第44話 深夜のピロートーク

「放蕩貴族は月の乙女を愛してやまない」はTL小説なのだから、もちろん濡れ場はある。

 主人公とその相手の。

 ジュストはその小説の中で不憫系当て馬の役回り。

 レーヌのために生きて、彼女の幸せのために一人寂しく死んでいく。

 彼の濡れ場はもちろんない。

 物語の終わったその先で、彼の犠牲に対して、彼女は少しでも感謝の念と悼む気持ちを抱いてくれたのだろうか。


「王族には閨教育というものがあって、俺たち側近もその学習のひとつに、その項目がある」

「え、本当なの?」


 そういうのがあるとかは小説でも読んだことがあるけど、まさか本当にあるとは。


「王族の役割は統治だけでなく、その血を繋ぐこともある。いざというとき失敗しないためと、性欲に溺れないようにするためだ」

「ハニー・トラップだね」

「お前、どこでそんな言葉を覚えた」


 もちろん前世です。アラサー女子の趣味の小説の賜物とは言えず、ちょっと小耳に、と答えると、「メイドたちに噂話は大概にしろと言わなければ」とジュストはブツブツ言った。

 メイドたちの噂話で耳にしたと思ったらしい。

 ごめん、濡れ衣着せて。と心の中で謝った。


 ジュストの話では、側近にも同じことが起こる可能性もあるということで、留学の前に揃って座学から実地訓練をさせられたらしい。

 王太子様って、そんな危険もあるのかと思ったけど、既成事実を作って、責任取れとか、この子あの時出来たあなたの子供よ。なんて結婚を迫られたりすることは可能性としてはある。

 先生はいわゆる高級娼婦。互いに仮面をして王太子様や子息たちは髪色を変えて誰かわからないようにしたらしい。


「秘密だぞ」

「う、うん」


 そうか、ジュストはもう童貞チェリーじゃないんだ。

 六歳年上の彼が、何倍も大人になった気がした。


「留学先ではどうだったの?」


 一度女性の柔らかさや温かさを知り、快感を味わったら、やはり欲求もそれなりに抱いてしまうのではないか。何しろ健康な男の子だ。


「それはあくまで任務のため、王太子殿下に仕えるために必要だったから受けたのであって、俺は、そんな…」


 意外にも、ジュストはその閨教育以降誰ともしていないらしい。

 失敗したのかな?

 いや、ジュストが失敗とかあるのかな。


「お前、俺が失敗したとか思ってる?」

「え、いや…」

「教育だから評価はきちんとされる。三人全員に合格点をもらったぞ。二番目と三番目の相手は最高評価をくれた」

「え、さ、三人? 三人としたの?」


 驚くと、五人の内三人から合格点をもらえないと落第らしい。

 ジュストは最初の三人に合格点を貰えたから、それで終了だったから、一番少ない。五人としてようやく合格したり、補習までさせられることもあるという。


「へえ、厳しいんだね」

「言っただろう? 閨教育だって。一切の妥協は許されない」


 情緒もなにもない。ただ技術の習得と、いざという時冷静に対処できるための訓練。

 ふと開けた夜着の隙間から覗くジュストの鎖骨や骨ばった大きい手が視線に入った。

 ギャレットの頭をガシガシ撫でてくれる手。

 その手が淫靡に体を這う様を想像し、下半身が疼いた。

 あれ、ちょっと、なんか…


「王太子殿下も、無闇に出歩かれて万が一何かあってはいけない。留学先で不祥事を起こすわけにはいかない。勉強と外交公務でそんな暇はなかった」


 そんなギャレットの様子には気づかす、ジュストは話を続ける。

 ギャレットも、話に集中すれば何とかなるのではと、一生懸命耳を傾けた。

 旅の恥は何とかというけど、さすがに王族が他国でやらかして、ご落胤誕生なんてことはできない。


「そうか…」

「ギャレットも、やはり女性に興味があるのか?」

「よくわかんない」


 前世は女で恋愛対象は異性だった。

 美人やスタイルのいい人を見ると見惚れてしまうが、それだけだ。


「兄上は、どうなの? 経験してみてどうだった」

「向こうは玄人だから、ちゃんとそこは弁えて気持ちよくなるようにはしてくれたけど、俺は、抱くなら好きな人がいい。心がない相手は抱けない」


 寝台脇の灯りに照らされて浮き彫りにされた横顔は、明らかに誰かを思って言っているのがわかった。


 その誰かへ向けたジュストの気持ちが、ただの好意なのか深い想いなのかはわからない。


 好きな相手しか抱きたくない。


 そんなストイックな台詞を聞いて、ギャレットの心臓がドキリと跳ねた。

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