する準備を整えられてしまうって危険性もあるわけだし、だったら出たとこ勝負でさっさと答え合わせをしに行こうじゃない」
私が考えていなかった可能性を提示され、確かに時間をかけるほどこちらが不利になる危険性があるのならいつまでもここで悩んで立ち止まっていても現状維持か事態の悪化にしか繋がらないと判断し、私は短く「はい!」と返事を返した。
そして、私の返事を聞いた直後に「じゃあ行くわよ!」と宣言しながら再び先陣を切って走り出したヒスイさんの背を追い、私も未知の脅威が待ち受ける宮殿目掛けて走り出すのだった。
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