第217話 帰郷 イチ

 バーラド城。


 そこは国境付近の街を収める魔族の貴族が住んでいた廃城。


 バーラド城の城主であり、街の領主であった魔族の貴族は、国境付近の街の領主でありながら、度重なる帝国からの侵攻を全て防ぎ切ったことでも有名な魔族だった。


 しかし、三十年ほど前に謎の天災により街は壊滅。


 城主はもちろん、住人のほとんどが犠牲になる大惨事が巻き起こる。


 ―――以降、バーラド城は魔族の寄り付かぬ廃城へ変貌してしまったのだ。


「エクセル様、勇者が魔族領へ入り―――まっすぐ我々の居る方角へ進んでいると報告がありました。」


 そんな廃城の廃れた城主の間で、エクセルは偉そうに寂れた椅子に座り、部下の報告を聞いていた。


「数は?」


「三名ほど。―――一人は勇者の仲間で、もう一人は勇者の関係者ではないエルフの女です」


「エルフ………そりゃ珍しい」


 嗜虐心をくすぐられるエクセルは、八重歯を隠しながら言葉を続ける。


「………どこから漏れたか知らねぇが、厄介なこった」


 椅子のひじ掛けに肘をつき、詰まらなさそうにほんの少しボンヤリすると、エクセルは何かを思いついたように口を開く。


「―――まぁ、なんとかなるか」


 時刻は夜。


 月夜に照らされ、男の牙のような歯が怪しく月光を反射する。


 現在、城主の間には何人もの商会の構成員や、エクセルの賛同してついてきた騎士も居る。


 そんな男達の前でエクセルは静かに言葉を吐き捨てる。


「魔王軍の幹部にも追われている。―――勇者が追いかけて来てるってことは、帝国にも俺の裏切りがバレている」


 本来なら四面楚歌。


 どこを向こうが逃げ場のない現状で、男は不敵に笑い続ける。


「帝国での地位がなくなるのは惜しいが―――ビビんじゃねぇぞ?」


 まるで、暗闇に身を落とし、静かにゆっくりと獲物が来るのを待ち続ける獣のように、男はギラギラと八重歯を輝かせる。


「蹂躙は止めない。―――奪い続けることこそが俺の人生の命題だ。テメェらも、ここまで来たんなら、命が尽きるその時まで………奪い続けろ」



 ※ ※ ※



 そこは一面緑が茂る、草原の大地だった。遠くには森の山が見え、その麓には透き通るような湖がある。


 その湖から、大きな川が流れ―――その流れの傍に一つの村がある。


「ここが………………イルさんとヴェールの………


 カナンの村。


 大自然と共に生きる村。そして―――イルとヴェールの生まれ故郷へ、一同は到着した。


「………長いような、短いような、不思議な旅だったな」


「うん………」


 イルが想いを吐露し、ヴェールもゆっくりとそれに頷いた。


「………」


 しかし、モーカン一人だけは顔をあげれず、目を伏せていた。



「イル………? それに………ヴェール、なのか………?」



 そこへ、額から生える角が下向きに巻いている悪魔族デーモンの老人がやってくる。


「ダールさん………」


 信じられない者を見た顔の老人。


 そんな老人のことを『ダール』と呼ぶイルもまた、驚きの表情を隠せないでいる。


「ダルじぃ!!」


 そして老人のことを無邪気に呼ぶヴェール。そして―――


「イル! ヴェール!!」


 ダールと呼ばれた老人はヨミヤの横を走り抜け―――イルとヴェールと抱擁を交わした。

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