025 ドレス
リリーと一緒にポルトぺスタの中心街へ戻る。
キルナ村周辺を荒らしてた賊と繋がっていたのは、盗賊ギルドで見せてもらった成金商人で間違いないだろう。あの女騎士が事実に辿り着けたところで、真相を解明できるかは不明だ。
問題は、賊と成金商人。そいつらが、リリーの誘拐を目論んでいること。
ただ、依頼料は相当ケチったらしい。盗賊ギルドの連中は誘拐失敗後、俺たちをしつこく追うことなく銀貨一枚で情報を漏らした。おまけに、銀貨三枚でリリーの情報まで止めてもらえるなんて。……まぁ、護衛なしでふらふらしてる貴族の誘拐依頼だったから、盗賊ギルドも安い前金で引き受けつつ、身柄の引き渡し時に吹っ掛けようと目論んでたんだろう。けど、どっちもリリーの実力を甘く見過ぎだ。
続けて盗賊ギルドの襲撃に合うことはないだろう。盗賊ギルドも、次に依頼を引き受けるなら報酬を吊り上げるはずだ。
俺だって容赦しない。
「エル。さっきの場所って、どうしてあんなに……」
さっきの場所か。
「あんなに、ぼろかったのかって?」
リリーが頷く。
あそこは、今居る中心街とは明らかに違う雰囲気の場所だ。
「盗賊ギルドがあった場所は貧困区。貧しい連中が住む場所だ」
貧富の差が激しい都市は地区ごとに街並みに差が出る。道の整備状況はもちろん、家屋や居住者の服装、警備の質に至るまで、すべて。そこが全く別の世界であるかのように。
「さっきの場所も、ここも、ポルトぺスタなんだよね?」
「そうだよ」
「どうして、一つの都市なのに、こんなに差があるの?」
「リリーだって、城の暮らしと街での暮らしは違っただろ?」
「え?」
『そんなに違わないんじゃない?』
違いを感じることはなかったのか。
そういえば、グラシアルの王都では見なかったな。貴族の邸宅が並ぶような富裕区も、貧困者が身を寄せるような貧困区も。リリーを連れてかなり歩き回ったと思うけど、景観が極端に変わるような場所なんてなかった。特に道の整備状況は綺麗で、裏通りに至るまですべて舗装済み。これは貧富の差が少ない証拠だろう。
「賑わってる都市には、大抵、貧富の差がある。特にポルトぺスタは、商業によって発展した都市だ。富の偏りがあるのは当たり前。金持ちによって成り立つ都市は金持ちを優遇する政策を取りがちだ」
「でも、政治の目的は富の再分配なんだよね?こんなに貧富の差があるなんて」
流石、女王の娘だな。政治や帝王学もきちんと学んでるか。
「理想通りに再分配が進むケースなんてまずない。こういうのは、そこに住む人間の文化や考え方に大きく影響される」
「ポルトぺスタの人たちは、これで良いって思ってるってこと?」
「言っただろ。ここは金持ちによって成り立つ都市だ。一番税金を払ってる金持ちの意見が通りやすい。貧しい奴は、ずっと貧しいままだ」
「そんな……」
「収入の差や教育格差を埋めないことには、生活水準をすべて同じレベルに上げることなんて出来ない。それに、差別の問題も根深いからな」
「差別?」
「身体的特徴、血統、病気……」
差別は集団による排他的思考だ。根拠なんてないんだから、上げればきりがない。
「要因は様々だ。忌避するものとして扱われたら、都市に自分の居場所はない。それでも生きていかなきゃいけないから、不衛生で見放された土地に身を寄せるしかないんだ。そうやって悪循環を繰り返して出来たのが貧困区だよ」
圧倒的な力の差が根付いてしまった場所では、自力で這い上がる術なんて一つもない。強いものだけが権利を持つ不均衡な世界。
「だから、盗賊ギルドがあるの?」
治安の悪い場所には犯罪者が流れ着きやすいものだけど。
「盗賊ギルドなんてどこにでもある」
「王都にも?」
「あぁ。商人ギルド、冒険者ギルド、盗賊ギルドは、でかい都市には必ずある」
そして、いつも似たような条件の場所にあるから探しやすい。
「魔術師ギルドは?」
「場所による」
「後は……。何だっけ」
「職人ギルドか?これも、職人が多く居る場所にしかないだろうな」
大陸各地で見かけるメジャーなギルドは、この五つだ。
ギルドとは非政府団体。どこの国にも所属しないが、国家や都市を動かせるだけの力を持っている集団だ。
「盗賊ギルドも、冒険者ギルドみたいな非政府団体として認められているの?」
「非政府団体は国家に認められた組織じゃない。国家と交渉して初めて、団体としての地位を認められるんだ」
例えば、冒険者ギルドはほとんどの国家と交渉済みで、冒険者が依頼主の悪意によって犯罪に巻き込まれた時、国家と冒険者ギルドの取り決めにより冒険者を救済する措置が講じられるのは良く知られている。
「盗賊ギルドが何故、出来たか知ってるか?」
リリーが首を振る。
「盗賊ギルドは、冒険者ギルドから枝分かれして出来たギルドなんだ」
「え?冒険者ギルドって、犯罪行為は絶対にしないんだよね?」
「昔は、冒険者ギルドも犯罪すれすれのこともやってたんだよ。でも、冒険者の地位確定の為、犯罪の取り締まりを厳しくすることを各国と約束したんだ。その結果、汚れ仕事を専門に扱うようになったのが盗賊ギルド。今では、依頼次第で法に触れることも平気でやる集団になってる」
さっきの連中もそう。依頼であれば、誘拐も平気で行う。
「盗賊ギルドは、ただの犯罪者集団だ」
「どうして、そんなものがどこの都市にもあるの?」
「表向きには犯罪行為なんてやってないことになってるからだよ」
「え?」
「盗賊ギルドは、情報収集と情報分析がメインの仕事だって言ってるからな」
「盗賊って言ってるのに?」
「隠密行動や罠解除、鍵開けみたいなスキルのことを盗賊スキルって呼んでた名残だ。……誘拐や暗殺、泥棒行為も含むけどな」
リリーが眉をひそめる。理解できなくても仕方ない。
「あ……」
衛兵がにらみを利かせてる。境目だ。
「ここから富裕区だよ」
「全然、違う」
整備された美しい景観。馬車が通れるほど広い道幅に、高い柵に囲まれた大邸宅が並んでいる。清々しいほどの格差だな。説明もしやすい。
「どうして、富裕区に来たの?」
「宝石商が店を構えるなら、この辺だろ」
富裕層をターゲットとした高級品を扱う店だ。しかも、グラシアル王室と取り引きのある由緒正しい宝石商となれば、ポルトぺスタでも格上なのは間違いない。
ただ。メラニーが何も言わないとはいえ、リリーを狙ってる連中に尾行されてる可能性はある。騎士団は役に立たないし、これ以上、警戒を続けるのも面倒だ。自分で動いた方が早いか。誘い出すのに一番、手っ取り早い方法は……。
「リリー」
「何?」
「着替えるか」
「……また?」
そういえば、初めて会った時も着替えさせたっけ。
※
「御準備が整いました」
カーテンが開いて、ドレスアップしたリリーが現れる。
「おぉ」
『わぁ。可愛い』
『素敵ですね。とても似合っていますよ』
『良いねぇ。かわいいねぇ』
「可愛いよ」
ドレスの裾を掴んだリリーが、俯く。
「からかってるわけじゃ、ないよね?」
「からかってるわけないだろ」
プリンセスラインのふんわりと広がった薄いオレンジ色のドレス。スカート部分は細かな刺繍が施された白いレースがかかっている。ウエスト部分が寂しいか。ビスチェタイプのドレスなのに首元を飾るものがないのが残念だな。宝石店で何か見つけたら買おう。ハーフアップの髪型も珍しい。でも、大き過ぎる帽子で顔が陰るのは問題だ。
「どうして、ドレスなの?」
「ウエスト部分に飾りが少ないな。腰にリボンでも巻いてくれないか?」
「かしこまりました」
「こんなの、歩きにくいよ」
「帽子は、もう少し顔が見えるものに変えてくれ」
「はい。かしこまりました」
「エル、聞いてる?」
聞いてるけど。
「特別な相手に会いに行くんだから、少しぐらい着飾っても良いだろ?」
すごく似合う。
「ドレスじゃなくても良いよね?」
「なんで?」
「これじゃ寒いし、動きにくいし」
「そうだな」
確かに、外を歩くには寒いかもしれない。
「ストールはあるか?」
「はい。お似合いのがございますよ」
それで大丈夫だろう。
「足元は?何を履いてるんだ?」
「ブーツだよ」
リリーがドレスの裾を軽く上げる。
「お似合いの靴があったのですが。お嬢様が、どうしても嫌だと申されまして」
「だめ。これじゃないと歩けない」
リリーが激しく首を振っている。
そんなに必死に否定しなくても。エスコートするから歩きやすさなんて気にしなくて良いのに。
「悪かったな。うちのお嬢様は見ての通りお転婆なんだ」
リリーが頬を膨らませる。
やると思った。あぁ、可愛い。
リリーが不機嫌そうにそっぽを向く。
「では、仕上げてまいりますね」
お針子たちが試着部屋のカーテンを閉める。
『仕上がりが楽しみですね』
「あぁ」
『どうして、そんなに女の子のドレスに詳しいの?』
「一般常識だよ」
『一般常識?都会の男性って、みんなそうなの?』
『あまり、エルを基準に考えない方が良い』
『そうだねー』
「どういう意味だよ」
『ふふふ。エルはぁ、女たらしだからぁ』
「は?」
『そういうこと。……わかるわ。すぐに可愛いって言っちゃうものね』
俺は可愛いと思った時にしか言ってない。
『でもさー。あんまり喜んでなかったよねー?』
『そうよね。あんなに綺麗なドレスなのに。どうしてかしら』
本当に。女王の娘なんだし、ドレスぐらい着慣れてるはずだよな。動きにくいのがそんなに嫌なのか?
『エルは着替えないの?』
エスコートするなら、ドレスアップしたリリーに恥をかかせない程度に合わせないといけない。マントは上質なものに変えておくか。
『わぁ。素敵な素材のマントね』
『久しぶりに見たわぁ』
それから、同じ素材の中折れ帽。
『エルって、何でも持ってるのね』
服装はレッテルだ。服を変えるだけで変装になる場合もある。
「仕上がりました」
カーテンが開いて、リリーが歩いて出てくる。
腰の横には大ぶりなリボンを、肩はストールを巻いて、頭はレースの付いた小ぶりの帽子を付けている。
「可愛い」
さっきより顔が良く見える。頬紅が濃い。化粧もしてるのか。
「変じゃない?」
「綺麗だよ」
これは、予想以上に良い仕上がりだ。
「こちらはいかがいたしましょう」
リリーの荷物か。
「持って行きます」
『そのドレスで剣を持つ気?』
何言ってるんだ。
「お届けも出来ますが……」
「荷物は俺が持つ」
「え?」
『持てるの?』
『大丈夫ですか?』
リリーの荷物を持って、剣を背負う。
……重い。
「大丈夫?」
「あぁ」
持てない重さじゃない。どうにかなるだろう。
「代金は、さっきので足りるか?」
「はい。ブレスレットをサービスさせていただきましたよ」
左腕に細身の金のブレスレットを付けてる。やっぱり、アクセサリーは、もう少し欲しいな。
リリーに手を差し伸べる。
本当に可愛い。まさに、お姫様だ。
「お姫様。お手をどうぞ」
リリーが手を重ねて、柔らかく微笑んだ。
「はい」
その顔は、落ちる。
※
店を出て、リリーと一緒に富裕区を歩く。
『尾行されてるな。さっきと同じ気配の男が近くに居る』
俺たちが店に入ってから出るまで、ずっと近くに居た奴が居るらしい。
やっぱり、尾けられてたか。
賊の仲間か首謀者の手の奴か……。
「どうするの?」
富裕区で騒ぎを起こせば、すぐに捕まるのは目に見えてる。堂々と襲ってくるようなことはないだろう。
「何かしてくるようなら返り討ちにするから問題ない」
「私、武器がないと手伝えないよ」
『まさか、その恰好で戦う気?』
「大丈夫だよ。ブーツだし、動けると……」
転びそうになったリリーを支える。
「大丈夫か?」
「大丈夫」
『何言ってるんだよ。こんな何もない道で転びかけてる癖に』
「大丈夫だよ」
『大丈夫じゃないね』
「大丈夫だもん」
強情だな。
「リリー。俺の仕事を手伝ってくれるか?」
「仕事?」
「出来るか?」
「うん。手伝うよ」
手伝うって言ったな。
「今日一日、お姫様でいろ」
「えっ?」
『良い案だね』
『そうですね。私も賛成です』
『素敵ね』
「だっ、だめだよ。私、お姫様じゃないし」
「手伝うって言っただろ」
「言ったけど、でも、お姫様なんて、私……」
「誘拐犯のアジトを突き止めたいんだ。もし、誘拐犯がリリーに近づいてきたら、大人しく誘拐されてくれ。リリーが誘拐されたら、俺は見つからないように尾行する。出来るか?」
抵抗しなければ、手荒な真似はされないだろう。
「わかった。頑張る」
「頑張らなくて良い。怖かったら叫んで。すぐに助ける」
「大丈夫」
『本当に出来るの?』
「うん」
本当に?
リリーの居場所はエイダが常に把握できるし、イリスも付いてる。誘拐されても、貴族の娘として扱われるなら大きな危険はないだろうけど……。
少し、心配だな。
「二手に分かれる時、誰かリリーについていてくれないか?」
『それは、私たちに言っているのか?』
『私はエルの方に居た方が良いですね』
「あぁ」
エイダには案内役になってもらわないと。
『私、リリーに付いて行ってあげても良いわよ』
ナターシャ。
「良いの?」
『もちろんよ。お姫様のエスコートはしっかりしなくちゃね』
「じゃあ、頼むよ」
『まかせて』
リリーの視線が動く。
あの視線の先にナターシャが居るのか。
「ありがとう」
無茶しなきゃ良いけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます