第6話 画面の向こう側

 日中、春の暖かさを感じるようになる日が増えた。それは蒼達が南下しているせいなのか、それとも季節が進んだせいなのか。


「どっちもね」


 蒼が水の都テノーラスで購入した暖かいコートはすでにクローゼットの中。

 馬の上は視界が高い。目線の先に瑞々しい緑色が映ることが増えてきた。アルフレドと二人で頂き物の馬にまたがり、花の都フィーラまであと少し。


 最近蒼とアルフレドは人里が近づくと、ワゴンを馬に引かせて商売を始めている。馬の名前は聞いていなかったので、仲良くなった赤毛の少年レーベンを参考にルーベンと呼ぶことにした。


『軽食・甘いもの・聖水』


 売るものが一つ増えたのだ。食事価格は安くした。今までいた大きな街とは状況も違う。金銭でのやり取りも街ほど多くないので、あまり高いと全く買ってもらえない恐れがあるのと、噂になったとしても拡散力がないからだ。


「けどあんまり特殊過ぎてもだめだよ? たこ焼きとかたい焼きとかはちょっと……」

「あくまでいつも通りってことね! ……今日の夕飯はたこ焼きパーティにしようか」


 もちろん聖水はカップ一杯小銅貨一枚。食事や甘いものを購入してくれた人は無料で提供した。


「はぁ~こりゃ年寄りにはありがたい柔らかさだ」

「パンだけでもかなり高いもんじゃねぇか?」


 ロールパンにスクランブルエッグとケチャップをトッピングして挟んだものを小銅貨三枚で販売していた。このあたりのパンは硬いものが主流なので、物珍しさに買ってくれるお客が多い。

 蒼個人はハード系のパンが好みだが、この世界でのこれまでの販売経験から目新しいものが好まれることを知っているので、あえて柔いものを使っていた。


(一般市民は滅多に今いる村や街から出たりしないって言ってたしなぁ)


 確かに道中の危険を考えればそれも頷ける。

 

 聖水を呼び水にして、どこでもお客には困らなかった。小さなお客さんには試食と称して一口サイズのカスタードパイや食パンを小さくカットした上にちょっとだけおかずを乗せたものを手渡し、キャッキャと喜ぶ姿をみて蒼は一人癒しを得ていた。

 そしてなにより、近隣の情報をえるのにこれはかなり役に立った。


「あっちの道は土砂崩れでまだ使えないんだ」

「じゃあ迂回した方がいいですね」

「そうそう。この村突き抜けていったらいくらかマシだよ」


 主要の街道以外はこういったことはそれなりにある。最新情報は大事だ。


「聖水の泉が埋められちまったから助かるよ」


 そしてバケツ一杯の聖水を買った男性の一言で、蒼とアルフレドはいつの間にか魔王の勢力が拡大していることを知ったのだ。


「えぇ!? 埋められたって誰に!?」

「そりゃ魔王軍……魔物の大群だよ。人間には目もくれず聖水の泉に突撃していって、自分達の体もろとも泉を埋もれさせたって話だ」


 蒼とアルフレドはこの時になって初めて、なぜトリエスタの街が魔王軍の進撃にあったのか知った。ちょうど蒼がこの世界にやってきたあたりから、魔王軍によって聖水の泉周辺が集中的に狙われ始めていたのだ。


(自分達の弱点から潰して回ってるのか……)


 彼らが使っていた聖水の泉は規模が小さく、トリエスタのように神殿に管理されているわけではない。地域住人達によって大切に守られていた。

 そういった状況を魔王軍は把握しているからか、今回のような小さな泉から先に狙われ始めているという伝達が先日、神殿からあったという。

 上級神官達による情報の集約の末に出した答えのようだ。


(防衛されてるところは後回しってことにしたのね)


 失敗から学んでいる。魔物はそんなことはしないと蒼は図鑑から学んでいた。

 魔王軍はコツコツと不利な状況を潰していくことにしたのだ。


「魔王が復活してからそれなりに皆聖水は貯めてはいたが……」

「今はまだこの辺に魔物はこねぇけど……これからがなぁ」


 村人は不安そうだ。聖水の泉に埋まっている魔物達は徐々に溶けて浄化されているだが、まだまだ時間がかかりそうなのだと。


「だからあんた達が来てくれて本当にありがたいんだよ」

「自分達の分はしっかり残しとけよ」


 彼らはよっぽど感謝しているのか、泊まるところがなければ是非村へ。という誘いがあった。だが蒼は丁寧に断り、村人達に聞いた小さな聖水の泉へと向かうことにすると告げる。


「上から聖水をかけてみます。そしたら多少復活が早まるかも」


 まだ少し余裕があるので。と、ワゴンの収納部分に置いてある実は空っぽの木樽に目線を送る。


「だ、大丈夫か!?」

「優秀な護衛がいるのでなんとか」


 子供達と遊んでいるに絡まれているアルフレドの方を見て蒼は得意気だ。


「あんた、名前はなんて言うんだい?」

「もしや英雄の末裔かい!?」


 村人達はまさかこのご時世にそこまでしてくれる人がいるとは、と驚いていた。


「ふ……名乗るほどのモノではゴザイマセン」


 ここでも蒼はドヤ顔だ。


(一度は言ってみたかった言葉~!!!)


 が、


「アオイとアルフレドだよ~~~!」


 という子供達の大きな声で残念ながらバシッとは決まらなかった。


◇◇◇


「あったあった……! あれだね!」


 蒼は村人から聞いていた聖水の泉に向かう道標を見つけた。石塚にいつものレリーフの模様が刻まれている。崩れているが。

 周辺の魔物が通った道は荒れ果てていて、なんだか空気も悪いと蒼は鼻と口を押さえた。


「何かが腐っているような……」


 何かな? とアルフレドの方を振り返ると顔色悪く険しい表情になっていた。


「どうしたの!?」


 ルーベンも足踏みをして前に進むのを嫌がっている。

 とりあえず引き返し、空気がマシになったあたりで急いで金色の鍵を取り出して門の中へと逃げ込んだ。


「瘴気が……」


 アルフレドはそれだけ言うと、急いで聖水が流れ出るレリーフのところまで行きその水をがぶ飲みし始めた。ルーベンも同じだ。


「ここまで酷いのは久しぶりだよ~」


 体の調子が戻ったのかアルフレドは安心したようにドスンと座り込む。


「そんなにまずいんだ」

「こりゃどうにかしないとさっきの村まで飲み込まれるかも」


 大量の魔物の亡骸が生き物に有害な空気を撒き散らしていた。聖水の浄化が追いつかないスピードで。


(そういえばトリエスタは襲撃された後、すぐに魔物の死骸を片付けてたって言ってたな)


 だがここまで状況が悪いと、もはや蒼のような加護を持っていなければ誰も近づけない。


(ということは、私がどうにかするしか!?)


 方法はすぐに考えついた。蒼には万能で強力な聖水があるのだから。とりあえずそれを霧吹きスプレーにいれ外に出て、シュッシュとあたりに振りかけてみる。


「おぉ~~~! 面白いくらい清々しい空気になる~!」


 予想通り効果は抜群だ。あっという間にその一帯の瘴気が消えさった。だが蒼はすぐに門の中に引き換えす。まだずっと先まで続いている瘴気からはおどろおどろしい雰囲気が漂っていた。ようは魔物の気配がする。蒼がわかるほどに。


(……例の死体の山かもしれないけど)


 まだ気分の悪そうなアルフレドを部屋で寝かせ、ルーベンににんじんとリンゴを与える。バリボリといい音を立てて美味しそうに食べていた。


(こっちは大丈夫そうね)


 思ったより深刻な状況だが、打開策はある。時間はかかるが少しずつでも浄化を続ければいつかは目的の聖水の泉に辿り着くだろう。


「急ぐ旅でもないしね~」


 一度もついたことがないテレビの前のソファに、蒼はクッションを抱えてゴロリと転がった。

 彼女の旅は翔と違って壮大な目的があるわけでもない。だが先ほどの村人達が路頭に迷うかもしれないのに、それを無視するのは目覚めが悪い。なによりアルフレドは絶対に放っておくわけないと彼女は知っている。彼は人と馴れ合うのを避けるのに、人助けをやめられないようだった。

 

(もしかしたら多少なりともしょうくんの助けになるかもしれないし)


 そういう考えも蒼にはあるので、アルフレドの人助けするたびに、蒼に申し訳なさそうな顔をするのをいい加減やめさせたくもあった。だから彼の了承も得ずに勝手に決めたのだ。

 案の定アルフレドは蒼の話を聞いてホッとしていた。彼女が使えなくなった聖水の泉をどうにかすることもなくフィーラに行くと言われたら、彼は困った顔をしたに違いない。


(けど……アルフレドに悪かったなぁ……まさか寝込むほどのダメージを受けるなんて)


 瘴気が広まれば広まるほど、魔王軍に有利になるというのがよくわかった。


 突然、パチンと音が鳴った。蒼は勢いよく起き上がるもその音がどこで鳴ったのかもわからない。聞いたことのある音だが、それはこの家の中ではなかった。


「え?」


 目の前のテレビ画面がついたのだ。唐突に。

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