ウィード

山木 拓

1-1

 国と国の境界を守るこの仕事は、人々の役に立っている仕事だというのに、なぜか陽の目を浴びていない。何かを成し遂げても、成功しても、大きな報酬をもらえるわけでもない。しかしウィードはその事実に興味がなかった。淡々と、黙々と仕事を成し遂げるだけが彼にとっての楽しみだった。影の国との境界線の森、ここには隣国からの魔物が何匹ももぐりこんでくる。彼の仕事はそれらを狩る事だった。今日だけで魔物を6匹仕留めた。陽が沈む時間が迫ってくると、魔物の数も多くなる。また一匹、黒い狼の魔物を見つけた。それは自国の生き物を食っていた。掌に収まるほどの小鳥の羽を咥えて、ぶら下げていた。黒い狼もウィードに気が付き、急いでそれを飲み込んだ。「人間か、今日は獲物がたくさんだ」人語を操る魔物だった。そいつが雄叫びを上げると、ぞろぞろと仲間が現れた。「嚙み殺されるのは初めてだろう。とても痛いぞ」黒い狼は舌なめずりをした。ウィードは黙って剣を構えた。

「かかれ!」

 黒い狼たちは、一斉にとびかかってきた。正面から向かってくる個体を無視し、一番先に自分に牙が届く右の個体に切先を向け、迎えるように胸から串刺しにした。腕を強く引いて剣を抜くと次は左後ろから近づいてきた個体の頭を縦に切った。そうしてから正面の個体の噛みつきを刃で受け止め、迫ってきたもう一匹は左手で殴り飛ばした。さらにそのまま刃に噛みついている個体も殴りとばした。「なんだと」生き残った仲間たちは、狼狽えていた。「こんなに強い人間がいるのか。しかも、我が種族との闘いにも慣れている」

 黒い狼は二歩後ずさりをして、背中を向けて逃げ出した。ウィードはすぐさま弓矢を取り出し、背中を射た。続けざまに残りも仕留めた。「噛み殺された事は無いが、噛まれたのは初めてじゃないんだ」彼は一人呟いた。

 7匹の狼の右耳を切り取り、袋に詰めた。今日何匹駆除したのか分からなくならないよう、こうやって数を数えているのだ。これで合計13匹、やはり魔物が活発になる時期だけある、とウィードは思った。黒い狼は影の国の中でも下等な生き物で、そのような位のやつらは数が多く、獲物を求めてこちら側に頻繁にやってくる。定期的に駆除をしないと、多くの生き物が食い殺されてしまう。だがそれを任せられる人間は数少ない。そのためウィードはいつも人一倍仕事を行っていた。


 夜が近づきはじめると、彼は拠点に戻り始めた。そこに、「誰か、助けてくれ!」遠くから声が聞こえた。「誰かいないか!」もう一度声が聞こえると、おおよその方角と距離を推測し、すぐにそこへ向かった。草木を切り分け、最短距離を自ら作った。茂みを抜けると頭から血を流した者と、それを抱きかかえる仲間がいた。同じ隊の者だった。彼らの前には、下半身が肉食獣のようにがっしりとした、翼の生えた羊が二本足で立っていた。「人間が3人か。ありがたい限りだ」ウィードのほうを見てそう言った。尻尾をのばして二人を縛ると、そのままウィードへ向かってきた。蹄で頭を殴ろうとしてきたが、そうなる前に上半身の腕二本を切り落とした。そして肩から脇腹にかけて斜めに剣を通した。翼の生えた羊は動かなくなった。「本当に、すみません。今日が初めての現場だというのに」血を流している一人が呟いた。「仲間なんだ、助けるのは当たり前だろう」肩を貸して、歩きだした。

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