第6話 過去との対面
魔王と勇者が激突したというニュースが世界を駆け巡ったものの、それで何かが変わったということもなく。世界は相変わらず。
勇者が勝った、魔王が勝った……いや相打ち……噂の内容が錯綜しすぎて、どれも信憑性がなかった。蒼はソワソワと落ち着かない気持ちが続き、テレビのリモコンをポチポチと押し続け、どうにか御使と連絡が取れないかと口をへの字にしていた。
「神殿によると魔王軍と対魔王軍の大きな衝突があったとのことで、状況は変わっていないということです」
だがやはり何かあったのでは? そうでなければこれほど噂になるだろうか。と、そんな考えがどうしても蒼の頭の中に止まっている。
時を同じくしてオルフェもソワソワと挙動不審だった。いつもの自信満々な態度は見る影もない。彼の故郷、セレーニア小国連合にやってきてからずっと。ここは小さな島々がそれぞれ国として独立しながら同盟を結び、それぞれに足りないものを補い合っていた。
『一族が滅亡していたらどうしよう……』
泣き言ばかりを蒼に、アルフレドに、レーベンに、フィアに、そしてライルにまで聞かせていた。
『そうと決まった時また考えよう』
『うぅぅ……怯える私を抱きしめてくれてもいいのだが……』
『嫌だけど』
『過去はどうしようもないってわかっててもやっぱりキツイよな……』
『こらこら! 今は私が思い悩んでるんだ! 自分の方に持って行かないでくれ!』
『きっと大丈夫ですよ! だってオルフェさんのご家族でしょう? 逃げるの上手そうですし』
『そうか……って、え? それってどういう……』
『そんな悲しいことがあったら僕、嫌だよ……』
『フィア~~~君だけだよ……純正の人間のなんて!』
『人は誰しも死にます』
『君がそれを言うのか!?』
反応はそれぞれだが、ライルも含めて全員がオルフェの実家捜索に積極的に協力した。ただ探しているニコロス家は貴族階級という話なので、それほど難しいことではないと思っていたが……。
「ニコロス?……この島にはいないんじゃないか?」
「知らんなぁ……あ、そっちの
今日は揚げ串とベビーカステラがお客を呼び込んでいた。
「三百年前にこの島に住んでた貴族か~」
「貴族なら別の島に移り住んでるかも! うちのご先祖様もその時期疎開してたって聞いたよ」
かつてオルフェが住んでいた島はすっかり様変わりしていた。三百年経っているという理由もあるが、やはりオルフェがキメラ化した後に起こった魔王の侵攻により街全体が受けた大きな打撃のせいだ。
屋台のお客に聞き込みをしてみても、答えは変わらなかった。
「うーん。こうなったらこの街の偉い人に聞いてみる?」
「偉い人なら他の島にいる偉い人のこと知ってそうですもんね」
蒼もレーベンもなんとか情報はないものかと考えを捻り出す。貴族同士ならそれなりに繋がりもあるだろうと。
「じゃあ俺、この島のギルドマスターにツテがないか頼んでみるよ」
「す、すまない……」
アルフレドがそう言って屋台から出ていこうとするのをオルフェは不安気な表情で見送った。
「では私も一旦離れます。夜には戻ってきますので」
「いってらっしゃい!」
ライルはまたも魔王探知機の調子がおかしいと眉間にシワがよっている。魔王までの距離を示す光が強く光ったり弱く光ったり、なんなら消えてしまったりと安定しないのだ。替えのパーツになりそうなものを探しに出掛けていった。
結局、ニコロス家の消息がわかったのはそれからさらに一週間後。
「おぉ! オルフェ様! 絵姿そのままのお美しさ!」
これまでいた島とは別の島の波止場で出迎えてくれたのは、ニコロス家の現在の若き当主ガレロア・ニコロス。満面の笑みでまるでアイドルを見るかのような視線を送っている。
「あぁその美しい容姿! まさに我が一族のものっ!」
ニコロス家は三百年前の魔王侵攻に際して、屋台のお客が言っていた通り別の島へと避難していた。
「……オルフェさんに似てますね」
「うん……」
レーベンとフィアがこっそり話している。彼らは髪色と嬉しそうな時の笑顔がよく似ていた。三百年の時間が流れているというのに。
(ほんと、ノリがそっくり)
仰々しさというか、オーバーリアクションというか。
真っ白な外壁の美しい邸宅で蒼達はもてなしを受けていた。庭園には南国で見かけるような花も咲いてあり、人懐こい笑顔の使用人達が、旅商人の装いをしている蒼達に対して少しの侮りも見せず対応をしていた。
フルーティーな香りのするお茶が美味しくて、
(もうすぐ春かぁ~あとでどこで手に入るか聞かなきゃ)
蒼は貴族の屋敷だと言うのになんだか居心地のよさを感じてる。
唯一、屋敷の階段ホールにオルフェの肖像画がデデンと掲げられているのを見た時だけはギョッとしたが。
「こちらが当主の日誌になります」
ガレロアがかなり古い書物を持って来賓室に入ってきた。
「……いいのかね?」
兄の日記を盗み見るようでオルフェは少し遠慮気味だ。
「ええ。代々当主は、いつかオルフェ様が目覚めた際は必ずお力になるよう言われておりますので」
なんせオルフェがいなければ今の自分達が存在しないのだからと。
キメラ化し長い眠りについたオルフェも一緒にこの島に避難させていたが、ある日急に居なくなってしまった。厳重に守られていた部屋の扉が中から破られ、海しか見えない窓ガラスも割れ、なによりグリフォンの目撃情報が周辺で相次いでいたのでオルフェが自ら外に飛び出したのだろうとは思っていたが……。
(オルフェもフィアも目覚めた時の記憶がないって言ってたな~)
記憶の混濁で寝ぼけたように動いていたようだと本人達は当時のことを語っていた。
「我々もかなり力を尽くして探したのですが……まさかオルフェ様がそのような目にっ! 本当に申し訳ございません……!」
オルフェが『与する者』に虐げられていた話を聞き、自分の不甲斐なさに声を詰まらせてガレロアは涙を流し始める。
「なぁに! 最後は私自ら奴らを成敗してやったさ! ガレロアが気に病むことではない。むしろ長い間私の身を守り続けてくれた一族の皆に礼を言わねばならないところだ」
「なんと勇敢でお優しい! 日誌に書いてあった通りのお人柄!」
二人が盛り上がっているのを蒼達は黙って紅茶を啜って聞いていた。オルフェの大口が半分はガレロアを思ってのことだとわかっているので、細かいところの口出しするなんて野暮なこともしない。
「彼がいなくなったのはいつ頃かお分かりになりますか?」
状況が落ち着いたのを確認してアルフレドが尋ねる。
「二つ前の夏の終わり頃でございました」
(フィアと同じ時期か)
そして蒼と翔がこちらの世界にやってきた時期でもある。
やはりなにかが関係しているのか、それともたまたまなのか……自分が関わっているかもしれないなんて、なんだか落ち着かないなと蒼はカップの中に映る自分の顔を見つめていた。
◇◇◇
「貴族の部屋なのに重々しさがなくていいわね~……ちょっと広すぎるけど」
蒼の独り言が柔らかな色合いの部屋の壁に吸い込まれた。蒼達は各自寝室を与えられている。オルフェをここまで連れてきてくれた大恩人としてオモテナシ具合もさらにグレードアップしていた。
最初、他で宿を取るからと断ったのだが、泊まっていってくれなければ先祖に顔向けできないとガレロアに大袈裟に泣きつかれたので有り難くお邪魔することに。
夕日が沈み始めている。蒼がバルコニーに繋がる大きな窓を開いて海を眺めていると、
「わっ! どうしたのオルフェ!」
グリフォンが大きく羽ばたきながら蒼の前に降り立った。
「ふふっ! 一緒に美しい海を眺めようと蒼に会いにきたに決まってい……」
「……わざわざ窓から?」
「うわぁああ!」
隣の部屋にいたアルフレドがヒョイとバルコニーを飛び越して、蒼とオルフェの間に立った。まさかここまでアルフレドがやるとは思っておらず、オルフェはビビり上がって蒼に抱きついている。もちろんすぐに引き剥がされるが。
「き、君は! 何がしたいんだ何が!」
「護衛」
にべもない態度でアルフレドは答えた。
「ふん! その答えは怪しいところだがね! 今度
珍しくアルフレド相手に捨て台詞を吐いていた。だがアルフレドの方はその言葉の意味がいまいちピンときていないのか、ん? と目をしかめている。
「で。本当は何のようなの?」
蒼は蒼でオルフェが本気で自分を口説きにきているわけではないと知っているので、これ以上変な雰囲気になる前に要件を聞きだそうとしている。
「……話を聞いて欲しかっただけだ」
手に持った日誌に視線を落としていた。そして人数は増えたがまあいっかと言わんばかりにポツポツと話し始める。
「兄は私のことが羨ましかったんだそうだ……人生をめいいっぱい楽しんでいる姿が眩しかったと」
バルコニーで視線を夕日へ向けながら、アルフレドも蒼と一緒にオルフェの心の内を聞いている。
(アルフレドもアレクサンドラさんにそんなこと思ったりしたのかな)
オルフェは兄と反目しあっていると長らく思ってた。母親が違う上、彼らの性格は似ても似つかなかったからだと。
「でもオルフェがお兄さんを助けたって」
「何か思い出したのか?」
先にオルフェが命をかけて魔物から兄を守り、その後兄が家宝を投げ出してまで弟を助けようとした。
「兄は私を嫌悪していると思っていた。だが実際は庶子の私が日陰者としてではなく、堂々と陽の光の下で生きていけるよう誰よりも尽くしてくれていた。そのことを知った直後、魔物が街を襲い始めて……気がついたら私は兄と魔物の間に割って入っていた……兄が傷つくのが何より嫌だった……自分が痛い目にあうより」
今となってはもうその兄と言葉を交わすことができないのが寂しくてたまらないのだと、そう蒼に弱音を吐きにきたのだ。
「嫌味を言うことも、礼を言うこともできないのだな」
三百年という時間が、生と死の距離が途方もなく長く感じた。
「私もいつも穏やかで、人望に厚い兄がちょっぴり羨ましかった」
ここにいない兄に向けるように、オルフェは優しく微笑んでいた。泣き出しそうでもあった。
「言葉では伝えられなかったけど、態度ではしっかり伝わったんじゃない?」
「そうだな。だからこそ兄君は家宝を持ち出してまでオルフェを生かそうとしたわけだし」
蒼もアルフレドもそっとオルフェの肩に手を置いた。オルフェはそれだけで満足していた。自分を気にかけてくれるのは兄だけではないと確認が取れたのだから。わかってはいたが、やはり実感が欲しかったのだ。
「さあ! 明日からまた兄が愛した人生をめいいっぱい楽しむ私になるぞ!」
「いいね~! 私もそうしよ!」
「俺も」
オルフェの兄のいない三百年後の今が寂しくないよう、蒼はいつもより明るい声を出した。
「海に向かって叫ぶなんて青春みたい!!!」
◇◇◇
(三百年経っているとはいえ、ちゃんと起動したはずだ……海底都市の環境を出たせいか?)
ライルはオルフェの実家の屋敷の中でも魔王探知機の調整を続けていた。いまだに思った通りに反応が出ない。
(あの噂が本当だとして魔王が弱っている? 勇者がそれなりに打撃を与えた?)
装置の内部に破損も劣化も見られない。なのになぜか安定しない。
(しかし……不具合とはいえ急に強く光ると心臓に悪いな)
唐突に部屋一面を真っ赤にするほどの光が魔王探知機から放たれていた。
ちょうどその時、セレーニアの小さな島を黒髪の母と子が海風に靡かれながら歩いていた。
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