第32話 おっさん、変な王子を黙らせる

 温泉休日から一週間後。

 ガチ赤ちゃんプレイ? もおさまり、無事いつものおっさんに戻った俺は日課の朝練にいそしんでいた。


 するとにわかに城門の方が騒がしくなり、騎士や貴族たちが慌てふためいている。


「到着は遅れているのではなかったのか?」

「なんでも、速度をあげてきたらしい」


「ん? なにかあったのかな?」


「隣国の第二王子が来たのですわ」


 隣にいたルーナが口を開いた。低い声でそう話した彼女の表情には、いつもの笑みはなかった。


「おお、城下の周辺に陣が多数みえるぞ」

「これほどの援軍を送ってくれるとは」

「これで当面は安心だな」


 そんな声がまわりから聞こえてくる。


 ルーナによると、この国(ヒルステア王国)の隣国であるタロス王国からの第二王子率いる援軍が来たらしい。

【結界】内に出現した第一軍団はなんとか退けたけど、沿岸地域は各所で魔王軍が上陸してこようと戦闘が発生しているらしい。現状王国は沿岸地区でなんとか魔王軍を食い止めているという状況であった。

 隣国であるタロスは魔王領とは隣接していないが、ヒルステア王国が魔王軍に占領されたら次の最前線になってしまう。

 なので、戦闘が激しくなっている沿岸防衛地域の兵力増強を望むヒルステアの依頼に応えて、援軍を寄こしてくれたということだ。


 援軍か……


 シオリちゃんたち勇者もある程度の訓練を重ねているので、そろそろ前線へ行くという話も出るのかもしれない。


 そこへ城門が開き、白馬に乗ってピカピカの甲冑に身を包んだ男が入って来た。


「どこだ! どこにいる!」

「で、殿下。このような無作法……ここは他国ですぞ、落ち着いてください」

「うるさいぞ! おまえはさっさと文官どもの相手(手続き)をしてこい!」


 白馬に乗っているのが第二王子っぽい。

 そして後ろから来た王子をなだめている騎士が副官か。


 クセの強い王子のようだ。あんま関わりたくないなぁ……


 そんなことを思っていると、白馬の王子の目線が俺を捉える。


 うわぁ……目ぇめっちゃギンギンじゃないの!


 なにを充血するほど見ることがあるんだ? オッサンだぞ、俺!


 白馬を降りて、凄い勢いで俺の方へズンズンと突き進んでくる王子。このままだと正面衝突するかと思われた時、王子はそのまま俺を素通りしてある人物の真正面でピタリと止まった。



「――――――ようやく会えた! 俺のルーナ姫ぇええ!!」



 はい?



 あ、おっさん見てたんじゃなかったのね。そりゃそうか。


 それはいいとして―――


「俺のルーナ姫?」


「ショウタさま、この方はタロス王国のダスタ王子殿下ですわ」


「あ……どうも。ショウタと申します」


「そんなおっさんはどうでもいい! ルーナ姫! 俺様との婚約はオッケーてことだな!!」


 やだ、久々のおっさん差別きた。

 そして人の話を聞かない奴っぽいよ、この王子。


「ダスタ殿下、そのお話は丁重にお断りしたはずですわ。このような場所で大きな声を出されては困りますわ」


「なに! では2人きりであればオッケーということだな!」


 いや、違うだろ……断ったと言ってるじゃないか。なに言ってんのこの人。


「さあ~~姫の部屋に行こうではないか」

「ちょっ……なにをなさるのですか! 殿下、落ち着いてくださいませ」


 ルーナの手を引いて無理やり歩き出すダスタ王子。


 いつものルーナならビジッと啖呵を切りそうなものだが、やはり他国の王族だし、なにより援軍の総大将なのだ。ここで心証を悪くするのはNGというのはわかる。


 わかるけど、いつになくルーナの表情が辛そうだ。

 この王子がルーナにお熱ということはわかったけど―――


 好きな女の子に、こんな顔をさせるなよ……


 俺は王子の行く手を遮るようにスッと出た。


「む、なんだおっさん。邪魔だ」


「ダスタ王子殿下、失礼ながらルーナ王女殿下が痛がっております」


「はあ? おっさんがなにをほざく? この場で斬り捨てるぞ」


 凄まじい形相をした王子が剣の柄に手をかける。

 おいおい、こんなところで剣を抜く気か?


「殿下! なにをやっているのですか! その方は―――」


 ルーナの会話を遮るように待ったの手を向けたダスタ王子。


「なるほど、ルーナ姫。そなた俺様を試しているというわけか」


 はい?


「つまりこういことだ。すでに絶世のカッコよさとスタイルに最高の頭脳をもつ俺様。あとはおまえを守れるのかと? いま目の前にいる変態おっさんから守り切れるのかと? それを問うているのだな?」


 えぇ……なに言ってるのこの子。あと誰が変態や。


「―――よし、おっさん! 貴様のあらん限りの全力を俺様にぶつけてみろ!!」


「え、良いのですか……?」


「当然だ! 俺様の優れた肉体はおっさんごときの攻撃ではビクともせん!」


 こいつの肉体はともかくとして、ピッカピカのいかつい鎧は硬そうだな。なら大丈夫か。

 俺は訓練で出していたピッチングマシーンにたわしをセットした。


「えっと……ダスタ殿下。もうちょっと後ろに下がった方がいいかと」

「なにをいう! おっさんごときがなにをしようがかわらんわ! 早くしろ、この後ルーナ姫と個室で濃厚な時を過ごすのだからな!」


 そっすか。じゃ遠慮なく。


「よし、じゃあ最大速度でいきま~す」

『了解ですマスター。最大速度―――発射シマス』



 ―――――――――ブバシュッッッ!!!



「ごふっうううう!!!」


 速ぇええ……今までで一番速いのいったぁ。


 ダスタ王子はひと鳴きしたあと、その場に両膝をついてうずくまってしまった。


『マイプリセンスにあんな顔をさせるなんて、言語道断デス』


 そっか、おまえも同じ気持ちだったか。



「で、殿下……またこのようなことを……あれほど自重せよと第一王子殿下より言われてたのに」


 現場に戻って来た副官さんが、ダスタ王子を見てため息をつく。


「ルーナ王女殿下、大変失礼致しました。王子も兄君さまの急病により急遽総大将となった身でして、すこし昂っていらしたご様子。何卒、ご容赦の程を」


「いいえ、構いませんわ。双方この件は見なかったことにいたしましょう」


 ラーナの発言により、この場はおさまった。

 理由はどうであれ、王子ボコってしまったからどうなるかと思ったが、身から出た錆ということで終わらしてくれそうだ。


「おごぉおお……お、おなかがぁああ……」

「自分で言いだしたのでしょう? さあ、謁見の間に行きますよ。それまでにはシャンとしてください」


 ダスタ王子は副官さんの肩を借りながら、去って行った。

 こんな王子のお守とか大変そうだな。


 なんにせよ、はぁ~~終わった。なんかスッキリした。


 そこへ、俺の方にスッと近づく美少女。ルーナだ。

 彼女は俺の手を取り、上目遣いで俺をジッと見つめる。


「ショウタさま、助かりましたわ」


 やだ、滅茶苦茶かわいいじゃないのこの子。こんな表情もできるんだ。


「お、おう。その、なんだ。ルーナが嫌がっていたから。体が勝手に動いてしまったよ」

「ふふ、格好良かったですわ」


 うお……美少女に面と向かって言われると、照れるじゃないか。


「俺は……できればルーナの望む婚姻をした方がいいなと思ったからな」


 なんか照れ隠しに言わなくてもいい事を言ってしまった。


「ふふ、そうですわね。わたくしにもそのような未来があれば夢のようですわ……」


 え? あるだろ普通に。

 いや……そうか、ルーナは王族だ。今回の件は断れたようだけど、そもそも政略結婚は普通にあり得るのだろう。おっさんの庶民感覚とは違うものだろうし。まあ、俺はそもそも恋愛経験がゼロなんですけどね。


 優しく微笑むルーナ。ただ、俺の手を握ったルーナの手が少しばかり震えていた。

 そりゃそうか。いきなりあんな王子にグイグイ迫られたら、普通に怖いだろう。


 彼女がそれに気づいたのか、スッと手を離して話題を切り替えてくる。


「さて~~ショウタさま、次のイベントですわ♪」


 急にいつものノリに戻るお姫さま。


 こっちの方が安心感はあるけど。


「聖女様に会って頂きますわ~~彼女、助けが必要ですの♪」


「え……俺が? 【結界】関係ならシオリちゃんじゃないの……?」


「違いますわ~~予言書(ラノベ)の主人公は聖女を助けますの~~♪」


 どういうこと?


 とりあえず、安心感はまったく無くなったよ。




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