バトルロール・アクター

ああく不意

プロローグ

エターナルサーガ

 西暦2045年、東京の街は現実と仮想が入り混じるかのように輝いていた。人々はスマートコンタクトレンズを通して日常にデジタルのレイヤーを重ね、仕事も娯楽も、すべてがテクノロジーと一体となった光景を見ている。だが、芥川アクトにとって、最も大切な舞台は、VRの中の物語だった。


 芥川アクト、16歳。父は名優として知られる舞台役者で、その存在感とカリスマ性は業界でも突出している。幼い頃からアクトも舞台の裏側で父の姿を見て育ったが、彼が惹かれたのはリアルな演技の世界ではなかった。


 アクトが愛したのは、VRの中の広大なRPG世界。そこでは、誰もが異なるキャラクターとして物語に参加し、自分の選んだ道を進んでいく。アクトはゲーム内のロールプレイングに長けており、ただ戦うだけでなく、そのキャラクターになりきって会話や行動を紡いでいくことに没頭していた。


 彼は学校から帰ると、まずVRヘッドセットを手に取る。それを被ることで、今日もまた、彼の冒険は始まる。

 《エターナルサーガ》という名のRPGは、かつての名作をリメイクしたもので、広大なファンタジー世界と深いストーリーが特徴だった。アクトはそのゲームで作ったキャラクター、冷静沈着な騎士を操作し、まるで舞台俳優のように巧みに演じていた。


「今夜も投稿しようか……」


 彼は自室の小さな机に座り、先ほど撮り終えたプレイ動画を確認した。実況や解説はほとんどせず、キャラクターになりきった独特のロールプレイが彼の動画の特徴だった。剣を構え、仲間と共にモンスターを打ち倒しながら、ストーリーに登場する人物たちとの会話を進める様子は、まるで一つの演劇を見ているかのようだった。


 百面アクトの名で動画を公開して数ヶ月。フォロワーは少しずつ増えていたが、まだ彼の才能を知る者は少ない。しかし、アクトにとって、それで十分だった。彼は現実から逃げているわけではない。仮想の世界でこそ、本当の自分を見つけ出せると感じていたのだ。


「父さんは理解してくれないだろうな……」


 部屋の片隅に置かれた父の古びた舞台衣装がまるで無言の圧力をかけているように見えた。父はアクトがゲームに熱中していることを知っていたが、舞台の上でこそ人は本当の姿を見せるものだという信念を持っていた。


 アクトは父に言えないまま、ゲームの世界で演じ続ける日々を送っていた。だが、彼の中で次第に湧き上がるある思いがあった——ゲームの中でこそ、彼は役者としての才能を発揮できるのではないかと。


 その夜、投稿した動画に一つのコメントがついていた。


「この騎士、本当に生きてるみたいだ。もっと見たい!」


 そのコメントに、アクトは胸が熱くなるのを感じた。たとえ現実ではなくても、自分の演技が誰かに届いたという実感。それが、彼にとってどれほど大きな励みだったか。


「やっぱり、俺はこれでいいんだ……」


 アクトはそっと息をつき、次の冒険を描くために再びヘッドセットを被った。






 《エターナルサーガ》の最終決戦。バーチャル世界に意識を完全に移したアクトが、騎士「レオンハルト」として闇の皇帝との一騎打ちに臨む。


 アクトの意識はすでに現実の身体を離れ、完全にレオンハルトの視界にシンクロしていた。風の音、剣の重み、そして敵の脅威までもがリアルに感じられるこの世界で、彼は騎士としてそこに立っていた。


 黒雲が空を覆い、城の頂上で対峙する闇の皇帝。通常のプレイヤーならば、戦術的に動き、最短ルートで敵を倒すことを考えるだろう。

 しかし、アクトは違った。彼は「魅せる戦い」を求め、無駄な動きをあえて挟むことで、視覚的に観客を引き込むパフォーマンスを展開していた。


「ここからが本当の戦いだ」


 闇の皇帝の大鎌が振り下ろされる瞬間、アクトはレオンハルトの身体を滑らかに動かし、真横に高速で転がる。そのまま地面を蹴って跳び上がり、空中で一回転して華麗に着地する。避けるだけならもっと簡単にできるはずだったが、この無駄な一連のアクションこそが、彼のプレイスタイルの象徴だった。


(これでいい。観ている人たちに、ただの戦いじゃなくて、舞台を見せるんだ)


 彼は意識でレオンハルトを操作しながら、次の動きを思い描く。闇の皇帝がエネルギー波を放つと、レオンハルトはその場で後方に飛び退き、わずかな間合いを取る。そこにアクトはさらにひねりを加え、レオンハルトに空中で一回転させながら斬撃を繰り出させた。視覚的に映えるこの動きは、システム的には意味を成さないが、観る者の目には見事なアクションとして映るだろう。


(また無駄な動きをしているように見えるか?でも、これが俺のやり方なんだ)


 アクトは心の中で闇の皇帝NPCに舐めプとも取れるプレイングの言い訳をしつつ、次のアクションに備える。

 闇の皇帝は怒りに満ちた声で叫び、周囲に暗黒のエネルギーを放った。アクトはそれを見て、レオンハルトの身体を一瞬の判断で翻す。普通なら防御に徹するべき局面だが、彼はあえて前進し、エネルギーの隙間をすり抜けるように滑り込む。そして、レオンハルトは左手の盾で敵の攻撃をいなしながら、右手に持つ剣を逆手に持ち替え、一閃を加える。


「これが……俺の最後の一撃だ!」


 ここまで冷静沈着だったレオンハルトの感情剥き出しの叫びと共に、レオンハルトの剣が光を帯びる。華麗な回転と共に、皇帝の身体を貫く最後の一撃が決まった。闇の皇帝が崩れ落ちると同時に、周囲にあった暗雲が晴れ、世界に光が戻る。


 レオンハルトはゆっくりと剣を収め、静かに立ち尽くした。その姿は、ただの勝利者ではなく、まるで一つの劇を演じ切った俳優のようだった。アクトはその瞬間、意識が現実の世界へと戻っていく感覚を感じ取った。


「ふぅ……やっぱり、これが俺の戦い方だ」


 エンドロールを見終えたアクトが目を開け、VRヘッドセットが解除されると、アクトの意識は現実の世界へと引き戻された。


 戦いの勝敗以上に、アクトが求めていたのは「魅せる戦い」、そして自分のスタイルで作り上げた一つのドラマだった。彼にとって、ただ攻略するだけでは足りない。アクションの美しさ、演技としての動きこそが、ゲームを一つの芸術に昇華させる手段だった。

 視聴者はきっとそれを感じ取ってくれるだろう。そして彼は、次なる「舞台」へと進んでいくのだった。

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