五十路のおっさんがメイド喫茶で働くことになったら

巫有澄

第1話 メイドを目指したおっさん

俺の名前は獅子崎健太郎。

49歳の会社員…だった。


何故「だった」と言っているのかって?

答えは簡単だ。

さっき会社を辞めてきたからな!


何故辞めたのかって?

そう思っているんだろう?

答えを教えてやる。


俺の夢はメイドになることだからだ!


俺がメイドを目指そうと思ったきっかけは、20年も前のこと…。


―――――――――――――――――――――


「はぁ〜、マジでこの会社最悪だ。もう辞めようかな」

当時の俺はガチ社畜だった。


新卒で今の会社に就職し、初めの頃は先輩社員も優しいと思っていたのだが、年月が過ぎていくと…


「おい獅子崎、これやっとけよ」

「獅子崎、こんなこともできないのか?」

「獅子崎、仕事遅いぞ!」


…なんて怒鳴られる日々。

さらに…


「え?今月20時間残業したんですけど…」

「悪いね〜。ウチは基本サービス残業だから」


残業代が出ないなんてことも。


「思い出すだけで辛い。何か気を紛らわすものがあればなぁ…ん?」


そこで見つけたのがメイド喫茶。

「SHR?なんだこれ?」

試しに入ってみると…。


「お帰りなさいませ、ご主人様!ようこそ、メイド喫茶、スターハートレインボーへ!」


この日が俺の人生を変えることになろうとは、この時の俺は思いもしなかった。


―――――――――――――――――――――


店に入って1秒で驚いた。

可愛い女の子が猫耳つけてメイド服着てるんだから!


「なんだここ…可愛い女の子ばっかりだ…」

「やだ〜可愛いだなんて、ご主人様ってば!」


うおっ!?

俺、女の子と話してる!?

学生時代は非モテ陰キャで、女子と目を合わせて話せなかった俺が!


「えっと…席空いてますか?」

「うん!ご主人様の席に案内するね!」

メイドさんは俺を席まで案内する。


「本日、ご主人様にご奉仕いたしますミカで〜す♡よろしくお願いしますっ♡」


うおぉっ!?可愛い!


「じゃあ、このチョコバナナパフェで…」

「は〜い♡今持ってくるね〜♡」


ウホッ。

ヤバい、好きになってしまうではないか。


「お待たせ〜♡」

「待ってたよ〜♡」


ミカちゃんが作ったチョコバナナパフェだ〜!

うっひょ〜!めっちゃうまそ〜!


「いっただきまーす!」

「あ、待って!」

「?」


「パフェがおいしくなる魔法の呪文をかけてあげるね!」

「魔法の呪文?」


「それじゃいっくよ〜!おいしくなぁれ、萌え萌えキュン♡」

「萌え萌えキュ〜ン!」


「これでおいしくなったよ♡」

「ホントだぁ♡うま〜い♡」


この時点で俺はすっかりミカちゃんの虜になっていた。


そして、翌日…。


「こんばんは〜♡ミカちゃんいる〜?」

「あっ、健太郎くん!また来てくれたんだ〜♡嬉しい〜♡」


俺は今日も仕事でミスし、上司からこっぴどく叱られ、最悪な気分だったので、それを忘れるためにメイド喫茶へ行く。


とは言っても、ここのところ毎日行ってる。

仕事帰りじゃなくても行ってる。


なぜかって?

ミカちゃんに会いたいんだよ!


ここのところ、毎日ミカちゃんのことばかり考えている。

もうミカちゃんなしでは生きていけない体になりそうだ。


「ミカちゃ〜ん♡今日もアレやって?」

「オッケー♡じゃあいくよ〜?」

「「おいしくなぁれ萌え萌えキュンッ♡」」


あぁー!ここは楽園だ!


「ねぇ、ミカちゃん。変なこと聞いていい?」

「ん?どうしたの?健太郎くん」


「どうしてミカちゃんはメイド喫茶で働こうと思ったの?やっぱりお金のため?」


「そうだねぇ…私、ずっと人を喜ばせる仕事がしたいと思ってたの。それで人の幸せを身近に感じられるのがメイド喫茶だと思って」


「そうだったんだ。ミカちゃんは純粋な心の持ち主なんだね。憧れるなぁ」


「えぇ〜?そんなことないよぉ♡」


「決めた。俺いつかミカちゃんみたいなメイドさんになる!」


「え?」


「メイドになるって…本気なの?」

「当然さ」


「でも男の人でメイドなんてうまくいくかな?」

「分からない。でもやってみたいんだ、メイド。それとも男がメイドなんてやっぱり気持ち悪いかな?」


「ううん、健太郎くんが目指してることなら私応援するよ!メイドは全人類の希望と憧れだからね!」

「ありがとう、ミカちゃん!」


やっぱりミカちゃんは最高のメイドだ!

好きだ!


それから俺は週に2~3回のペースで、このメイド喫茶「SHR」に通い続けた。

もちろん毎回ミカちゃんを指名。

そんな日々が続いていき、いつの間にか5年経っていた。

そして、悲劇は突然やって来る。


「え?メイド喫茶を辞める?」

ミカちゃんがこのメイド喫茶を退職すると言い出したのだ。


「うん、私ももう25だしそろそろちゃんとした仕事探さないとって思って」

「そんな、もうミカちゃんに会えないなんて!」


「大丈夫、絶対会いに行くから。健太郎くん言ったよね。メイドになるって。健太郎くんがメイドになったら、私絶対行くから!だって健太郎くんは私のご主人様。だから今度は私をお嬢様にして!」

「本当に?いつになるか分からないよ?」


「うん、もちろん。何年でも待ってるよ」

「ありがとう、待っててねミカちゃん」



これが俺がメイドを目指した理由だ。

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