第5章 旅は道連れ

第1話 働き者

「アオイさん! かぼちゃポタージュもうすぐなくなりそうです! ベーコンパンベーコンエピは売り切れちゃいました」


 レーベンの嬉しそうな声が蒼の耳に届く。


「もう!? この街は売れるわねぇ」


 からこっそり運んできた焼き上がったばかりのマフィンのケースを蒼はそっと屋台におろす。


(甘いマフィンじゃなくて、おかずマフィンの方がよかったかな)


 食堂がどこもいっぱいだからか、腹を空かせた旅人が多い。明日以降のメニューを考え直さなくてはと、冷蔵庫の中身を思い出そうと頭をひねる。


「このスープが美味しいからですよ。おかわりに来る人もいます」


 誇らしそうな表情のレーベンを見て、蒼もつられて笑う。


 蒼とアルフレド、そしてレーベンはシノセという中規模の賑わいのある町にいた。ここは乗合馬車が多く止まっており、ここからまたいくつかの大きな街道と連なっている、所謂宿場町なのだ。


 結局レーベンは、蒼達と一緒に旅することを選んだ。……というより、その選択肢があると知った瞬間、大喜びで飛び上がっていた。二人に会ってからずっと夢見ていた世界を巡る旅が、最高の形で叶ったのだから。アルフレドの方は、故郷リデオン行きの選択がなくなったことにホッとしているように見えた。


「今日のリデオン行きの馬車、もう満車だってよ」

「じゃあ明日だな」


 蒼の屋台前を剣と槍を携えた男達が通り過ぎる。そしてマフィンの甘い匂いにつられて引き返してきた。


「一個くれ」

「小銅貨八枚です」


 レーベンが愛想良く接客をする。が、蒼の方は身構えた。ニヤニヤとしたその男の表情で相手が次どう出てくるかは予想できる。


「わりーな。五枚しかねぇんだわ。これでいいだろ?」

「困ります!」

 

 蒼はレーベンとその男の間にスッと入って行った。男が無理やりレーベンからマフィンを奪おうとしたからだ。

 

「何もタダで寄越せなんて言ってねぇだろぉ」


 前に出てきた若い女を見ても、ニヤケ顔は変わらない。完全に舐め切っている。


(せこいこと言ってんなぁ) 


 うんざりするが、蒼は口には出さない。今、アルフレドは街の入り口で起こっている小競り合いを止めるために借り出されていた。

 蒼は舐めてかかられるだけの理由が自分達にあるのはわかっている。単純に剣を持った相手に力では勝てない。

 だが彼女もそろそろこちらの世界にも慣れてきた。商売も続けているので、同業者からこういった場合の対策も教えてもらっている。


「まあまあ! あなたそんなこと! 『世界の澱み』が溜まってしまいますよっ!」

「……」


 これは蒼がいた世界でいうところの、『お天道様が見てるぞ』とか『バチがあたるぞ』に相当する言葉だ。案の定男は渋い顔になっている。が、なんだか小綺麗な格好をした女に舐められてたまるもんかと、意地をはりはじめた。


「魔王が復活した今となっちゃあ関係ないね!」

「なんならお前らみたいなひ弱な人間のために、俺らが魔物をぶっ殺してやってるんだからこのくらいよこせよ!」


 と、後ろにいた仲間まで出て来る始末。


 チッ! と思わず舌打ちしたくなる蒼だったが、ならば次だと今度は大きく息を吸った。


「あぁ! またそんなことを! 御使達よ……どうかこの者達をお許しください! 気が立っているだけなのです……飢えて腹が減ってイラついているだけなのでございますっ!」


 祈るように両手を組み空を見上げて、大声で騒ぎ始めた。神殿付近で商売を続けていた甲斐があり、蒼はそれらしい言葉がスラスラと出るようなっている。案の定、なんの騒ぎだ? と人が集まり始めていた。


「ああでも! 勇者の負担がこれ以上増えないよう……あの魔王の力を高めるわけにはいきません! そのようなことになるくらいなら、私共の儲けなど……いいのです……我々の食事を我慢すればどうにかなる程度の儲けです……」


 ヨヨヨ……と今度は両手で顔を覆い肩を震わせる。一人大袈裟な演技を続ける蒼の様子をポカンと見ていたレーベンが、ハッと我にかえり急いで悲しそうな顔をする。以前からの打ち合わせ通り。

 

「なんだ? たかられてんのか?」

「ったく……最近は治安悪くなっちまって……女子供の店にまで手を出すクズが出るたぁこの街も落ちたもんだな」


 遠巻きに見ていた外野もざわつき始めた。世論を味方につける作戦だ。

 魔王がいてもこの世界、決して捨てたもんではない。なにが人々にとって健全な世の在り方なのかわかっている人が大半なのだ。


(さ。捨て台詞でも吐いてどっかに行きなさい)


 今回はそれで許してやらぁと蒼は自分で自分をだと思っている。

 別にこのマフィンをタダであげたっていい。材料費はかかっていないのだから、彼らの言うとおり、身を挺して魔物と戦ってくれる人材に多少のサービスをしたってかまわないと彼女は思っている。だが、どう考えても今の流れでは渡せない。


(同業者にも迷惑かけちゃうし)


 蒼が一度彼らに成功体験を与えてしまうと、彼らはよそでも同じことをしかねない。むしろ、すでに成功したからこそ蒼達に絡んできた可能性が考えられた。

 自分達がどうやら形勢不利だと気付いた男達は、口がへの字になっていく……だが引く気はない。こうなってもこの若い女相手に屈したくない気持ちがあった。なにしろ、自分達に少しも怯えていないのがわかる。『力』が商売道具な彼らにしてみると、自尊心が傷つくのだ。


(まったく……意固地ねぇ)


 蒼がため息を吐きかけたその時、


「小銅貨八枚だよ」


 護衛が戻ってきた。ポンと手を置かれた男の肩はアルフレドの握力で揺れている。彼は珍しく笑顔で圧をかけていた。相手もアルフレドの力量くらいはわかるようだ。圧倒的に不利だといよいよ悟ったらしかった。

   

「は、はい……」


 か細い声で答えた男達は、きっちりお代をレーベンへと渡し、マフィンを受けとると小走りで逃げていった。


「なーんか釈然としないんだけど~」

「はは! でもうまくやってたじゃないか。最近こんなことあっても噛み付かなくなったね」


 戻るの遅くなってごめんね、とレーベンにも声をかける。アルフレドが大型犬ならレーベンは小型犬。小さな尻尾を一生懸命振って、家族の帰りを喜んでいるようだった。


「時と場所は考えてやってるわよ」


 蒼が誰かに噛み付くのは、アルフレドという後ろ盾がある時か、矛先を他人から自分に向けたい時だけだ。

 本当は今回、蒼一人でやりこめたかった。アルフレドが一人であっという間に解決してしまったことに、今度はちょっぴり彼女のプライドが傷つく。彼女もそれなりに元いた世界で(仕事上の)修羅場は潜ってきたのだ。


(うーん……なんてくだらないプライド!)


 あの男達……蒼に屈したくないと思っていた奴らと似たようなものだと自省する。そうして一度大きく深呼吸した。


「アルフレドさんの方はどうでした?」

「ちょっとピリついてる奴が多いみたいだねぇ~……また呼ばれるかも」 


 アルフレドの知り合いが警備兵としてこの町におり、彼の実力に泣きついてすでに今日だけで二度呼び出されていた。


「馬の方はどう?」

「高いね! というか高すぎる。これはここじゃあ買えないかも」


 馬の需要が多すぎて、到底受け入れられない値段で取引されていた。


 現在彼らの移動を助けてくれているのは、馬のルーベン一頭のみ。かなり体は大きいが、流石に三人を乗せて移動するのは負担になるだろうと、新たな馬を探してこの町に立ち寄ったのだ。

 ちなみに馬のルーベン、元の持ち主である赤毛の少年レーベンに聞いたところ、元々はルドルフ、と呼ばれていたことが判明したので、結局引き続き愛称であった『ルー』と呼ばれることになっている。


「馬といえばリデオンが有名ですが」


 アルフレドの故郷嫌いを知らないレーベンが何気なく言うので、蒼はまたヒヤリとした。


「リデオンは行かないよ~……さっきみたいな奴が今集まってるんでしょ?」


 素知らぬ顔で蒼が答える。レーベンはそれを聞いて、うっ……と言葉を詰まらせていた。


「……そうだね」


 小さな声で返事をするアルフレドは、何か考えている表情で俯いている。


「まあ急ぐ旅でもないし」


 この話はおしまい、とパチンと手を打って商売を続けた。アルフレドも戻ってきたばかりだと言うのに、また一人の兵士が団体で喧嘩している冒険者達を止めてくれと助けを求めにきたので、本日三度目の出動だ。


 レーベンの方は初めて会った時に感じた印象のまま、とても気の利く利発な少年だった。


「あ、釣り銭が怪しいです」

「ありゃ。ちょっとギルドに行って来るね」


「包み紙補充しました」

「ありがと!」


 アルフレドとはまた違った形の働き者だ。

 店を閉め家へと戻り、とりあえずソファにゴロンと転がる蒼とは違い、彼はそのままテキパキと片付けを続けてくれる。それで慌てて片付けに加わると、


「アオイさんはゆっくりしててください!」

「そ、そんなワケにはいかないよぉ~!」

「いえ。住むところも食べるところも面倒見てもらっている上に、お給金をいただいているんです。このくらいさせてください」


 結局、当たり前だと言わんばかりに大真面目な顔で黙々と片付けるレーベンのを蒼がする形でおさまった。彼主導で片付ける方が何倍も早く終わったからだ。実に手際がいい。この世界にやってきて、この仕事しかやっていない蒼は正直立場がない。


(や、やばい……私が一番ダメダメかも……)


 社畜をやっていた頃なら、彼らと肩を並べられただろうか、なんてどうしようもない考えが浮かんでいる。


「明日の準備も終わらせておきますね!」


 なんだかウキウキとしているレーベンの横顔を見て、何も卑屈になる必要はないな、と彼女は思い直す。


 そして、そういえば仕事の夢でうなされることもなくなったことにも気がついた。


(人生、のんびり楽しもう……)

 

 そうだ、そうしようと思っていたのだと、初心に戻る蒼だった。  

 

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