第238話 その『炎』の名は イチ

「終わってみれば、アッサリだったな」


 イルの亡骸の前、一つの命を奪った男はつまらなさそうに雨が止んだ曇天を見上げた。


「………」


「あーあ………なんか標的殺したらスッキリしちまったなァ………」


 先ほどまで耳をつんざくほどの慟哭を見せていた少年は、今は驚くほどに静かだった。


 そんな少年を、これまた退屈そうに見下ろすエクセルは………


から、お前は見逃してやるよ。―――さっさと消えろクソガキ」


 おもちゃで遊び疲れた子供のような態度で、少年を厄介払いする。


「………………………………………………飽きた?」


 死者に———ましてや自身が手に掛けた者に唾を吐きかけ、泥をかぶせるような態度と言葉。


 同じ人間だとは思えぬ所業に、沈黙していた少年はわずかに反応をみせた。




———飽きた。


 沈んでいた感情が、腹の底でわずかに燻り始める。


———イルさんを殺して置いて………『飽きた』?


 その種火は、次第に勢いを増していく。


———お前の頭のおかしい道楽に巻き込まれて………彼女は娘との未来を手放したんだぞ………


 最初は腹の奥底だけを焼いていた『炎』は、今や少年の四肢を焼き―――心を燃やし続ける黒い『炎』へと姿を変えていた。


———お前のせいでイルさんは………ヴェールはっ………………!!!


 少年は、その『炎』の名前を知っていた。



『オオオオオオオオオオオオオオォォォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 最初は、異様に右腕の爪だった。


「ッ!!?」


 エクセルは迫った爪を咄嗟に剣でガード。―――しかし、エクセルですら受け切れない程の圧倒的は『力』により、男は何度もバウンドし、民家の壁を何棟も破壊して転がった。


「て………んめ………このクソガ———」


 瓦礫を払いのけながら立ちあがるエクセルは、そこで思考が停止した。


「なん………だ………ソレ………?」


 理由は簡単。


『コロス………コロシテヤル………」


 

 エクセルを攻撃したであろう少年の身体がし始めていたから。



 その姿は異様だった。


 左腕と黒腕より、茨のような刺青が宙に浮きだし―――少年の身体を覆っていく。


 さらに、茨を伸ばし続ける黒湾は、その内包するエネルギーが暴れているかのように肥大化し、今や、人間一人くらいなら包めるほどに巨大化している。


『コロ………ス………!!」


 そうして、茨が少年の身体を漆黒に染め上げて―――最後に浮き上がった四本の茨が彼の額に突き刺さり………


「お前………にん………げん………かよ………」


 四本の茨が突き刺さったと同時に、額から四本のが生えて、後頭部へ伸びて行った。


『ウォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォオォォッ!!!!!!!』


 覚醒の果て———力の制御を手放した漆黒の獣が『暴走』する。



 ※ ※ ※



『………』


 暗闇の中、一人の女の子が座っているのが見える。


『………』


 俺は、その悪魔族デーモンの女の子を見下ろし―――告げる。


『イルさんが死んだのは………君にも原因があるから』


『………ごめんなさい』


 忘れもしない。


 その少女は、とある森でオレの能力ギフトを封印して———エクセルに殺された女の子だ。


『ごめんなさいって………許せるわけないだろ………!』


 理性がささやいていた。―――この子に原因を求めても『仕方ない』と。


 だが同時に衝動は泣いていた。―――この怒りを『吠えろ』と。


『………でも、私には………謝ることしか………できない』


『いいや


『っ………!?』


 オレはヴェールと同じぐらいの年の女の子の腕を掴み、思い切り引っ張ることで無理やり立ち上がらせる。


『殺したくないのかッ!!!』


『ぇ………?』


 掴んだ腕越しに、怒鳴るように、叫ぶように———吠えるように言葉を張り上げる。


『君をいいように弄んで殺し、こんなところに閉じ込める『あの男』を——————』


『ッ………!!』


『殺してやりたいだろうッ!!!』


 少女の顔色なんか知らない。


 オレはただ大人げなく、ただ感情の赴くままに叫ぶ。


『全身の皮を剥いで、指先から刻み、自分の肉を家畜に喰われる様を凝視させて、上から………『あの男』の顔面を踏みつけて嘲笑してやりたいだろうッ!!』


『ッッッ………!』


『どうなんだ』


 最後は少女の耳に届くように、まっすぐに彼女の目を見つめ———


『………ろしたい———!!』


『………』


 意志薄弱だった少女の瞳に、確かに熱が籠る。


『殺したい!!』


『………』


『家族を殺して………好きだった子を苦しめて………絶対に許したくない! 一秒でも早く惨たらしく………死んでほしいッ!!!』


 目を血走らせ、己が望みを憚らず宣う少女の瞳を、オレは真っすぐ受け止める。


『なら、できることが一つだけ………あるだろう?』


『ある………』


 少女も、腕を掴んでいるオレの目を、もう怯えた目で見ることはない。


『私が………。―――そうすればあなたは………』


『あぁ………そうすればオレは


 頷く少女は、やがて大粒の涙を流す。


『約束して………絶対に………絶対にあの男を———』


『殺してやる。―――全身全霊をもって、この身に変えても………必ず』


『………』


 そうして、少女は音もなくゆっくりと消えていく。


 その瞳に、オレとの約束を交わして。

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