第8話 花の都 初日

 花の都と聞いて頭に浮かんだのは、彼女が元いた世界だとパリやフィレンツェといった芸術文化が発展している街だ。だがここ花の都フィーラは、文字通り花の都だった。


「こりゃそんな二つ名がつくわね~!」


 まだまだ朝晩と寒い日が続いていたが、街中が色とりどりの花と瑞々しい緑で溢れている。一方で蒼のイメージ通り芸術の街とも知られており、大きな劇場もあるためか社交界も活発だった。そのため金持ち貴族の多くがこの街に別宅を構えている。


「元々は薬草の栽培で発展した街なんだ」


 街中にはガラス張りの透明なドームがあちこちにある。中は温室で季節関係なく安定した薬草の供給ができるようなっていた。


「何代か前の領主が大の音楽好きで、そこから芸術家への支援が盛んになって……あっちこっちから人が集まるようになったって聞いたなぁ」


 アルフレドは久しぶりに訪れたフィーラの街をキョロキョロと見渡していた。

 街に入る前に馬のレーベンは蒼の庭に入れ、今はのんびりくつろいでいる。


「どっかに牧草も売ってるかな?」

「街はずれにあると思うよ。少なくとも馬車停あたりには」


 二人ともギルドで手続き後しばし自由行動だ。アルフレドは武器屋へ行き剣を研いでもらいに、蒼は神殿へと向かう。


「この街、治安はいいけど裏通りはいっちゃだめだよ!」

「は~い!」


 これまでの街よりあきらかに警備兵の数も多いのがフィーラの特徴だ。


(金持ちが多いからかな?)


 どの街でも見かける冒険者の姿はやや少なめだ。商人の護衛仕事でやってくる以外は、宿代や飲食代が高いため長居はできず、通りすがりに立ち寄る程度なのだと蒼は聞いていた。


◇◇◇


(こんにちは~~~)


 脳内で挨拶をしながらシーンとしたアペル神殿の祈りの間に蒼は足を踏み入れる。他の神殿と同様、御使アペルの像が飾られてあった。忖度されているのか眉間の皺はなく、気難しさを感じない穏やかな姿だった。奥には大きなパイプオルガンのような楽器が見える。これは他の神殿にはなかった。


(何代か前の領主様が音楽好きっていってたもんな)


 蒼はまた見よう見まねでお祈りのポーズをとり、


(ご存知でしょうが無事に浄化はすみました~とりあえず大丈夫だと思います~)


 なんだかどこかの修理業者の報告の挨拶のようだと、なぜか蒼は得意になる。万が一、屋台がうまくいかなくなったら浄化屋でも始めるかと冗談を考えていると、


「アオイ様ですね」

「うわぁハイ!」


 祈りを捧げている人たちが驚いて振り向いたので、蒼は急いでペコペコと頭を下げた。だが人々が見ていたのは蒼ではなく、声をかけてきた方だ。その眼鏡をかけた老人は少し面白そうに頬を上げ、杖をつきながらゆっくりとオルガンの方へ歩いていく。お付きの神官にどうぞこちらへ、と言われたので蒼は言われたまま着いて行った。


「特等席です」


 お付きの女神官が柔らかな笑顔を蒼に向けた。

 老人は席に腰掛け、懐中時計で時間を確認すると、スッと鍵盤に指をおろす。


 瞬間、ガツン! と蒼の身体に衝撃が走る。


(なにこれ……すごい!)


 身体中に荘厳な音楽が鳴り響いたのだ。耳ではない。身体だ。筋肉、骨、細胞の隅々まで音が流れてくる。


「お昼の鐘の代わりなんですよ」


 演奏が終わり、ヨッコイショと立ち上がった老人は、蒼の衝撃のあまり動けません……という表情をみて満足そうに頷いた。

 この街では日に二回、他の街でいう時間を知らせる鐘の代わりにこのオルガンの演奏が街に流れるのだ。


「御使アペルからアオイ様がいらしたら聞かせるよう申しつかっておりまして」

「あ、ああ~……では貴方が特級神官……」

「はい。ジュリオ・セレーナと申します。どうぞジュリオとお呼びください」

「ジュリオさん……本当に素晴らしい演奏で……その、感動した時ってどう表現したらいいかわからないんですけど……」


 蒼は自分の語彙力を恥ながら、どうにか彼に感動した! という気持ちを相応しい言葉で伝えたい。

 

「大丈夫ですよ。伝わっていますから」


 ニコニコとしながらまたゆっくりと杖を使って歩き始めた。


(あ~アペルシアさんがこの街を気に入ってるっていう理由を知らせたかったのかな)


 なるほど、この鐘の音オルガンが聞こえなくなるのは大変悲しい。だがそう納得すると、アルペシアがまたニヤリと不敵な笑顔になって、そうだろうそうだろう! と頷くのではないかと蒼は想像して一人で笑いそうになっていた。


 この神殿は居心地よさそうだと蒼もご機嫌に後ろをついて行っていたのだが……。


「アオイ様、この街をお守りいただきありがとうございました」


 通された来賓室にはこの街の上級神官達が頭を下げて待ち構えていた。トリエスタの神殿と違って、華やかな装飾の部屋で仰々しく迎え入れらた蒼はアワアワとするだけだ。


「そんなそんな! 私はたいしたことは……チーノさんも頑張ってくださいましたし、ルチルさん達も!」

「いえ。アオイ様がもし近くにいらっしゃらなければ今後どうなっていたやら……」


 深刻な自体が待っていたのは間違いないのです、と。だから我々は心の底から感謝しているのだと。


「混乱を避けるため街民には知らせていないのです。本来なら街全体でお迎えすべきなのですが」


 大変申し訳ない、とまた全員で頭を下げ始めたので蒼は大慌てだ。


「わ~! いいですいいです! そんなことは望んでません! お役に立ててなにより、それだけです!」

「なんと欲のないっ!」


 神官達に騒めかれ蒼は居心地が悪くなる。彼女は自分が頑張ったと自覚がある時の称賛は、すんなりあっさり受け入れ喜ぶが、今回はたまたま自分が持っていた高性能なスプレーをただ振りまいただけ、と思っているところもあり、むず痒くてしかたがないのだ。


「しかし礼もなにもしないのは……」

「そうだ……御使アペルからもアオイ様の助けになるように言われているし……」


 あちらもあちらで蒼のスタンスでは困るようだった。


「アオイ様、なにか些細なことでかまいません。我々に出来ることはないでしょうか。なんでもいいんです。お困りごとの解決でも。なんなら金品でもいいんです。この街はそういったものが揃っておりますし」


 ジュリオだけは他の神官達と違い、ずっと面白そうにやりとりを見ていた。


(特級神官って神官から選ばれるわけじゃなくって、神託を受け取るだけでなっちゃう役職だってグレコさん言ってたもんなぁ)


 元々の心持ちが神官とは違うのだ。グレコ同様、なんだかちょっと他の上級神官達と雰囲気が違う。


(金品か~なんかちょっと引っかかるな~)


 何故かわからないが心に引っかかった、ということは後々引きずってしまうことを蒼は経験からわかっているので、それはナシだとすぐに判断する。

 う~~~んと目を瞑り腕を組んで考え続けた。 


(困りごと……)

 

「あ! この神殿の入り口のあたりで屋台を出させてもらえませんか?」


 なんせフィーラで商売するには場所代が桁違いに高いのだ。これは事前に情報がなかった。水の都テノーラスもそれなりにしたが、この街はその比ではない。この街での販売は諦めることも視野に入れ始めているほどだ。

 神殿での販売は場所代が発生しないので、かなり気が楽になる。


(やっぱり移動にはお金がかかるのよねぇ)


 しかも最近値上がりしているという話だ。稼げる場所では稼いでおきたい。


「そのようなことでよろしいので!?」

「もちろん神殿の敷地どこでも好きにお使いください!」


 驚いていたのはチーノだけではない。彼らはきっと報奨金を渡すことになるだろうと実はすでに用意までしていたのだから。

 そうとは知らず蒼はもう少しいけるか!? と、彼らの予想しない方へと話を進めていく。


「じゃあ使っていない倉庫をお借りできますか?」


 販売場所から近い位置でワゴンを人に見られず出し入れできれば移動も楽だ。


「え? あ、も、もちろん!」

「やったー! 助かります!」


 これでこの街でも商売が出来るとご機嫌な蒼を見て神官達は面食らっていた。


「あ、あと屋台で販売する商品の意見をもらえると」


 困りごとで考えるといくらでも出てくるなぁと、蒼はつい欲がすぎたと慌てた。


「あぁすみません調子に乗って……!」

「そんなそんな! そのようなことでよければいくらでも!」


 お互いにペコペコと頭を下げる姿を見て、いよいよジュリオが大笑いしていた。


 蒼が滞在中はチーノが彼女の担当ということで話がついた。立候補者が多く決めるのが大変だったそうだが、特級神官の口ぞえで顔見知りの自分が勝ち取ったのだと嬉しそうに蒼に伝えるチーノの歯は今日もキラリと光っている。


「あの後は大丈夫でしたか?」

「はい! おかげさまで!」


 あの後というのは聖水の泉の浄化後の話だ。チーノはもちろん蒼を送ろうとしてくれたのだが、それを断ると深追いはせずにテイマーのルチルにアイコンタクトをした。すると彼はピュウと軽く口笛を吹き、空から五匹の鷹とよく似た猛禽類を呼び出した。


『御使アペルに探るな、と言われておりまして。彼らなら話せませんし』

『す、すみません……』


 相手の好意を無碍にしたようで蒼は心苦しいが、彼らの申し出をありがたく受けることにした。


『ナニカアレバ スグニ カケツケル』

『ありがとうございます』


 この鳥達は大変賢く、蒼が門を開け入ったのを確認するとスッと飛び去っていった。


(お礼を上げ損ねちゃったな……でも何食べるんだろ? 生肉?)


 だが蒼が大変だったのはここからだ。


『俺も行ったのに!!!』


 家の扉を開けるとアルフレドが青い顔で待ち構えていたのだ。蒼は眠っている彼を起こしては悪いと念の為置き手紙を残していた。これから自分が何をするかと、自分が帰るまで家から一歩もでてはいけません。と最後に一文を添えて。


『ダメだよ~瘴気の影響って長引くんでしょ? 一回ちゃんと治さなきゃいけないって……本で読んだよ』


 本当はリルケルラからの情報だが、蒼は昨夜のの話はアルフレドにしないよう決めていた。彼は思っていたより信仰心が強いようなので、イメージを壊してもいけないと思ったのだ。

 

『お願いだ。次から絶対に一人で危ないことはしないでくれ。護衛としての面目丸潰れだよ……』


 アルフレドは蒼にはあまり自分の心配する気持ちが響いていないのだとわかり、今度はショボショボと項垂れ始めた。こうなると蒼は弱い。


『ごめんね。次はそうするか……起こして声をかけるから』

『頼むよ……』


 まだションボリと元気がないので、


『わかった! 今日はデザートにパフェ作ろ! 材料並べて自分で作るやつ』

『……どんなの?』


 明らかにアルフレドの元気が漏れ出る気配がしたので、蒼はニンマリと顔を緩ませた。それを見たアルフレドは、


『食後のデザートはズルいよぉ……どうしてもワクワクしちゃうじゃん!』


 蒼が少々誤魔化しにかかったのがわかっているが、自分を元気づけようとしてくれたことは素直に嬉しいアルフレドだった。

 

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