第23話 悠と黒服の男性たち

 そして走りながら、楓は蒼汰の話を思い出す。

 

――電話は、すぐに逆探知されるだろうね。


 君は西園寺アリーナにいる、と速攻でバレるはずだ。

 だから声を拾っていることや、画面の映像でその会場内にいることは、当然すぐ把握すると考えた方がいい。ただ――スマホの位置情報の特性で、”では具体的に、会場内のどの場所にいるのか”まではピンポイントでわからない。


 そこに勝機がある。だけど、油断して通話後に電源を落とすのを忘れるなよ?


 そこで楓は我に返り、スマホの電源をオフにする。


――そして、大事なのは"アリーナ席のB5"。

 

 そこから出た場所は、僕が調べたところ唯一、防犯カメラが壊れている。

 修理は来週。


 だから、防犯カメラを調べられても……その辺りのスタッフ用の空室で着替えておけば――、君の、『西園寺楓』がどこにいったのか……その後の行方はもうわからないはずだ。あとは、運と時間、ステージにさえ立てば残りは君の演技力の勝負になる。以上、僕からは最後に――幸運を、祈る。

 

 

 その言葉を発した蒼汰は、とても物憂げで、けれども優しさが感じられた。でも、その理由がわからない。


 楓は意識を戻し、扉を出て、通路にでる。

父親の息がかかった警備員たちに見つかり、そして捕まったらすぐさま負けだ。


 もたついて時間を失えば命取りになる。今すぐにでも空き室に入り、”西園寺楓”の衣装ワンピースを脱ぎ捨て、ステージ衣装へと着替えなければ。


 男装姿でメンバーに合流すれば、ほとんど勝ちが見えてくる――……そう思って。

 

 まばらな観客たちから、楓はうように通路を入る。

 飛び出した先のスタッフ通路で、「え」と驚かれる声が耳に届いた。


「君は、西園寺家の――」

 

 その声が響き、楓の動きが止まった。

 もう捕まえにきたのか――いくらなんでも早すぎると焦りつつ、思わず声の方を振り返る。

 

「あっ」

 そこには警備員ではなく、ステージ衣装を着た悠が立っていた。

 

「西園寺楓……だよな? 行方不明のはずじゃあ……。なぜ、ここに?」


「ちょっと、ここに用がありまして。急ぐので、これで、失礼します」


「ま、待ってくれ!」


「――なんです?」


「その、特に用があるわけじゃ……ない、けど」


   それならば、なおさら呼び止めに応じている時間はない。

 直後、二人の耳に足音が届いた。しかも複数だ。すでに警備員が買収されたのだろうか。これだけの人数がどうやって、と思いながらも想定以上の動きの早さで焦りが募る。

 

「今は、追われてるんです。とにかく逃げないと」

「……!」


 そういい終わる前に、黒い服のメンバーが通路の先、遠くの方に見えた。

 気づかれるのも時間の問題だ。

 

 ごめんなさい、といいかけ楓は走り出そうとすると腕を取られ真後ろの黒いカーテンに包まれた。

近づく足音に、楓は慌てたが黒いカーテンの向こうで悠が立っている気配がする。


(もしかして――隠して、くれてる?)

 

 そのまま走る音が通り過ぎ、なんとかやり過ごせたと感じ、ほっと胸を撫でおろす。やがてカーテンが小さく開けられ、足音が止んだ頃、悠が隙間から顔を覗かせた。

「しばらく、来ないと思う」

「助けていただいて、ありがとうございます」

「いや、その……いいんだ。」

「でも、また来る前にもう行かないと」

「ああ、そのようだな……」

 

 悠は少しだけ寂しそうな表情をすると、頷いた。

 

「……こっちのカーテンの裏に、細い通路がある。その通路はスタッフ用で、そのすぐ先は小さい部屋がある。誰でも隠れられるし、詳しい人しかわからないと思う」

 

 そういってカーテンの周りを確認する。確かに、人の気配はもうないようだ。


 「行け」


 楓はそうして通路へと押し出された。

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