第4話 in 喫茶店

 テノーラスの港は今日も多くの商人や船員達で賑わい、市場ではたくさんの商品が活発にやり取りされていた。


「あったかいコートゲットー!!!」


 冬のテノーラスはなかなか寒い。市場には一般市民向けの店もたくさん出ている。


 並べられているのは異国情緒溢れる香辛料に織物、それに酒、武器に家畜と様々だ。同じ国際貿易都市であるトリエスタと違い、重さがあるものや、大型の商品が多いのも特徴だった。


「馬だけじゃなくてやっぱ牛も大きいわねぇ~」


 トリエスタはその後陸路で交易品は運ばれていくが、テノーラスはさらにまたここから航路で各地へと商品が運ばれていく。蒼も世話になったトリエスタからの船も再び停泊しており、魔物から取り出した素材や薬、それに聖水が船から搬出されていた。


「グレコ様達がアオイを恋しがっていたよ」

「屋台のことも皆話したなぁ~お前さんが作ったモンは確かにどれも美味かったから」

「レイジーってほら、魔法使いの末裔を名乗ってる冒険者いただろ? あいつもこの船に乗る予定だったんだが、神殿からの緊急の依頼があってよ。アオイに会えないのを残念がってたぞ」


 口々に蒼に話しかけるトリエスタ出身の船員達の声を聞いて、まだあの街を離れてそれほど経っていなかったが彼女は唐突に戻りたくなった。


(なんだかんだ、異世界に放り込まれたってのに心穏やかに過ごせた街だしね)


 心の準備がなかったわりには、ではあるが。心配性の自分が今、前向きにいられるのはあの街での最初チュートリアルがあったからだと蒼は思っている。


「この街は魔王の影響を感じませんね」

「勇者が対魔王軍に合流したって話ですからねぇ。一時期恐れられていた大きな混乱が起こらなくてよかったよかった」


 仲良くなった宝石商ロイドと商人ギルド近くの小さなでお茶をしていた。ここには各国から取り寄せられた茶葉がたくさん置いており、それを選ぶ楽しみがある蒼お気に入りの店でもある。

 他にも商人達が商談をしていたり、駆け引きを楽しみながら情報交換をしていた。国も年齢もバラバラだ。男性の方が多いが、それなりに女性もいる。

 この世界では魔法が使えるかどうかの有無が男女ともに将来設計にかなり影響する。非力な女性であっても、魔法が使えれば我が身を守ることができるので、より自由に生きられるようだった。そのため、わざわざ護衛を連れて商売をしている蒼は実はかなり資産があるのでは? ただの金持ちの道楽では? と噂をされるようになってしまっていた。


「う~んしかし半年前より食糧価格は上がっているようです」


 ロイドの低い声で人々の仄かな不安をあらためて理解する。彼は自分と蒼の前に置かれているドライフルーツのタルトに視線を落とし、こっそりと、


「……半年で銅貨一枚値上げしています……」


 中身も減ってます……そう蒼に教えてくれた。シナモンの香りがする、蒼が食べたこの世界のお菓子の中では味がハッキリしていている方だったので、に出ているアルフレドにお土産として買って帰ることに彼女は決めていた。


(一個じゃ足りなさそう)


 アルフレドはよく食べる。


 蒼はリルケルラが焦って翔をこの世界に呼び戻したことを知っていたので、不穏さはあれど多少の影響で抑えられている現状に安堵しつつ、同時に言いようもない不安も抱いていた。  


「まあ、勇者による魔王の浄化戦はいつだって勇者側が勝ってきましたからね」


 勝率十割ですよ、と。深刻そうな顔になった蒼を励ますように軽い声をかけた。


「けど、いつの時代の戦いも被害は甚大だったって……」

「おぉ。お若いのによく歴史を勉強していらっしゃる。そうですそうです……私もそうですが、不思議と自分は大丈夫だと思うんですよねぇ」

「……それ、私もです」


 そうして二人で肩をすくめた後笑った。


「我々がすべきことは自分も買い手も幸せになる取引をして、世界の澱みをためないことです」

「澱みか~魔王の栄養源……」

「そうそう」


 そう言ってロイドはカップのお茶を口に含む。

 争いは世界の澱みをためると信じられていた。


(世紀末なんて世界になったらたまらないしね)


 平和だからこそ商売ができる。


「次は花の都へ?」

「すみません。せっかく誘ってもらったんですが」

「いえいえ。あの街も美しいですからきっと楽しめるでしょう」


 蒼はロイドから宝石の都ラトゥーナに来ないかと誘われていた。彼女の作る軽食やお菓子は金になる。蒼は貴族が好む、食事を作ることに長けているのもロイドは見抜いていた。

 もちろん彼女も迷った。ロイドとはいい関係を築けていた。彼は商人は信用が第一だから、と言っていたが、アルフレドがいない隙をついて蒼の屋台を買い叩こうとしていた商人うまく追い払ったり、彼女のレシピの秘密を探ろうとしつこく声をかけていた料理人達にピシャリ注意をしてくれたりと、彼女はかなり恩義を感じていた。


『アオイさんからはかなり格安でいいお品食べる宝石を売っていただきましたからね。しかも専売。こちらも少しは恩を返さなくては』


 蒼が気にしないような声掛けも忘れていなかった。


「ちょっとしばらく船旅はやめておきたくて」


 少し気まずそうに、だが正直に蒼は理由を話した。ラトゥーナまでは船旅。それも一部ハードな海域を通ることはすでに聞いている。


「あっはっは! そういえばここまでの道中嵐にあった上にクラーケンに遭遇したとか! しかもウンディーネがそれを倒したって仰ってましたねぇ~いやぁ滅多にない体験の重ねがけだ」


 初回からなかなかの体験をしたことで蒼が船旅を躊躇っていることにロイドは大笑いしながらも理解を示してくれた。


「いい加護をお持ちのようだから、きっと大丈夫だとは思いますがねぇ」

「え!? わかるんですか!?」


 突然加護の話になり、蒼はもちろん驚いた。だが前回のレイジーの時のような動揺はない。


「あれ? お伝えしていませんでしたか。私、魔法使いの末裔でして。加護を引き継いているんですよ。心眼っていう」


 末裔でも加護まで引き継いでいるのは珍しいんですよ、とイタズラっぽく微笑んだ。


(ほ、本当に魔法使いの末裔っていっぱいいるんだな……)


 レイジーがそんなことを話していたことを思い出す。それに言われてみれば彼の飄々とした雰囲気はレイジーと通じるとところがある。かなり遠い親戚ではあるだろうが。


「まあ私の加護はそれほど強くはないのでなんとなくですが。それはそれでいい使い道があって、相手の加護の強弱がよくわかるんですよ」


 つまり強いほどよくわかる、ということだった。


「アオイさんのはかなり強いですね。アルフレドさんのもそうでしたが」


 ふんふん、と蒼は動揺を見せないよう必死に笑顔を作った。


(アルフレドも加護持ち!?)


 彼の秘密を知ってしまった罪悪感に襲われる。そんな話、一度も彼から聞いていないということはアルフレドが隠したい内容の一つだとわかっているからだ。

 だから話を自分の方へと持っていく。


「御使リルからの加護なんです。病気知らずなんですよ。食あたりもなし!」

「あっはっは! そりゃあ旅するのにうってつけの加護だ!」


 ロイドは蒼の回答に大いに納得したようだった。


フィーラ花の都はこれからの時期が一年で一番美しい時期ですしねぇ~周辺の貴族も別荘を持っている街ですし、モノのよっては売値をあげていいと思いますよ」


 商人らしく商売のアドバイスも始まる。琥珀糖も含め、味やボリュームより見た目が美しい方が人気が出るであろうことも。


「行ったことがあるんですか!?」

「はいはい。一昨年。あちらの貴族に呼ばれましてね。あぁ! そういえばあの街にはテイマーの末裔もいるんですよ! あぁでも……対魔王軍に加わったのかなぁ……」


 急に心配するようにロイドの声色が変わっていった。英雄の末裔同士、話が盛り上がったのかもしれないと蒼は感じた。


◇◇◇


「おかえり~!」


 アルフレドの待ち合わせ場所、旅人を守護する御使グレスの神殿の前で蒼はいつもより元気よくアルフレドを迎え入れる。


「ただいま~! 今日は濡れちゃった……ごめん。あとで洗ってもいいかな?」


 彼のマントの下に着ている冒険者服はびちゃびちゃに濡れていた。

 今日彼は近隣海域にでた魔物の討伐に駆り出され、倒した際の波が乗っていた船を飲み込んでしまったのだ。


(そんなにデカい魔物!?)


 蒼は自分の心配性が発動するのを察して聞くのをやめた。倒したならもういいのだ。近日中にこの街を出港するロイドの安全に影響がなければそれで。


「そしたら先にお風呂入らないと! ていうか寒くない!?」

「寒い~~~」

「だよね!!?」


 二人は急いで人通りのない路地裏へと入り、金色の鍵を使って門の中へと入る。

 急いで風呂を沸かし、蒼はテーブルに買ってきたドライフルーツのタルトを三つ並べた。さらに手早くアルフレドの好きなポトフと唐揚げを作り始める。


「わぁ~~~! 今日は豪華だね!? どうかした?」


 蒼が作ったわけでもないタルトにもすぐに目線がいき、


「これ高かったでしょ!?」


 ということにも目ざとく気がつく。


「もうすぐ別の街にいくし、せっかくなら食べといて今後の参考にと思ってさ~」


 全部アルフレドのだよ。と、蒼の方は視線を揚げ物にむけたまま会話を続ける。


「でも三つは……」

「たまには違うのも味わってもらわないと、比較もできないじゃん?」

「そうか~蒼は研究熱心だね」


 アルフレドは嬉しそうに納得して、ペロリとタルトをたいらげた。事故ではあるが彼の秘密を知ってしまった蒼の罪悪感の塊だ。


 もちろんその後、彼はすべての夕食も綺麗に完食した。


「今日はいい日だなぁ~冷たい海水被ったかいがあった!」


 湯上がりのホクホクした状態のまま、幸せそうに食器をさげ鼻歌まで歌い始める。


 蒼が聞いたことがない、ゆったりとしたリズムの歌だった。

 

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