第15話 近状報告

「さて、それじゃあとりあえずこの約16年間の間、どこで何してたのかきちんと説明してもらおうか」


 一通り自己紹介を終えた後、私達は部屋に入ってすぐ右側の位置に設置されている応接セットに案内され、奥側に2つ並んで置かれている1人掛けのソファー、その入り口側から見て右側にジークムントさん、左側になぜかマリアが座り、机を挟んで対面の3人掛けソファーの右(ジークムントさんの目の前)にママ、そして左(マリアの目の前)に私が座ることとなった。

 そして、残りのヒスイさんとコハクさんは私達の後ろ側にパイプ椅子を持ってきて座っており、チェルシーさんはジークムントさんの背後(少し離れた位置)で立ったまま待機していた。


「説明って言っても、単純に王都でアリスを育てるのは無理だと判断してわたしが生まれ育ったローエル村に戻ってただけなんだが」


「だけ、って……。そもそも、お前の出身ってパンデオンじゃなかったんだな」


「まあ、パンデオンで生活してた時期も長いから第二の故郷と言えなくもないが、一応出身地と言えばローエル村の方なんだよな」


「え? ママってパンデオンで生活してたの?」


 いきなり私の知らない情報が出て来たので思わずそう声を上げると、ママは当然だと言わんばかりの表情で「それはそうだろ。だってわたしは普通に初等学校に通って寮暮らししてたからな」と返事を返す。

 ただ、言われてみれば私とマリア以外の子供はほぼ全員が6歳を過ぎるとパンデオンの初等学校に通っていたので、自分たちがかなり特殊な環境で育っていただけでローエル村ではそれが当たり前の事だと言われればその通りなのだが。


「やっぱ東部地方でそれらしい人物を見かけた、って噂はガセじゃなかったんだな。……ちょっと待てよ。ってことは、やっぱ10年前にパンデオン支部から報告があった、一夜にして暗部組織の拠点と思われる3つの施設が壊滅した事件はお前の仕業なのか!?」


「ん? ああ、アリスが攫われた時のあれか。正確にはわたしが始末した拠点は5つなんだが、あの時は一刻を争う事態だったしわたし一人でやった方が早いから協会には報告しなかったんだよな」


 そうしてママが語った報告は私も初めて聞く内容が多く、幼かったが故に忘れている過去の事件についてその裏話を含めていろいろと知ることになる。

 発端はパンデオンに到着した2日目、初等学校を訪れた時に起こっており、他人への警戒心が薄かった当時の私がママが初等学校の入寮手続きについて職員から説明を聞いてる最中にママに告げずに一人で勝手にトイレへ行き、その帰り道に声を掛けて来た知らない男性に付いて行った(この経緯は目撃者がいたわけでは無く、無事に保護された私がママにそう証言したらしい)ことから始まるらしい。

 そして、どうやらその男性は王国各地で暗躍するかなり規模の大きな犯罪組織の一員だったらしく、前日に街中で警戒心薄く周囲の人に話掛けていた私の姿を見かけて攫いやすいと判断されたのか、事前にある程度準備された状態で私の誘拐が決行されていたのに加え私の気配が消えことに気付いてママが慌てて探し始めた直後に男の仲間たちによる妨害もあったため、救出が間に合わずに敷地外への逃亡を許す結果になってしまったのだという。

 その段階で初等学校の職員が協会への通報を申し出て来たらしいのだが、協会の応援を待っていては手遅れになる可能性もあるし、何より他のハンターが来たところで足手まといにしかならない可能性もあったので自身も資格を持ったハンターなのでその必要はないと断り、ママを足止めするために襲ってきた襲撃者の持ち物から情報を得て(本人たちは逃げるのが不可能と判断した直後、自ら命を絶ったらしい)、手当たり次第に拠点を潰していった結果5つ目の拠点でパンデオンから連れ出される直前だった私と攫った男達を発見し、無事救出に成功したという流れだったとか。

 因みに、私がその当時の記憶をほとんど覚えていない原因として誘拐犯から逃げ出そうとして抵抗したのか救出した時の私はかなりボロボロの状態だったらしく、その時の衝撃で一部記憶が飛んでいるのではないかとの事らしい。


「——んで、それからローエル村に戻る途中にマリアを拾ったからその後はずっとローエル村で2人を世話するのに忙しくて、あいつとの手紙のやり取りを続けてたくらいで外部との接触を断ってた感じだな」


「……いや、その誘拐事件があった後に協会の関係者がローエル村にも行ったと思うんだが、よく見つからなかったな」


「まあ小さな村だしアリスがパンデオンで危険な目にあったって噂はすぐ広まったから、アリスを攫ったやつらの仲間が仕返しに来ると面倒だからもし外部から来た人間がわたし達親子の事を聞いてきても喋らないでくれ、ってお願いしたら全員快く了承してくれたわけよ」


「なるほどな」


 ジークムントさんはそう呟いた後、その視線を隣のソファーに座るマリアに向けながら再度口を開く。


「てか、今サラッと言ったがこっちの子も別にお前と血が繋がってるわけじゃないんだな」


 一瞬、なぜかジークムントさんの発言に妙な違和感を感じた気がしたが、ママがすぐに「そうなるな。ただ、血が繋がっているかどうかとか関係なく2人ともわたしの大事な娘であることには変わりないがな」と自信満々に答えたので、むず痒いような奇妙な感覚であっけなく違和感は意識の外へと追いやられてしまった。


「そうか。……で、その大切な娘たちをお前は死と隣り合わせの危険な職業であるハンターに推薦したい、と?」


「ああ、本人たちの希望だからな。それに魔王だなんだと荒れているこのご時世、ハンターとして問題なくやれる程度の実力でもないと安全とは言い難いだろ?」


「まあ、それもそうだが……」


 ジークムントさんはなぜかそこで言葉を濁しながら私の方へと一瞬視線を向け、視線を逸らすと同時に軽くため息を吐いて「まあ、これも血筋か」と漏らしながら視線をママに戻すと同時に再び口を開く。


「分かったよ。ただ、知り合いの娘だからと言って審査を甘くすることはねえからな」


「それは当然だろ。もっとも、2人がそこそこやることは戦闘を見なくてもそれなりに分かるだろ?」


「まあな。ただ、規則は規則だから規定通り手順を踏んだ審査はやらせてもらうぞ」


 そうジークムントさんは告げた後、その視線を私達の背後にいるヒスイさんとコハクさん(目線の角度を考えるとどちらかと言えばコハクさんの方だろうか)に向けながら、「と言うことで、この2人の実力を測る試験官の仕事をお前たちの昇級試験とする」と告げる。


「え? ええっ!?」


「姉さん、僕たちの時にも中級への昇格間近の人達が試験官をしてくれたでしょ? あれと同じだよ」


 突然の事態に狼狽えるヒスイさんに、コハクさんは冷静にそうツッコミを入れた後にジークムントさんへまっすぐ視線を向けながら言葉を続ける。


「内容は僕たちが受けたのと同じ、模擬戦による戦力試験と初級ダンジョンの探索による適性試験の2つでよろしいのでしょうか」


「ああ、問題ない。さすがにお前たちも嬢ちゃんたちも相応の準備が必要だからダンジョン試験は2日後になるが、戦力試験は今からやっても問題ないな?」


「はい、僕も姉さんも問題ありません」


「よろしい。ならば全員速やかに3階の演習フロアに集合し、準備が整うまで待機するように」


 ジークムントさんがそう宣言すると同時に背後に控えていたチェルシーさんが入口の方まで移動し、ドアを開けながら私達に「それでは会場まで案内しますので付いて来てください。それと、お二人とも既に武具は装備されているので問題ないかとは思いますが、着替えや準備が必要でしたら更衣室にご案内しますのでお申し出ください」と丁寧な案内をしてくれる。


「さて、それじゃあさっさと行って最初の試験を終わらせるか」


 そうママが私とマリアに告げ、ソファーから腰を上げようとした直前にジークムントさんが声を上げる。


「ちょっと待て。お前はまだ必要な書類の記入とかが残ってるからここに残れ」


「えー、そんな面倒な処理はジークがやっといてくれてもいいだが?」


「ダメだ。規定に基づいた正式な手順はちゃんと守ってもらうぞ」


 ジークムントさんはきっぱりとそう断言した後、私とマリアへ交互に視線を向けながら「と言うわけで、こいつがきちんと書類を完成させた後で試験を始めるからしばらく待っててくれ」と告げられ、ママとジークムントさん以外の5人で3階にあるという演習フロアへ向かうために本部長室を退出することとなるのだった。

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