第13話 情報屋

 自衛隊の駐車場に停めた俺たちのキャンピングカーの傍で先輩は愛刀を研いでいた。俺はその横で銃器の整備をやっている。コンセプシオンたちは街の方で日用品の購入に行った。


「この間の研究所の魔術を使うゾンビ」


「あれですか。強敵だったなぁ」


 思い出したくもないくらい強い敵だった。


「奴の魔術は我々人間には通じた。ならゾンビにも通じるのか?」


「あれ?そう言われると…どうなんでしょう?」


「恐らく通じるのだと思う。あのフロワにはあのゾンビが焼いたと思われる人型の炭の跡があった。おそらくはゾンビを焼いたのだろう。なぜ同士討ちをしたのかもわからないが、ゾンビが使う魔術がゾンビに通じる。これが事実だとすると、かなり判定が機械的に感じられるのだ」


「たしかにそうですね。人からゾンビには攻撃が通じないけど、逆は許容し、ゾンビ間では魔術が通用する。ルールが人為的に決まっているように見えますね」


「ナノマシンがゾンビの原因だとすると、そのナノマシンとやらがなにか魔術に介入して悪さをしているとしか考えられないのだ。そしてこの間の研究所のレポート。あれを読む限り、ゾンビ化による魔術が通じない現象はナノマシンの制作者たちにとっては想定していた使い方ではないような感じがするのだ」


「ふむ。なるほど。筋は通ってますね」


「まあ仮説に仮説を重ねているものだからあまり当てにはならんがな。さて。研ぎ終わったぞ。そっちは?」


 俺の方も銃器の整備は終わった。


「こっちもおっけーです」


 俺は先輩の分のMP5A4を渡した。先輩はスリングを肩に通してそれを背負った。


「気がついたら銃にも慣れてしまったな。ふぅ。日常が懐かしいよ」


 先輩は刀をホルスターに収めたりして装備を整える。腰の両側に刀を差し、右の太ももにはグロックを。チェストリグにはマガジンをいっぱい挿している。その姿は戦闘美少女といった感じである種の人々には萌えってやつなのかもしれない。だけど俺にはもの悲しく見えた。


「ちょっと街の方に出かけません?」


「ん?街に?」


「ええ。結構面白いんですよ。行きましょ。ね」


 俺は先輩の手を引っ張る。


「あっ…うん!」


 先輩は俺の手を握り返してきた。








 街には市場が設けられている。まあ闇市っぽいけど、自衛隊が統制しているので滅茶苦茶なことはあまりやってない。


「ツナ缶あるよー!ツナ缶!おにぎりにぴったり!」


「乾パンせっとでーす!ジャムもあるぞ!」


 人間は意外にもどんな環境でも活気を失わない生き物らしい。先輩は市場の喧騒を愛らしい目で見ていた。


「いいなこういう風景。ああ。なんで世界が壊れる前にこういうものを私たちは大事にしてこなかったんだろう?」


「そばにありすぎたんですよ。ただそれだけです」


 失われたモノに俺たちはセンチメンタルになる。もう取り戻しようもないのに。


「かき氷ありますよー!」


 市場の中にかき氷やがあった。俺はその店からかき氷を二つ軍票で買った。


「先輩にはイチゴ味上げます。ブルーハワイはおれのものね」


 俺は先輩にイチゴ味のかき氷を渡す。先輩はそれを見て笑った。


「ふふふ。ありがとう。美味しそうだな」


 俺たちは市場の隅の倉庫のコンテナに腰掛けてかき氷を食べた。すっきりとした氷と、バカ甘いシロップの味が絶品である。


「ブルーハワイって何の味なのだ?」


「さあ?俺もわかんない。食べてみます?」


 俺は一口分すくって先輩の口元に運ぶ。先輩は恥ずかしそうに頬を赤く染めていたけど、ぱくりとそれに食いついた。


「…よくわからない味だな。うん。よくわからない。もっとくれないか?」


「ええ、いいですよ」


 俺は先輩にブルーハワイ味のかき氷を食べさせる。先輩はそれを深く味わっていた。


「…ああ。美味しい。これはいい。うまい」


 先輩はよろこんでいるようだ。なによりである。


「失礼お二人さん。熱いところを邪魔するよっと」


 いつの間にか俺たちの背後に男が一人立っていた。俺たちは慌ててコンテナから降りてMP5の安全装置を外して男に向ける。


「おちつけおちつけ。驚かせてすまない。だけどこっちも商売柄舐められると困るんでね。こういう自己紹介をさせて貰ってる」


 男はコンテナから降りてくる。


「あんた何もんだ?俺たちもけっこうやるほうだけどこうも簡単に背後をとるとはね」


 油断はしていたけど、こうもあっさり背後をとってくる実力は侮れない。この男は紛れもなく実力者だ。


「はじめまして。俺は民兵組合の山田太郎だ」


「どう考えても偽名臭いんだが?」


「まあ名前については気にしないで欲しい。それよりも取引というか営業をさせてもらいたくてね。話をきいてくれないかな?」


「営業?ウォーターサーバーならこのご時世売り先に苦労しないと思うよ」


「そんなもんじゃないさ。俺が売るのは『情報』それと『仕事』だ」


 情報屋?!向こうからコンタクトはとってくると思ってたけど、やっと来た!俺たちは銃を降ろす。


「へぇどんな情報を売ってくれるんだ?」


「色々と扱ってる。各コミュニティ間を行き来するための比較的安全なルートとかの紹介とか、このゾンビハザードの真相に近そうな情報とかね」


「コミュニティ移動のルートか。それはありがたいな」


「でしょ。まあもっとも今は四国から出られないけどね」


「なに?どういうこと?」


「橋がねぇ…占拠されちゃったんだよね。ヤクザに」


「ヤクザ…え?ヤクザが?」


「そうそう。まあ情勢は流動的だからね。この先はどうなるかわからない。自衛隊も動きを見せてるし、どうなることやら」


 どうやら壊れていた世界が再び人間の手で動き出したらしい。争乱に向かうのが実に人間らしくて俺は心底安心してしまう。


「さて。自力救済に成功した君たちのようなものたちを、最近じゃ民兵ミリシャと呼ぶようになった。僕たち民兵組合は互いに情報や物資を融通し合ったり、一般人たちから依頼を受けたりしてその資金をプールして保険みたいにしてたりしてる。まあ入らなくてもいいよ。それだと情報とかは割高になるし、仕事のピンハネ率も上がるけど、義務は負わずに済むからね」


 新手のヤクザみたいな存在だ。でもどっちかって言うとゲームのギルドみたいなものを想像してしまうのは俺が現代っ子だからかな?


「というわけで民兵組合を今後よろしく頼むよ。オフィスは市庁に借りてるから仕事が欲しくなったり、情報が欲しかったりしたらぜひ来てくれ」


 そう言って山田太郎は手を振って市場の方に消えていった。すぐに気配は消えてしまい。追跡もできそうにない。やっぱり只者じゃない。


「ただの薄汚い男が情報屋だなんて名乗っても詐欺師にしか見えないものだろう。だがあれだけの実力を見せつけられると信じざるを得ないな」


 先輩もあの男を情報屋として信じたようだ。俺もそうだ。


「しかしまさかヤクザたちが四国から出る橋を占拠するとはな。世も末だな」


「まあアポカリプスですからねぇ」


 ヤクザが治めているコミュニティかなんかもあるのかもしれないな。あんまり行きたくない。


「まあ情勢を見極めよう。私たちの旅はまだ始まったばかりなのだからな」


 先輩はそう言って歩き出す。世界は再び動き出した。俺たちも何かの役割を求められるだろう。だが目的は変わらない。必ず黒幕を見つけ出してしばき倒してやるのだ。


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