第267話 覚悟と現実 サン

 イルが死んでから、既に一年が過ぎていた。


「ヴェール、くれぐれも粗相のないようにするのだぞ」


「………わかりました」


 私はあれから、アベリアス様に教えを請い、魔法の修行と——時折、アスタロト様に剣の修行を受けていた。


 そんな時、突然魔王・サタナエル様より招集の命令が下された。


『安心しろ。―――別に悪いことで呼び出されるわけではない』


 アベリアス様はそんなことを言っていたが、正直……かなり緊張する。


「………」


 母の形見———『ヤグルージュ』と『アーヤル』の長剣と短剣を携え、私は玉座の間の前まで来て———


『よく来た』


 そんな声がしたのと同時に、重そうな扉がひとりでに開く。


「………っ」


 生唾を飲み込み———玉座に座る魔王様が見える室内へ踏み入る。


「ヴェール………アベリアスから話は聞いているぞ———ヴァルの娘だとな」


 玉座の前まで来た私を、魔王様は笑って出迎えてくれる。―――顔も知らない父の名を出して。


「はい———お初にお目にかかります。ヴァルとイルの娘………ヴェール・ヴェルダです」


 膝をつき、こうべを垂れる。


「あー………、いい。頭をあげてくれ」


 『正式な謁見じゃない』とプラプラと手を振る魔王様は、おもてを上げることを許してくださる。


「………承知致しました」


 そう言われてしまえば、ずっと頭を下げている方が失礼に当たるのではと思った私は、ゆっくりと顔を上げる。


「………ヴァルは大隊の司令官でな。よく顔を合わせていた。―――イルも、話したことはないが……ヴァルから話を聞いててな。………顔だけはよく覚えている」


 魔王様は、私の顔をジッと見つめ、父と母の話をしてくれる。


「雰囲気は母に似ていて………その穏やかそうな目は父にそっくりだ」


「………そう、なんですね」


 自分の顔のことなど、気にもしたことない私は実感も湧かないまま魔王様の言葉に頷く。


「………」


「………」


 やがて、沈黙が玉座を支配する。


 ―――正直、『緊張している』のもあるが………今の私は素直に言えば喋る気がおきていなかった。


 もっと言えば……母を亡くしたあの日から、ヨミヤに向けて必死に笑顔を向けたあの日から———誰かと積極的に話したいと思えなくなってしまったのだ。


「………」


 けれども、一言も発さない私を魔王様は諫める訳でもなく———穏やかな瞳で見つめていた。


「………その年でもう、剣を握るのか?」


 不意に、魔王様は背中と腰に吊るしてある剣について言及する。


「………これは」


 ―――説明するだけなら気が楽だと思い、この剣について口を開く。


「―――母が使っていた魔剣です。長剣の方が『ヤグルージュ』、短剣の方が『アーヤル』。……前者が樹木の生成・操作、後者が水の生成・操作が出来ます」


「ほう………」


 魔王様は魔剣に興味を抱いたのか、玉座から立ち上がり私の前まで歩み寄る。


 ―――対して、私は魔王様が手に取ってもいいように剣を背中と腰から外しておく。


 『見てもいいのか?』と確認してくる魔王様に『どうぞ』と口少なく手渡す。


「………フム」


 鞘から刃を抜いて刀身を確認する魔王様は、二振りの刃を確認してから私に返してくれる。


「………イル以前の持ち主が相当使い込んだのだろうな。―――かなり深く魔力がこびりついているな」


「………魔力がこびりついていると、どうなるのですか?」


 思わず疑問を呈した私に、『フッ………』と微笑む魔王様。


能力ギフトを宿した魔力が武器に深く根付いていると———その武器を使い込んだ使用者へと能力ギフト


「………本当ですか?」


「本当さ。―――十年、二十年と使い込めば、な?」


 その年数は、ほんの数年しか生きていないこの身には……想像が出来ない。


 魔王様は、そんな様子の私を横目で見ながら言葉を紡ぐ。


「武器も、人間も、魔力は平等に宿る。―――性質の有無と多量・少量の違いはあるがな」


「………強くなるため———参考に致します」


「―――幼いながら………勤勉だな」


「『無力に甘んじない』………母がそう、教えてくれました」


「………………そうか。―――良き母だな」


「………はい」


 魔王様はそう言って———静かに瞑目してくれた。


 ………母の冥福を祈る様に。


「………アベリアスから聞いた」


 ゆっくりと目を開きながら———魔王様は再び口を開く。


「ヴェール。―――君を助けてくれた『人間』が居たそうだな」


「………」


 魔王様の口からヨミヤの話が飛び出る。


 別段、驚くことはない。―――あの日、魔王軍の幹部の人達は全員、ヨミヤのことを見たし………私もヨミヤの今までしてくれたことを正直に話した。


 けれど、私は彼の話を聞いて———言葉をすぐに出すことが出来ない。


 私を暗闇から助け出してくれた人。共に旅をした人———共に喪失を味わった人。


「っ………」


 思い出して………涙が出そうになるのだ。


 決して、あの日のことを思い出すからではない。


 互いに、仲間を………母を失った仲だから………彼の気持ちを考えると………やるせなさが込み上げてくるのだ。


「……………ヨミヤが……どうか………されたのですか?」


 必死に涙を堪えて―――かろうじて言葉を捻り出す。


「………どうこうしようというわけではない。ヴェール———君からみたその『人間』のことを教えて欲しいだけだ」


「………」


 溢れそうになる雫を、顔を背けることで一生懸命振り払う。


「彼は………優しい人です。―――放って置いていいいのちを拾い、どうでもいいはずのシュケリ他人を助け、敵であるはずのイル魔族に肩入れし………自分が傷つき続ける」


 歯を食いしばり、押し寄せる感情に耐える。


「そして、強いから………取りこぼしてしまったものに———責任を感じてしまう」


 けれど、


「………だから私はっ」


 結局、胸の中に渦巻く感情ものには逆らうことが出来ずに雫はあふれ出してしまう。


「―――だから私はっ、そんな彼がっ、いつも傷だらけの彼が………少しでも傷つかないように———強くなろうと………思ったんです………」


 旅の中で、楽しいことも嬉しいことも、たくさんあった。


 けれど、けれど………私の記憶の中にある彼は———



 いつも傷だらけだった。



「っ………」


 いつも私を守ってくれたあの人は、いつもボロボロで———必死に戦っていた。


 母を亡くして気が付いた。


 もう、『無力』に甘んじていてはいけないと。―――これ以上、あの人に傷ついて欲しくないと思うから。


「………清々しい程に———強いな」


「………え?」


 魔王様が私を見て、何かを言った気がするが………あまりの小声に何も聞こえなかった。


「なんでもない」


 しかし、魔王様はすぐにニッと豪快の笑いを見せて誤魔化してしまう。


「そこまで大切にされているなら———そのヨミヤとやらに、ヴェールの魔力が宿ってしまいそうだな」


「………茶化さないでください」


「………冗談ではないのだがな」



 ※ ※ ※



「やっほー王様。ヴェールちゃん迎えに来たよー」


 ヴェールが玉座の間に到着してから一時間ほど経ったころ。


 近くの配下に呼んでこさせたアスタロトが顔を覗かせる。


「すまないなアスタロト。―――ヴェールをアベリアスの所まで送って行ってくれないか?」


「あーい了解。―――じゃあ行こうかヴェールちゃん」


「はい———アスタロト様、この後時間があればまた剣の稽古をお願いしてもいいですか?」


「いいよぉ、ヴェールちゃんイルさんに似て剣上手だから教え甲斐あるし、全然やる」


 扉の向こうに消えていく剣を携えた少女を見ながら、魔王は玉座に肘をつく。


「………」


 ヴェールには、ヨミヤがこの城に居ることを伝えていない(そもそも今は『パロダクション』襲撃作戦に参加させているため不在だが)。


 これはヨミヤの願いだ。―――だから、魔王は遠回しにヴェールへヨミヤのことを探った。


「ふっ………これでが外れたら………とんだ大戦犯だな」


 独り言を呟き———男は天井を仰いだ。


「さて、少年。―――現実を前にして………どう思う?」


 おそらくもう少しで帰還するであろうヨミヤへ、サタナエルは想いを馳せた。

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