第34話 熱の誘い
「それで、お酒飲んで意識がなくなったと……」
信じられない、なにしてんのこのバカは、と続けそうな表情で蒼汰は楓のベッドの縁に座る。
それもそのはず、楓は今や熱を出し――そしてそのまま、寝込んでいた。
「えっと、蒼汰が起こしてくれて着替えた記憶はおぼろげに残ってる」
「それ以外は」
「途中までは覚えているけど、悠さんが運んでくれたことは知らなかったです……」
「あとで礼をいっといてね、それで僕との会話は全然覚えてない?」
「覚えてないです」
ベッドの縁に蒼汰は座り、楓の方を向いてため息をもらした。
「……それならいいや。ってか、たたき起こしてまで着替えさせた意味なかったか。結局風邪ひいてるもんね。そうそう、淳史とお酒飲むとかバカげたことは二度としないでくれる? そのうえさらに風邪をひくだなんてもう最悪じゃないか、君」
「返す言葉もございません……」
畳みかけるように文句をいわえる。
ただ、蒼汰はそれ以上の文句は何もいわなかった。
非接触型の体温計をおでこに当て、ピッと音が鳴る。
「うーん……38.2度か。ちょっと高いな。解熱剤飲むほどじゃないな。頭痛薬なんて別に要らないよね? 医者でもよぶべきなのかなぁ……。とりあえず、水いる?」
「……欲しい……」
「ん、ほら」
そういって、ペットボトルの栓をあけ、楓に渡す。
当の楓は起き上がるのも億劫で、ぼんやりと手をあげたまま天井を眺めていた。
「……はあ……」
蒼汰は楓を抱え、ため息をつきペットボトルの口をつけさせる。
ゴクリ、と一口飲み、喉を通る冷たい水がとても心地良い。
「もう要らない?」
「あと一口だけ」
さらにコクコク、と喉を通る音が小さく響き、ふと蒼汰の動きが止まった。
「…………」
密着しているため、伝わってくる楓の微熱が気になるようだ。
こわごわとしながら、蒼汰は楓の胸元へとゆっくりと目を運んだ。
「……まさか、サラシなしでパジャマだけ……?」
「……寝てるだけだし……そうだけど……?」
「――え! ダメだろ!? 何考えてるのさ! ありえない、僕から離れてよ!?」
ぼんやりとしてきて、それ以降の言葉が喉からでない。
蒼汰は悲鳴を上げそうなほどの慌てぶりであたふたとしながら、楓を急いでベッドへと寝かせた。
「……滅茶苦茶疲れた。なんで僕がここまで甲斐甲斐しく世話しなきゃいけないんだよ……」
「ありがとう。もう後は寝てるだけだから。ほんと自分でやるから……、大丈夫だよ」
「それなら結構っていいたいけど、無理だろ。たまに見にくるから。常にここにいるわけにはいかないけどさ……、なんだか心労が重なって僕も倒れそうだ」
「その時は……私が看病しようか?」
「絶対イヤだね。そんなことしようものなら、僕の部屋からたたき出してやる」
そうして蒼汰は、水を机に置いた。
「……もう行くよ。君の安全のためにいうけど、治るまでは誰も入れないように。それでも無理やり入ってきたヤツは全員引っ搔いて追い出してやれ」
蒼汰は腕を組み、不服そうにつぶやく。
楓は、その言葉に思わず苦笑いしてしまい、身体を起こさぬまま、蒼汰へ手を伸ばした。
「蒼汰」
「なに?」
そして指先をゆっくりと
ゆっくりと
蒼汰の首へと狙いを定める。
「――そうするね」
そういって、
馬鹿なの――、といつものように返ってくるだろうと思っていたのだが――
その手首を掴まれ、言葉を失う。
「引っ掻いてみなよ」
ぶつぶつと文句をいっていた先ほどとは打って変わって、とても冷静で静かな声色だ。
組み敷かれ、互いの顔が近づく。
紺碧の瞳が夜の闇に浮かび上がり、幻想的なほどの煌めきと妖しさを持っていた。
すっかりと仲良くなっていたので、今まで気にしていなかったのだが――相応の美男子だ。見捉われ思わず息を呑み、星光が宿る瞳を見返した。
「ほら、早く」
声を出せないのは、動けないのは、そこに強い怒気が孕んでいたからだ。
そして酷く息苦しくなるほどに睨まれる。
首元に添えられた唇は、今すぐにでも噛みつかれそうな勢いだ。
得も知れぬ感覚に楓は考えを張り巡らせる。なんで、どうして、と。どうしてこんなに怒っているのか。何かしらの声を出そうと、口を開く。だが、やはり頭は回らず声は出なかった。心臓が掴まされたように揺さぶられる。
「君が言いだしたことなのに」
噛まれると思ったのに、予想に反しその首元の唇が離れ、どっと息ができるようになった。
「――……」
見つめ合ったままの沈黙がしばらく続き、蒼汰はやがて視線を外すと、立ち上がった。
「蒼汰」
「――今は、話しかけないでほしい」
蒼汰はそのまま、楓を見ようとしない。
言動か、行動か、両方か。
どうも彼の怒りに、相当に、触れてしまったようだ。
そのまま、颯汰は強く扉を閉めて部屋を後にした。
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