第43話 辞退した三人目の婚約候補者の正体
霧崎のコンサートが終わって早々に、楓は蒼汰の部屋へとノックもそこそこに駆けこんだ。
「本当なの? 蒼汰が三人目の候補者だった、って!」
ドアを開けたと同時に発せられたその言葉に、蒼汰は驚いて目を見開く。
やがて、開き直ったように、頷いた。
「そうだよ……由良と霧崎さんに加えて、第1候補者だったのは僕……」
「! どうして――……なんでいってくれなかったの?」
「あの日に婚約を辞退しました、って? そんなの今更、君にいえるわけないだろ。それに他の候補は霧崎さんと由良だろ。例え一番目の候補だったとしても僕が辞退したところで何ら君に影響はないだろうと思って――……」
「影響ない!?」
「そう、思っていたけど――…………」
楓の剣幕に蒼汰はため息をつきながら、楓を見た。
「ごめん……」
「ごめん、って何? 何に対して? 黙っていたこと? 辞退したことを? どうして、どうして――……」
どうして全てを知っていたのに、何も話してくれなかったのか。できれば、最初に言ってほしかった。ボロボロと涙が溢れてくる。それが何を原因としなのか、全てなのかはすでに楓にはわかりかねた。
「……な、なんで泣くんだよ……?」
「わかんない、どうしても、泣いちゃうよ……せめて、辞退の理由くらいは知りたい」
「それは――」
「いってよ……教えて……」
蒼汰はしばらく考え込んだ後、ため息をついて語り出した。
「……あの日、僕は父に呼び出されたんだ。『大事な話があるから正装して来い』ってね。ホテルの一室で待っていた親に会ったら、なんのことはない。雪代グループのある会社を継いで、西園寺家の令嬢――君と結婚するように強要された。いわゆる政略結婚の話をされて」
「――……」
楓は思い出した。蒼汰は確かに最初の段階で”政略結婚は当たり前”だと当然のようにいっていたことを。それは、自分も含めての発言だったのだろう。
「会社のために、なんとしてでも西園寺家の娘の気持ちを手に入れろ、お前ができるのはその程度だろう、ってさ。すごく腹がたっちゃって、その直後に大喧嘩だよ」
蒼汰はやれやれ、といった表情を浮かべながら、泣いている楓にハンドタオルを手渡す。
「向こう……君の父親からもぜひ僕がと……最有力候補に推されてたんだって。けど、親の会社を継ぐ気もその時はなくて、きっぱりと断った。プレッシャーだったんだ。こんな僕みたいな若造が入って、会社に馴染めるんだろうか、認めてもらえるんだろうか。そんな気持ちがあって、怖かった。音楽をしていれば、このままバックアップとして働ければ、会社なんて継がなくても将来は大丈夫だって両親に認めさせたくて」
「――……」
「だから、ハッキリいうとあの日僕も逃げたんだ。親に反発して、会社なんか継がない、っていって――君の事はお見合い相手だと聞いて、名前だけ教えてもらっていたけど……。まさか、お見合い相手の君まで逃げ出すとは思わなかったけどね」
そうして、薄く蒼汰は笑った。
「僕側の事情はわかってくれたかな。正直いうと、僕は君に何にもいう権利はない。君が逃げようが、どこへ行こうと、誰を選ぼうとも――……なにせ、僕は一度断った身だし」
楓は蒼汰に最初に会ったことが蘇る。
そうだ、確かに西園寺家楓という名前を聞いて、ひどく動揺していた様子を思い返す。
「だからこそ、君とは仲間というか、友達として一定の距離感を保ちたかったんだけど――……。最近、親父にコンタクトをとって今さらながら会社を継ぎたい、っていったらこれがまた親に相当に怒られて。まあ、調子がいいことをいうなと思われたんだろうね、そりゃあ当然だと思うけれども。『そんな中途半端なバカ息子にいまさら大事な会社をやれるか! どうしても欲しいなら、お前が半端でなく一流であることを証明しろ!』って。つまり、うちの両親から出された条件があのアルハザートに勝つことだよ」
「じゃあ、勝ったら蒼汰は辞めるの?」
「――ああ。会社を継ぐには今の仕事を犠牲にしなきゃいけないと思わない?」
「そうだけど。でも会社を継ぎたくなった理由は……」
「待った。今、僕が君にいえるのはここまで。もう少し、もし機会があって話せるようになったらいうよ。間に合わなかったら、僕は僕の力量不足を責めるまでのことだ」
「……」
「でも本当にきちんと……話そうと思ってたんだ。言い出しづらくなっちゃったけど……とにかく、今更でごめん。聞きたいことや言いたいことがあればどうぞ」
「じゃあ……結婚したら私にはずっと家にいて欲しい、って……蒼汰が行ったの?」
「僕は言ってない。言ったのだとしたら、親が勝手にそう書いたか、残りの2人がそう言ったんだろ」
「……そう。あ、それでちょっと大事な話が。蒼汰、霧崎さんにも私の事、バレちゃった……」
「またか。まあ、正直バレるだろうなとは思ってたよ、君は本当に警戒心がないから。それで、どうするつもり?」
「でも、私まだここにいたいです……もう少しだけいていいかな?」
蒼汰はしばし考えていた。悠にもバレているし、霧崎までもが知っている。もう潮時ではないだろうか。
「……だいぶ僕はこれまでに何度も君を見逃したよね?これ以上は看過できない、っていったら?」
「お願い……」
「はあ――……そう、そうだよね。まあ、君がもう少しここに残ることで僕が助かるのは間違いない。互いの利害が一致する以上は仕方ないだろうな」
「え? 蒼汰にメリットが?」
「あるよ。というより、今、あっちに戻られると一番困るのは君じゃなくて僕の方だ。だから、ここにいてくれて構わない」
「よかった……」
そして蒼汰は楓を部屋から出した。
「霧崎さんも楓がここにいることを黙認か……。まあ、そうだろうな。僕がいない今は楓があっちに戻ったら由良が優先になっちゃうかもしれないし……あいつに渡すくらいなら、いっそ
誰もいない部屋で蒼汰は独り言をつぶやいた。
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