第4話 海底都市

「うわぁっ!」

 

 抜けた地面の下にはまた地面が。

 うまく地面に着地できたのはアルフレドとフィア。それにアルフレドに抱えられた蒼と、フィアが急いで背に乗せたレーベン。レーベンはすぐに小さな手持ちランプの灯をつける。蒼達は狭いトンネルの中にいた。すぐそばの壁に梯子が見える。本来ならそこを使うべきところだった。


「うぅぅ……本当に君は事前説明が足りない……」

「……失礼」


 オルフェとライルは重なり合って転がっていた。よろよろと眼鏡を拾い上げライルは周辺を確認し、そろそろとまた地面を確認し始めたので蒼達は一斉に身構える。


「うん。大丈夫ですね。動きます」


 地面の砂を払いのけ、石に刻まれた文字をなぞるとうっすら土埃を巻き上げながら急に地面が動き始めた。


「ああぁぁぁぁぁあ!」


 大慌てでオルフェはアルフレドにしがみつく。


「動く歩道!?」

  

 エレベーターに続いて動く歩道まで出てくるとは。


「しばらくこのままです」


 ライルの口元が上がっていた。記憶にはあるが、初めての体験だからだ。

 アルフレドもレーベンもフィアも、おお! と、楽しげな声をあげていた。


「三百年も前のものがよく残ってましたね」

「かなり厳重に封鎖していたので。当時でも秘密だったんですよ」


 天空都市ユートレイナと海底都市アクアネオンをできるだけ短時間で移動するための研究者達の抜け道がこのトンネル。


「当時は魔法道具も魔物の改良もキメラ研究も、人間が堕落し欲望を増大させ、澱み魔王を生み出す存在だという論評が広まり始めていましたね」


 そんな中でもこの二つの街だけは、そういった先進的な開発に前向きだった。研究成果のやり取りのために研究者達はコッソリこのトンネルを使い、転移装置を使ってお互いの研究所を往復していた。


 ゆっくりと歩道が動きを止める。目の前にはまた魔法陣が刻まれた扉が。ライルはその文字を暗証番号を押すかのようにバラバラになぞっていく。


「開けます」


 扉の先はユートレイナにあるライルの部屋と似ていた。ベッドと机だけ。全員黙ったままライルについていく。ライル以外はアルフレドの表情を確認していた。魔物の反応がないかどうか。


「大丈夫……全然、なんの気配も……」


 扉の向こうは、時が止まったままの街があった。生き物の気配をまるで感じない。人々の生活の跡を感じるのに。


(鯛やヒラメの舞い踊り~なんてことは……やっぱないか)


 空気がしんと冷たい。深海のはずなのに浅瀬で見るような柔らかな揺らめく光で街は照らされていた。街の屋根は色とりどりで、今の静けさが信じられないくらい明るいイメージを印象付けている。


「閉園後のテーマパークみたい……」


 ポツリと呟いた蒼はなんだかとてつもなく心細くなり、オルフェ同様、アルフレドの袖を少しだけ摘む。アルフレドの方は、蒼の珍しい行動に驚くも、ちょっとだけ嬉しそうに微笑んだ後は何も触れずにゆっくりと歩き出した。


「探してる魔法道具のある場所はわかっているんだろうね!?」

「誰かが持ち出していなければ」


 彼らの足音だけが街の音になっていた。遠くに神殿が見える。


「……誰もいないなんて信じられないですね」


 レーベンも目線だけでキョロキョロと周囲を見ていた。三百年前の街が、なんの手入れもなくこれほど綺麗なまま存在しているのが信じられないと。

 この街はトンネルが崩される前に生き者は全て脱出している。人間だけでなく動物も全て。


「止まって」


 だからアルフレドがいつものようにそう声を出した時、蒼達は思いっきりビクッと体を震えさせたのだ。フィアが少し唸っている。

 そこは蒼達が目指していたアクアネオンの研究所。


(泥棒?)


 例の抜けトンネルから侵入したのだろうかとそんな想像を膨らませていた。

 だがライルだけは動じていない。いつもの様子とたいして変わらないのでわかりづらいが、どうも思い当たる何かがあるかのようだった。


 研究所の大きな鉄製の扉がゆっくりと開いた。


「おかえりなさいませ。ライル様」


 線の細い、メイドのような服装の真っ白なエプロンをつけた女性が中から出てくる。無表情だ。


「……ただいま。ゼノ」


 ライルからゼノと呼ばれた女性はゆっくりと頭を下げた。蒼とレーベンも慌てて頭を下げる。だが、アルフレド、フィア、そしてオルフェまでなんだか不思議な、混乱するような表情になっていた。


「……生きてる人?」


 小さな声でフィアがレーベンに尋ねる。


(生き物はいないってそういうこと!?)


 生き物はいないが、生きていないモノはいる。つまり彼女はロボットなのだと蒼はすぐにピンときたが、他はそうではない。キメラですら生き物だ。人の姿をしたモノが動くというと、


「アンデッド!?」


 となるのがこの世界だ。だがこんな生き生き艶々としたアンデッドはもちろん知らないし、なによりアルフレドやフィアの魔物センサー加護にも引っかかっていない。


「彼女はゼノ。この研究所の施設管理をしてくれているオートマタ機械人形です」

「オート……マタ? なんだね? この美しい女性は魔法道具ということかい?」

「そうです。人間を精巧に真似て作り出されました。ただコストがかかり過ぎるので数体しかいませんが」

「……なるほど。人々が魔法道具の発展を恐れ始めた理由が少しわかったよ……」


 オルフェは珍しく真面目な声色だった。

 もちろんライルはそれに気づいているが全く動じない。 

 

「ゼノ。魔王探知装置があったかと思うんですが」

「はいございます。ただ内部の部品が一部劣化していることが予想されますので、修復道具と予備の部品を含めてお持ちいたしましょう」

「助かります」


 あまりにもサクサクと、そして淡々と話が進んでいくのを蒼は呆然と眺めていたが、


「あ、あの!」


 思い切って声をかけてみる。蒼が元いた世界でもこれほどのロボットはいなかった。ゼノの方はライル以外にもきちんと対応するようにできているらしく、くるりと振り返って蒼と視線を合わせる。


「はい。ご用でしょうか」

「あの……あの、ゼノさんはここにお、お一人ですか?」


 先ほどライルがオートマタは数体いると言っていたことを思い出したのだ。他にもいるなら会ってみたい。姿や声や性別が同じかどうかも知りたい、といった単なる興味もあった。


「ニューロ。セロ。アルゴ。それからシンセはどこです? 最後は街の維持を指示していたかと思いますが」

「壊れました」


 ライルの問いかけにゼノは抑揚もなく話し続ける。


「ニューロとアルゴが二百三十二年前。セロが二百一年前。シンセが百九十五年前に活動を停止しております」

「……そうですか」


 長い間彼女は一人でこの研究所と街を管理していた。

 こちらの疑問が解消されたとわかると、ゼノはまた目的のものを取りに去っていった。


◇◇◇


「寂しかったよねぇきっと」


 お弁当のサンドイッチを食べながらフィアが下を向きながら心配そうに呟く。サンドイッチは転移の際のギュウギュウ詰めでちょっと潰れていた。


「そうだよね……二百年くらい一人ぼっちでこの街にいたんだもん」


 レーベンも同意していた。


 研究所の休憩室は綺麗なままだ。ゼノがその状態を保っていた。三百年も。


「オートマタはキメラの土台になるのではないかと思って研究開発されたのです。オルフェさんのように人間がキメラ化によって命を長らえさせることが可能ではないかと考えて」

「な、なるほど……」


 先ほど批判的なことを発言したオルフェは少し気まずそうだ。だが無機物と生き物とではうまくいかず、結局聖獣という強力な存在がなければ難しいというところで研究は止まってしまっているのだとライルは語った。


「俺の家も……色々と試した結果、やはり聖獣の肉体が最適解ということになってたな……」


 蒼はこのアルフレドの発言にかなり驚いていた。彼が嫌悪していた家の話をするなんて。心境の変化があったのだと、ほんの少し嬉しい。

 薄暗く恐ろしく嫌悪する記憶ではあるが、アルフレドも少しずつ受け入れ、消化していたのだ。


「キメラ化には強い肉体が必要だということは実験でハッキリとしていたから、人体実験はカーライル家の人間の体を使ったんだ。戦士の末裔として肉体的にも強い子孫が産まれるよう代々婚姻関係を結んできて……」


 ここでしまったとアルフレドが口篭った。アルフレドとアレクサンドラはそれはもうその性質を強く受け継いていたが、腹違いの妹弟はそうではない。


「だから僕もファーラ姉さまも身体が弱かったからずいぶんと心配されたんだよ~」

 

 だがフィアは何も気にしていないようだった。レーベンに自分の話を聞いて欲しそうに尻尾を振っている。


「だから一生懸命魔法の勉強をしてたんだよ! 今は使えないけど、ヴォルフと分かれたら見せてあげるね!」

「うん! 楽しみにしてるよ」


 レーベンもにこにことその話を聞きながら頷いた。


「二人はカーライル家の中で圧倒的に魔法が得意だったもんな」


 そっとフィアの頭をアルフレドは撫でていた。


「お待たせしました」


 ゼノが例の魔法道具を持って休憩室までやってきた。小さな箱のようなものの中に、コンパスの芯と似たものが入っている。


「第一研究室に修理用の道具を準備しております」

「ありがとう。手伝いも頼めますか?」

「もちろんです」


 これは魔王の居所がわかる装置。ライルは魔王の研究のために魔王に近づく気でいるのだ。 


「三日お時間いただきます」

「どうぞどうぞ」


 蒼達とライルはここを出るまでという約束で旅をしている。流石にわざわざ魔王に会いにいくつもりは蒼にはなかった。 


 ライルが研究所にこもっている間、蒼達は海底都市の街歩きをして過ごした。何百年も育ち続けている大きな木をみて感心したり、海と街の境目に行って深海を眺めながら食事をとったり、オルフェは劇場の舞台に立って一人感動したり……。


「もう数日お時間いただきたい」


 約束の日。ライルからの延長依頼にもちろん蒼は同意した。予定より修理に時間がかかったのだろうと思ったのだ。だが、彼が延長を求めたのには別の理由が。


「オートマタを直したいのです」

「それがいいね!」


 先に声を上げたのはフィアだ。


「さらにお願いなのですが、皆さんの血をわけていただきたい。オートマタの立ち上げに少々量が必要でして」

「ふむ。致し方なかろう。あの美しい人形がこの美しい街に一人では可哀想だ」


 どうだカッコいい発言だろうとオルフェは得意顔だが……。


「失礼。キメラのお二人の血では厳しいので、アオイさん、アルフレドさん、レーベンさんにご協力いただけると助かります」

「ええー!!! なんだいそれは! だから君はそういうことは先に言えと何度も……!」

「そうか。人の血がいるならどうしようも……だから一人で」


 少し気の毒そうにアルフレドがゼノに視線を送った。この街に全く存在しなかった資源、それが人間だ。


(ライルさん。やっぱり初代ライル・エリクシアとは別人な感じがするわね~)


 初代は日記しか知らないが、今の彼からは思いやりという単語が感じられる。残念ながら罵詈雑言溢れる日記からは感じられなかったものだ。


 さらにそれから五日後、無事オートマタは五体となった。


「今回の魔王の行く末の見当がついたらトンネルを直しに戻ってきます。それまで今まで通りよろしくお願いしますね」

「承知しました。お気をつけて」


 ゼノの表情がほんのり明るくなっているような、そんな気配を感じながら蒼達は地上へと戻っていった。

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