第2話 お値段
さて、実に白熱した議論が交わされたのは商品のお値段についてだ。
「一品が小銅貨五枚!? ダメ! ダメダメダメ!」
「えぇ~そんなにダメ!?」
相談したアルフレドからは予想外の猛反対をくらった。
「安すぎる! アオイのご飯は金貨一枚払ったって食べられないものばっかりだよ!?」
「いやでも……この街で売っても違和感のないメニューにするつもりだし……」
「味はそうじゃないじゃん!」
いつも穏やかな彼からは想像できないような慌てっぷりだった。森から出たことがないと言っていた世間知らずな蒼なら、本気でその値段で売りかねないと知っているからだ。
だがしかし、彼女も理由があってその値段を提示している。
「毎月の食費が銀貨一枚くらいなんでしょ? そうすると一日の食費って銅貨三枚程度……しかも昼食は食べたり食べなかったりって聞いたよ?」
あまり重要視されている食事ではないのだ。蒼からすると、食事というより間食というイメージの方が近い。
この国の貨幣は大きく分けて、金貨、銀貨、銅貨とあり、さらに間にそれぞれの十分の一の価値を持つ小金貨、小銀貨、小銅貨がある。この国の場合、銀貨一枚は銅貨百枚と同じ価値となる。
(えーっと小銅貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で小銀貨一枚だったから……計算あってるわよね?)
そろそろお金の計算も慣れたいところだが、蒼はまだ使う機会がそう多くもないのでイマイチすぐに出てこない。
「まあそうは言うけど、食費は結構個人差が出るよ? 俺は銀貨一枚じゃ絶対収まらないし……アオイに昼食食べさせてもらってるのに……」
(そうでしょうねっ!)
この街に出てきて彼女は気がついた。
(アルフレド、かなり食べる方だしな~)
毎食、グレコやブラスの倍はペロリと食べてしまう。やはり体が資本の冒険者をしているからだろうか。
「他の屋台もそのくらいの値段だったし、極端に高いのもなぁ」
このへんはキッチリ調べていた。同業他社の調査だ。パン一つが小銅貨三枚程度で購入できる街で、焼き串店が一本小銅貨五枚で販売しているところが多かった。そのくらい屋台というのは小腹を満たす手軽な食事を提供する場なのだと蒼は理解したのだ。
「この街は魔王軍に襲われたってのに今も景気がいいし、食べ物もまだたくさんあるから気にならないかもしれないけど……魔王が活動し始めたのは皆知ってるからね……パンのサイズも小さくなったし……」
「そうなの!?」
もちろん以前のサイズを蒼は知らないのでどうしようもないのだが。皆備えているのだ。魔王という存在に。
この街のパンは蒼の両手サイズくらいはあり、その半分以下……ロールパンサイズをイメージしていた蒼は少々驚いた過去がある。それでもアルフレドのようなタイプには物足りないだろうが、蒼くらいの食欲の人間には十分だ。
「今後どうなるか……というかどうしても値段は上がってくると思う。その時アオイ、値上げできる?」
アルフレドは蒼の性質をすでに理解していた。
今でさえ蒼は試作品だと言って、彼らが口にしたことのないほど美味しいものを無料で提供し続けている。良くしてくれてるのにお金を貰うなんて……というスタンスで。
(だってお礼はしたいじゃん! しかも喜んでくれるしさ!)
蒼にしてみれば、アルフレドや神官達が善意で自分の面倒を見てくれていることには気づいている。
アルフレドは命を助けられた恩が、と言うし、神官達は御使リルが~、英雄の末裔が~なんて言葉を出すが、長々と蒼の相談に乗ったり、困っていることがないか、不安がないかをそれとなく探ってきたりと、恩返しや義務ではない、単純な親切や優しさで彼女に接してくれていると感じていた。
なら蒼だって彼らが喜ぶことをしたい。
そんな彼女が、商売を始めた後で自分の商品を買ってくれるお客相手に値上げできるのか、結局思い悩むのは目に見えている。
「うっ……よくわかってらっしゃる……」
図星だ。
まさかそんなに社会が不安定になり始めていることなど蒼は少しも気づいていなかったが、商人と、それも海外で活動する人々と最近関わることの多かったアルフレドはすでにそんな状況を肌で感じているのだ。
「うーん……でもなぁ……あまり高くしても売れなくなるだろうし……」
腕を組んでどうしたものか、と蒼は考え込む。
(ささっと売り切って……一日の仕事、終わらせたいしな)
だからお昼前にお店を出し、夕方には引き上げるつもりでいた。
(染み付いた社畜根性をここで綺麗さっぱり洗い流すわよ!)
お金は必要だが大儲けしようとは考えていない。原価がほぼかからない商売なので地道に稼ぎ、ある程度貯まったら別の街へ……と考えている。
悩みながらもアルフレドの方を見ると、顔に『心配』と大きな字で書いているのが見えた。
「どのくらいが妥当だと思う……?」
「この間の惣菜パイで銅貨一枚! 甘いものは銅貨三枚!」
聞かれるのを待ってましたとばかりに即答だ。これでも安いと思っているが、蒼の言うことももっともだから譲歩したよ! と言いたげに。
蒼はアルフレドに商品の原価はそれほど気にしなくていいとは伝えていた。彼も彼女の不思議は理解しているので、ただその言葉のままに受け取っている。
「高っ! そんなに高くて買う人いる!?」
「いる! むしろ安いとお客さんが殺到して悪目立ちすると思うよ!」
「うーんそっか……目立ちすぎるのはちょっとな……」
屋台にあるまじき価格で売る方が変な目立ち方をしてしまうのでは? と考えている蒼とはまた違っていた。
だがあまりにもアルフレドが自信満々だったので、ついに蒼は折れた……半分だけ。
◇◇◇
「開店セールですか~期間限定ってことですよね?」
屋台の前でグレコはそういう商売の仕方があるのかと感心している。とりあえず一週間だけ、お試し期間ということで一品小銅貨五枚で販売することにしたのだ。
「試食もあるし、とりあえず知ってもらうところからと」
結局アルフレド以外……神官達からも、一品小銅貨五枚は安すぎる! と猛反発を受け、
『じゃあ小銅貨八枚で……甘いものはもう少し小さくして銅貨一枚にします……』
と、屋台の中では高価格帯というところで決着がついた。
ここまで蒼が意地を張るように商品の値段を安く設定しようとしたのにはいくつか理由があるが、一番は蒼にアドバイスをしたメンバーの懐具合がいいからだった。
アルフレドは収入が安定し、尚且つ冒険者としては成功して懐に余裕がある男であり、上級神官達は世間一般と生活が違うので金銭感覚に関しては多少なりとも疑問を持って接していたのだ。つまり、蒼のお店のターゲット層とは少し状況が異なるところで生活している。
そしてそれは当たっていた。
最初の一週間、三十食はあっという間に売れた。販売直後すぐに完売だ。試食も大好評で、こんな美味しいものがこの値段で! と開店セール中は手頃な値段が後押しとなった。
「この世のものとは思えない! なんて美味しいんだ!」
というお客の声を聞いて、ドヤ顔をしていたのは蒼ではなくアルフレドや神官達だった。
だが二週目、値段を定価にするとその勢いは落ち着いた。試食は続けていたので相変わらず店は大好評だったが、やはり小銅貨数枚といえど、値上げは一般人には大きい負担なのだ。
(毎日の昼食が四百円以内なのか八百円以上なのかじゃかなり違うしねぇ)
別の世界で一般人を続けていた蒼の方がこちらの感覚が備わっていた。美味しいものはいつでも食べたいが、先立つものも必要なのだ。いつもいつも贅沢はできない。
だが蒼の屋台は一般人でも手が出せる価格で、
『めちゃくちゃ美味しいものが食べられる!』
と評価を受け、あっという間に人気店へとなっていく。
蒼の屋台のファンは日に日に増え、お客の懐に余裕がある時、もしくは週に一度のご褒美に! と、昼食の時間前にはいつも売り切れるようになった。
「はぁ~……なんとかなりそう……!」
蒼の安堵のため息が、屋台のそばで聞こえた。
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