第10話(閑話) 勇者の末裔の憂鬱

 翔が降り立った先は、リルケルラが狭間の世界と呼んでいた場所の延長線のような空間だった。真っ白な神殿と質素な住居と美しい草原がある、どこかの国の孤島だということだけ知らされている。

 荘厳で神聖な場所なのだろうとすぐにわかるその空間に生活感はなく、翔を迎え入れてくれたのは知りもしない自分を無条件に敬う人達だった。


「異世界での生活はさぞお辛かったことでしょう……」


 そう本気で思っている人々の視線にひどく戸惑いもした。


(どんな世界だったと思われてたんだろ……)


 落ち着かない日が続いた。


 彼はここでこの世界について学ぶのはもちろんのこと、魔王の浄化方法や魔法の訓練を受けている。翔を取り巻く人々から、丁重な扱いを受け、チヤホヤされていたがやはり翔の心は晴れなかった。


(覚悟を決めてやってきたっていうのに! あおいねーちゃんまで巻き込んで……!)


 しまいには自己嫌悪に陥る始末。

 そんな中でも自分の運命を受け入れ始めた頃、彼のお付きの若き神官シャナが蒼の情報を嬉しそうに持ってきたのだ。シャナはずっと翔が作り笑いで自分達に不安を与えないよう気を張っているのに気がついていた。

 そんな彼が唯一本当の表情を自分達に見せたのは、アオイという女性を心配していた時だとわかっていたので、彼女が無事でいることを知らせればきっと喜ぶだろうと考えたのだ。

 そしてその予想は見事に当たった。


「アオイ様は無事トリエスタの神官の元へいらしたそうです!」

「え! えぇ~やっとか~! あおいねーちゃん心配性だからな~安全な場所から動けなかったのかな~」


 やれやれ全く~とニコニコと安堵しながら話を続きを待っている。


「トリエスタは最近まで魔王軍が攻めてきておりましたからきっと潜んでおいでだったのでしょう!」


 賢い方ですね! と言った後、しまった! とシャナは顔が真っ青になる。


「は? え? どういうこと? ……魔王軍……? 攻めて……?」


 翔の顔も真っ青になっている。異世界に降り立って初っ端、蒼を危険に巻き込んだのだと。しかも自分の知らないところで。

 神官達はトリエスタの魔王軍侵攻の件を翔に伝えていなかった。彼に余計なストレスをかける必要はないと判断したのだ。突然降って湧いてきた『アオイ様』への受け取り方は神官によってまちまちだった。御使リルの加護を受けたトリエスタのとは違って。


「ト、トリエスタを襲ったのは魔王軍の一部でして……城壁内へ侵入されることなく……えっと……えーっとですね……アオイ様はもちろん無事でしてその……」


 シャナは涙目になっていた。彼はまだ15歳。だが真剣に自分の職務を全うしようと責任感を持ってこの孤島にいる。

 翔はため息をつきたいのをグッと我慢した。


「もう二度とを隠すようなことはしないでいただけますか……」

「わ、わかりました!」


 彼は自分が腫れ物のように扱われていることも知っていた。機嫌を損ねて魔王との戦いを拒否されたらどうしようと神官達が怯えているのにも気づいている。


「じゃあ話の続きを」

 

 せめて唯一この世界で心を許せる相手の動向を聞いて気持ちを落ち着けたかった。


「は、はい! あ……アオイ様はこちらの世界で商売を始めるおつもりらしいです。なんでも衣食住は問題なかったようですが、金銭の方はお持ちではなかったようで……神殿の方も援助を申し出たのですがそれをお断りになり、しばらく神殿の職員として働かれるとのことです」

「えっ」


(あー! 金銭は保障対象外だったかー!)


 翔は思わず頭を抱えてしまう。蒼には可能な限り元の世界と同じ暮らしを……とリルケルラにはお願いしていたが、金銭の重みは全く伝わっていなかった。ちゃんと細かく言葉にするべきだったのだ。


「ショウ様!?」

「すみません……それで、どんな商売をするって言ってましたか?」


 これは翔にはちょっと意外に思えることだ。

 漆間家はやることをやっていれば好きにしていいという教育方針だった。もちろん、誰かを故意に傷つけるような自由は許されなかったが。

 彼女の両親も子育てが終わった後は自由を求めて家を出ていき、蒼の弟も大学を休学し、国内外問わずあっちへ行ったりこっちへ行ったり。時々思い出したように実家へ戻り、翔にもどこのものかわからないお土産を持ってきてた。

 そんな中で蒼は冒険はせず堅実に生きているように見えた。真面目に学校に通い、真面目に卒業し、真面目に就職し、毎日真面目に働いていた。


(いやでも……あおいねーちゃんも思いっきりがいいからな~)


 スパッと仕事を辞めてきた時のように。


「ええっとですね……なんでも屋台で手作りのお食事を提供されるようです……サンドチ? とか、カラゲ? といった食べ物だとか。大変おいしいもののようですね」


 あれこれ考えていた翔の時が一瞬止まった。


「え?」


 先ほど聞いた内容を咀嚼する。


「えええええ!!?」

「!?」


 この異世界に勇者の末裔が戻って来て、これほど大きな声を聞いたことがなかったシャナは思わず全身がビクッと震えた。


「ええええええええ!!? 唐揚げ!? 唐揚げ!!? え? 唐揚げって言ったよね?」

「ははははははい……!」


 翔は自分でも驚くほど取り乱している。蒼の動向を知って落ち着くどころではない。


(衣食住の保障って……えええ! 『食』の補償ってそんな感じなの!? 唐揚げが作れる感じなの!?)


 彼は全てを受け入れていた。受け入れていたが唯一、している事柄があった。それが食事だ。


(美味しくないわけじゃないんだけど……)


 自分を世話してくれているこの世界の人たちにはもちろん深く感謝していた。毎食出てくる食事も、きっとこの世界ではいいものを用意してくれているのもわかっている。シンプルな味付けで、見た目も美しく、食材の味を生かした料理が多かった。もちろん、翔は全部を綺麗にたいらげている。


 だがやはり、食べ慣れた味が恋しくてしかたがないのだ。


(醤油に味噌……焼肉のたれ……あー……ラーメン食べたい……冷たい炭酸ジュース飲みたい……)


 というより、濃い味が恋しくてしかたがない勇者の末裔だった。


「……俺、今のが終わったら島から出れるんですよね? ……いつくらいになりそうですか?」

「ショウ様は習得が早いので、それほどかからないとは思いますが……正式なことはまだなんとも……」


 急にスンと大人しくなった翔をシャナはチラチラと様子を伺いなが答えた。


「……そうですか……」


 手を顎に当て、翔は真剣に何かを考え込んでいたが、シャナにはいったい何をそんなに思い悩んでいるのかほんのカケラも見当がつかない。


「あ! そういえば探していた伝説の魔術師の末裔も見つかりました! レイジーという名だそうですよ……! 早めに合流できるようこちらも手配を進めていますので……」


 それでどうにか翔の気を逸らしたくなり別の話題を振ってみるが、そうですか……と、心ここに在らずな答えが返ってくるだけだった。


(よし……どうにかトリエスタへ行って……あおいねーちゃんの茶色い料理を食べよう!!!)


 それからというもの、翔はこれまで以上のやる気を見せ結果を残し神官達を驚かせた。シャナだけが唯一、


『アオイ様とは一体いかなる人物なのか……? カラゲとは一体いかなる食べ物なのか……?』


 と、深い疑問を抱くことになる出来事だった。

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