034:「Alchemy Society」

 クレイグは顔を上げて、改めて太月と朱日を見た。その瞳はしっかりと中学生2人を見据え、そこから捉えて離そうとはしなかった。

 一方で、太月は彼の口から飛び出た単語を返した。


「その『Alchemy Society』って何なんだ。こちとら最低でも3年や4年はアカデミーに通ってたけど、聞いたこともないぞ」


 ――Alchemy Society。

 日本語に直訳すれば「錬金術協会」である。確かに先に錬金術だのなんだのの集まりがあると、大賀から共有されてはいたが、こうして明確に組織名がこちらの耳の中に入ってきたのは初めてである。太月と朱日は聞き逃せないその名前に対して、思わず着目してしまった。

 クレイグはその質問に対して、言葉をしっかりと続けた。


「Alchemy Society。我々が所属する高等部の生徒協会の一つです。最初は、魔法と錬金術の共存について模索している組織だったのですが」


 と、


「如何せん、最近は何かと魔法を政府直轄の管理下に置かれる流れが本邦で出来上がりつつありまして。それに対抗すべく、ありとあらゆる手段を使って阻止する組織となっております」

「って事は、今は反政府組織同等って事か」

「左様で」


 太月の外言葉に対して頷きながらそう言って、クレイグは頷いた。


「――なので、貴方達はこちらの組織にとっては非常に都合が悪く、はっきりとした目前の『敵』なのですよ。我々は魔法という概念を外に広めない事で、その秘匿性を保ってきた。言わば、影の存在」


 と、


「しかし、政府は直々に日本から魔法使いの子供を調達し、受け入れた。その目的は日英における魔法同盟を組む為でもあり、魔法の存在を知らしめる事で、核なんかよりも危険なものが各国にも点在していることを全世界に教えるわけです。協力すれば世界を破壊出来てしまうものを、政府は抑える。言わば、それは魔法使いの自由の侵害」


 そう言って、地面に敷かれているブロックが、一つ一つ地面から引き抜かれるように、ゆっくりと浮き上がった。これは朱日や太月が引き起こしているものではない――明らかにクレイグの魔力によるものだった。クレイグは意識の先を朱日と太月に集中させ、ブロックもカクン、と、2人へと向けられる。

 クレイグは己の周りに魔力を湧き上がらせながら、言った。


「魔法というのは、あくまでもUnderGroundに存在するものであり、大っぴらにされてはならないのです。我々はそのような魔法の存在の拡散を邪魔する為、貴方達を潰したいと思っています」


 クレイグは虹彩を光らせて、その狙いを本格的に朱日と太月に向けた。


「魔法の存在を広めず内々で済ませておけば、差別もされないし、『こんな苦労』もしなくて良いのです。そう思いませんか」

「……!」


 朱日はクレイグの言葉に対して、驚きの視線を向けてしまった。

 しかし、クレイグは続ける。


「少なくとも、私はそう思って活動しております。魔法という存在は地下に隠れるべきものです。なのに――何故、貴方達は自ら目立とうとするのでしょうか」

「朱日……」

「……」


 こちらに向けられた数々のブロックは、今にでもこちらまで飛んできそうだ。それらに込められているのは、こちらに対する敵意と、恨み。朱日達は魔法使いという立場を擁立するためにイギリスにやってきており、太月もその理由を知っている。だから、クレイグの言葉には賛同は出来なかった。

 臭いものに蓋をする――日本にはこんな言葉があるが、クレイグ達にとって、魔法という存在はその臭いものに過ぎないのだろうか。だとしたら、朱日の考えとは酷く相反し、尚更彼らのやっていることを許す理由もないだろう。

 朱日は息を強く吐き、吸い、深呼吸した。そして、横からくる風を受けながら、改めてクレイグを見た。そして、言う。


「わしは――その考えに賛同出来ん」


 クレイグは朱日のその一言を聞き、「そうですか」と、だけ呟くように言うと、宙に浮かせていたブロックを朱日に向けて放った。


「ならば、排除あるのみ」

「ッ!」


 朱日はそれを受けて、バリアーを展開――するわけでもなく、その場で直ぐに剣を生成して、凄まじい勢いでブロックを切り刻んだ。辺りにブロックが散らばり、パラパラと地面へと落ちていく。

 その一方で、朱日は勢いよくクレイグの方へと駆け寄った。


「――ほう」

(アレを全部切り刻んでからこちらに来るのか)


 クレイグは朱日の人間離れした俊敏性と、技術に少し感心を抱きながら、こちらへと襲いかかってくる彼に対して、こちらも剣で対抗してやろうと、魔法で武器を出した。朱日の持っているブロードソードよりはかなり短いものの、刃先が鋭く、刺さったら一溜まりもなさそうな剣――グラディウスだ。

 クレイグはそのグラディウスの剣を突き出したと思えば、その剣先からバリアーを展開した。


「ッ!」


 だが朱日にはそんなバリアーは関係ないと言わんばかりに大きく彼に向かって飛び上がり、彼のグラディウスの剣先に向かって、叩きつけるように自分の剣身をぶち当てた。


「――ッ!」


 ――ガキンッ!

 金属と金属のぶつかり合う、身がありながらも透き通った音が、そこに響いた。


「――!」


 そして、クレイグは目を見張った。自分が貼っているバリアーのパワーが、朱日の魔力と筋力に大分押されているらしく、バリアーに亀裂が走り始めている。

 ――尋常ではないパワーだ。

 若干12歳にして、ここまで魔力を鍛える事が出来るのかと、クレイグは思わずその場でニヤリと笑みを浮かべてしまった。この力を何とか引き込めることが出来れば、我が協会はより栄えるだろうと思ったのである。ならば、この場で朱日を排除するのは勿体無い。寧ろ、彼を生かして、どうこちらに引き込むかが、先決になるだろう。


(計画は変わってしまったが、どのみち、不知火朱日以外の魔法使いが邪魔な事には変わりはない。しかし、不知火朱日は頑固。さてさて、どうしたものか――)


 クレイグがそう悩んでいたところへ、朱日が口を開いた。


「なぁ――お前さん、大きな魔力を持って、周りから怖がられたことあるか」

「は? いきなり何を言っているのですか……?」


 クレイグは思わず声を上げて、聞き返した。朱日がいきなり話し掛けてくるものだから驚いてしまったのである。

 朱日は魔力をフルパワー全開で続けた。


「わしはなぁ、幼い頃から制御出来ないほどの魔力を持って、ずーっと周りから怖がられてきたし、友達も出来んかった。イギリスに来るまで、ずっと独りぼっちじゃった」


 と、


「でもなぁ、それを無かったことにしたら、後続の魔法使い達が可哀想じゃろ。もし、わしみたいな子がまた生まれて、周りから除け者にされて――そんな魔法使い差別を肯定するってのか、お前らは」

「肯定? 何を言っているんですか、差別されるのならば、魔法使いだけの村を形成すれば良いのですよ。そうしたら、皆、仲間ですよ。差別なんてありません」

「――ふざける、なァッ!」


 瞬間、朱日の魔力が爆発した。

 朱日の剣を振り落とす力と重量が一気に強くなり、バリアーなぞとっくのとうに貫通して、彼のグラディウスの剣が中心から真っ二つに割れ始めたのである。バリアーが破壊される音が耳の中に入ると同時に、聞こえてくるピキッパシッといった刃の割れる音。


「ぐっ!」


 流石にこれ以上朱日の威力を受け止めたら、こちらの身も爆発しかねない。そう思ったクレイグは、直ちに割れた剣身と共に自分の身を引いて、後ろへと一旦体を逃した。

 ロバートが錬金術を駆使しても歯が立たなかった、そう話に聞いていたが――クレイグ程の実力を以てしても、歯が立たない。最早、どちらが悪役か分からない程に、彼は強い。独学でひたすら鍛錬を重ねた結果が、この実力。高等部にいる普通の魔法使いでは確実に歯が立たないだろう。

 朱日はブロードソードの剣身を軽々と肩の方に置き、言った。


「――結核の人を隔離するサナトリウムじゃないんじゃ。そんなことしたって、世の中は何にも変わらん。村を作ったところで、今度はその村が差別されるだけじゃ。だったら、思い切って政府に承認してもらった方が、わしらの人権も守られるぞ」


 朱日にとって、クレイグ、いや、Alchemy Societyの案は隔離施設を作って、そこに魔法使いを押し込もう、と言っている事に等しいものだった。その例えとして出たのが、結核の患者が収容されるサナトリウムだったのである。サナトリウムは治療施設と言えば聞こえはいいものの、実際は結核の患者を押し込むだけ押し込んでいる隔離施設とも捉えられ、根本的な治療方法にはならなかった。それで治る者はいたとも言われているが、そんなのは結局その人次第だ。

 そして、朱日からしたら、Alchemy Societyのやり方というのは、とにかく気に食わない。これは魔法使いに対する差別を助長するだけ助長しているだけではないか。魔法使い達の為とは言えど、それにより発生する強い差別や、周りからの認識についてまで考えが至っていないようだ。微塵も賛成する気が起きない。

 しかし、クレイグはそんな朱日の考えを――受け入れたのだった。


「なるほど、そういう見方もあるわけか……不知火朱日、君は面白い例え方をしますね。ますます気に入りましたよ」

「!」


 と、


「ロバートは勧誘に失敗したと言ってましたが、私は成功するまで勧誘したいと思っております」

「なっ……」

「どうでしょうか、不知火朱日。貴方の力とその考え方――我が協会で活かす気はありませんか」


 そして、クレイグは朱日に手を差し伸べる。

 朱日はその差し伸べられた手を、怪訝そうな顔で見つめていた。


(あ、頭おかしいんかコイツ……?)


 ――朱日からしたら、今のクレイグの行動はこんな感想にもなるであろう。

 しかし、どんなに勧誘されたとて、朱日からしたら「NO」の1単語を突き付けるしかない。今回もそうしようとして、朱日は口を開こうとしたものの、その前に、後ろで待機していた太月がクレイグを睨み付けて、二人の間に割って入った。


「! 太月!」

「……」


 当然、朱日は驚き、自分の目の前に立っている太月を見た。クレイグもクレイグで、急に

 そして、太月は改めてクレイグを見るなり、朱日の代わりに言った。


「朱日は自分の目標があるし、Alchemy Societyなんかに構ってる余裕だってないぞ。っていうか、断られた事実があるのに、なんでまた勧誘するんだ。そっちの方が怖いよ、おれは」

「おや……フフッ」


 クレイグは太月の唐突な割り込みにクスクスと笑いながら、伸ばした手を下げた。


「これこれは……不知火朱日本人よりも、その周りの方が厄介そうですね。リーダーが言っていた通り、その周りを潰す方が先決、とはこういう事でしたか」

「!」


 太月はその言葉に、思わず冷や汗を流してしまう。Alchemy Societyは最初に朱日を狙ってやってくるものだと思っていたが、どうやら、自分達を潰した方が早い、との意見が優勢のようだ。

 クレイグは続けた。


「いや、何せ、我々のリーダーは慎重派でしてね。手を出すならば、まずは周りから潰せという話になっているのですよ。私はちょっとしっくり来なかったのですが、貴方の様子を見て、リーダーの意見は正しいと実感しています」

「だったら――ここでやるか? おれは覚悟は出来てるぞ」


 そう言って、太月は、セーターの下に来ているワイシャツのポケットの中に忍ばせているコンパクト型の魔法杖を取り出して、伸ばした。太月は若干緊張しているようだったが、ここで引くことは出来ない。

 クレイグは首を横に振り、続けた。


「いえいえ、これ以上の戦闘はこちらの目的から逸れます故、避けたいところでありますし……それに、こちらが取り引きしていた相手がもうそこにおりますのでね」


 と、クレイグは後方を指差して、朱日と太月にそちらを見るように誘導した。二人は彼のその誘導のままに、自分達の後ろ――つまり、クサカベ家の入り口を見たのである。

 すると、そこには、騒ぎを聞きつけて飛び出してきた大人4人と、トウリが重一の後ろに立って、朱日達の姿を見ていた。


「ク、クサカベ! わりゃ、一旦退け!」

「父さんも! 夫妻の方々も危ないよ、家の中に入って!」


 二人は思わず嗣夫、真里、裕司、トウリの四人に対して家の中に入るように指示した。重一は戦力扱いなので、指示はしなかった。

 しかし、クレイグはにこやかに笑みを浮かべながら、続けた。


「さて、クサカベ夫妻。お話は終わりましたか? では、息子さんの身柄をこちらにお預けくださいませ」

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