031:その違和感に気付いてしまい

 ――次の土曜日。

 嗣夫の予定も午後からならという事で取れ、朱日と太月も学校が終わったら、寮の方で嗣夫と合流した。

 朱日達は重一からスミス、そして、クサカベ夫婦といった形で伝言ゲームになっているものの、本日の午後にそちらに伺うという事で話を通し、一同はトウリに案内してクサカベ家へと向かっていた。朱日、太月、嗣夫、トウリ、重一がそのメンバーとなる。

 重一に関しては、忙しい彼を誘うのはどうなんだろうと太月と朱日が最後まで悩んでいた。しかし、どのみちトウリに纏わる事をこちらに吹っかけてきたのは向こうなので、誘い、連れていく事にした。別にここは大賀でも大差ない気はしたのだが、彼の学校に勤務しているのは一応は重一だ。そこの前提条件は大事だろう。

 朱日は自分の隣を歩いているトウリに向かって、質問した。


「なぁ、クサカベ。本当についてきて良かったんか? 寮でルーシーさんとイチャコラしとった方が良かったじゃろ」


 朱日としては案内役と言えども、トウリをこの場に連れていくのは反対だった。あくまでもこういう話は大人の方に任せておけば良い、と言う認識でいたのと、両親の醜い本音やとんでもない一面を、一人息子に見せてしまう可能性があった。親からのそういった本音というのは、子供が幾つになっても、たとえ大人になったとしても衝撃が強く、同席させる事に抵抗があるのは当たり前のことだ。

 反対だったのは他の寮の面々も一緒であり、話だけ聞いている午朗や陣介ですら強く反対していた。この2人は就学前に両親失ったとて、親の子供に対する影響力というのは強く把握しているのだろう。いや、孤児だからこそ、実感をしているのかもしれない。

 トウリは朱日から質問されると、「うん」と頷いて言った。


「多分向こうの本音聞いたら、ご飯食べれなくなるぐらいショック受けると思う。でも」


 と、


「ボク、まだ、あの人達のこと嫌いになりきれないんだよね。育ててくれた恩義もあるし。だから、吹っ切るために行く」

「お前……」

「ま、あんまり心配しないでよ。ボクって可愛いけど、すっごい打たれ強いから。へこたれても直ぐ起き上がれるもん。平気だよ」


 トウリはそう言って笑ってみせた。

 確かにその通りかもしれないが、トウリはまだ10歳で、その上まだまだ小学生の身分だ。そんな少年が親と本音でぶつかり合う、なんて到底出来る訳もなし、何言われてもそこまで平気なのは有り得ない、と、朱日は思った。

 それから、朱日はトウリの顔を覗き込むようにして、言った。


「クサカベ、あんまり無理しちゃいけんよ。ダメだと思ったらわしと太月が外に出すし、素直に言うんじゃぞ」

「もー、アケビは心配性だな。大丈夫だって、ボクの心は頑丈だもん」


 トウリはケラケラと笑って、朱日に対してそう言い返した。

 そう、朱日と太月がこの場についてきてるのは、彼の事について話す際に事情を知っている人間としてやってきたのもそうなのだが、トウリに何かあった時のサポート役を引き受けたのもあった。現状、彼の感情に一番寄り添えるのは朱日と太月ぐらいなもので、このメンバーの中ではトウリの保護者的な立ち位置を確立している。

 朱日はトウリから近付けていた顔を離すと、息を吐いた。


(そうは言われてものう……心配なもんは心配じゃ)


 話し合い自体は日本語で行われるため、最悪こちらが黙っていれば良い――が、何がきっかけになって翻訳魔法が勝手に発動してしまうか分からない状態だ。朱日としては一時も油断が出来ない。


 暫くして、メンバーはクサカベ家に辿り着いた。空気が重くなる中、先陣を切って呼び鈴を鳴らすのは重一だった。ドアノブから少し上ぐらいについているドアベルの鎖を自分の方へと引っ張り、離す。カランカランとベルの音が呼び鈴として鳴り響き、そこから一同はそこで待機した。

 数秒ぐらい経つと、建物の中側からパタパタと音が聞こえてきた。朱日達がドキドキと緊張しながら待つと、家の扉がガチャリと開いて、その姿が現れた。


「……!」


 扉を開いたのは女性だったが――女性は、朱日達の姿を見て、酷く驚いた。それもそうだ、来るのはイギリス人かと思いきや、日本人(約一名ハーフ)が、数人の集団になって出迎えているのだから。

 ここで女性に対応をしたのは、嗣夫だった。嗣夫はあくまでもにこやかに笑みを浮かべると、他のメンバーよりも前に出て、言った。


「初めまして、草加部真里さん……いえ、マリ・クサカベさんですね。俺は風宇路嗣夫。またはツグオ・フウロと申します。本日は同じ魔法使いの子供を持った親として、話を通しに来ました。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします……」


 女性・真里は唐突な日本男性の登場に少し慄きつつ、コクコクと首を縦に振って頷き、ふと、後方にいたトウリに視線が行った。トウリは真里と目が合うなり、朱日の背後に隠れて、そこから顔を覗かせるように母親を見つめた。真里は気まずそうに自分の息子から視線を逸らして、嗣夫に言った。


「では、中まで案内致します。こちらです」


 真里はそのままメンバーを家の中に案内した。

 朱日はクサカベ家の中へと入りながら、トウリに話しかけた。


「アレがお前のかーちゃんか」

「うん。思ってた通り、目線逸らされちゃったなぁ。ボクもアケビの後ろに隠れちゃったし、お互い様だけど」


 トウリは朱日の質問に頷いてそう答え、溜息を吐く。

 朱日は改めて真里の姿を見て、トウリの母親としての是非について色々と問いたい事があったが、それは心の中に控えた。

 5人は今へと通され、椅子を用意され、各々の席に座った。4人の椅子しかない為、朱日、太月、トウリの少年組が立ち、話の中心になるであろう重一と嗣夫が夫妻と向き合う形で座ることになった。少年組は着席している大人組の後ろで待機し、話の方は重一から切り出した。


「さて、本日はわざわざ私達の為に時間を作って頂き感謝致します。多分、この場に関しては日本語の方が手っ取り早く話せると思いますし、英語を挟む方が癪なので、このままお話を進めたいと思っております」


 と、


「そして、私は真三屋重一、申します。トウリくんの学校で教師をしながら、大学で研究してる魔法使いです。ついでに言うと、こちら、嗣夫さん以外は魔法が使える面々です。私はこの子達の教育役的な立ち位置を同期の魔法使いと担っております」


 そう言って重一はイントネーションに訛りのある敬語で、話を続けた。


「我々がここに来た理由は既にお分かりになっていると思われますが、そちらのお子さんであるトウリ・クサカベくんの処遇について、お話にきました。トウリくんや担任のスミス先生から一通りの事情はお聞きしましたが、貴方がたは自分の息子くんの扱いに困っている、という認識でよろしいでしょうか」

「ええ、異論はないわ」

「ああ」

「では、話を続けます」


 と、


「トウリくんの方は、ここにいる不知火朱日くんと風宇路太月くん……嗣夫さんの息子がお世話になっている寮の方に、一旦預からせてもらっています。こちらも先日電話で話した通りの筈ですが、そこもしっかり認識していますね?」

「ええ」「勿論」

「なら、話は早いですね」


 重一は続けた。


「もし、トウリくんを貴方がたが受け入れない場合、遅くで大学卒業まで、寮の方に在籍してもらう形になります。後はその間の費用を出すか出さないかの問題になりますが、小学校卒業までは今の学校に在籍してもらって、中学生になったらブリティッシュステートアカデミーの方にトウリくんを通ってほしいと、こちらとしては思っております」

「……!」

「この近辺で有力な魔法学科がある学校といえば、あそこしかありませんから、当たり前ですね。トウリくんの魔法を見る限り、あそこに通えるほどの実力もありますし、学力的にも現段階としてはさして問題ないと思います。そこはスミス先生とも話しましたが、入れるのなら推薦は出すとおっしゃられていました。後ろのお兄さん2人もそこの生徒ですし、こうやって身近に先輩魔法使いもいれば、魔法の勉強にもなりましょう」


 ――かなり大きな賭けである。

 重一は困惑している真里と祐司に対して視線を光らせた。


(アホったいなぁ、こいつら。子供を手放すにしても相応の責任が伴うこと忘れとったんやろうなぁ)


 真里と祐司はその辺について無計画のままトウリを手放すことを目論んでいたのを、重一はしっかりと察し切っていたので、呆れしかなかった。もし、子供を里親に出すのなら、子供に対して金は出さなくて良いが、今回はそうではない。身勝手な理由で子供を捨てようとし、他へと押し付けたようとしたのだ。それで金を出さない、なんて言うのは筋は通らない。

 真里はしばらく考えた後、口を開いた。


「……出すわけないでしょう、そんな金」

「真里」

「!」

「出すわけないでしょう! これから捨てる子供の為に、そんなに金かけられるわけないわよ!」

「は!?」「早速本音出たなぁ」「ふざけとるわ……」


 真里のその言葉に、日本語がわかる魔法使いサイドの人間は酷く引いた。ただでさえ、実子のこれからの生活や生死が掛かっているというのに、捨てるから金は払いたくない、なんて言い草、普通なら通用するわけがない。

 真里は声を上げて続けた。


「私はねぇ、可愛い可愛い子供として育ててきたのであって、あんな化け物として育ててきたわけじゃないのよ! なのに、それに対して金を出せって? 冗談じゃないわよ! たかが日本人の分際で偉そうに!」

「たかが日本人、って……そっちだって国籍がイギリスにあるだけのただん日本人やろ! なーに、私は白人のお仲間ばい、なんてツラしとーったい! こちとらわざわざ留学してまで魔法の勉強をしに来とうったい、それは不知火もそうだし、風宇路ん坊ちゃんだって金出して魔法の勉強しとるぞ!」

「うわ、田舎の言葉気持ち悪いわね……イントネーションが気持ち悪いと思ったら……。これだから日本人は下品で嫌いなのよ!」

「田舎ん言葉……って、長崎は都市部やろうが皆、この言葉を使うとうぞ! イギリスにおるくせに世間知らずで視野が狭いなんて、これやけんバカな女は嫌なんや!」


 そう言って、真里は重一に罵倒の言葉を放ち、重一も応戦する。

 一方で後ろにいる朱日と太月は人選間違えたな、と、頭を抱えていた。


「なぁ、太月。これ、下手したら大賀の兄ちゃんの方が落ち着いて会話できたんじゃないかのう」

「おれもそう思う。重一さん、パッと見冷静に見えるけど、煽りに弱いもんなぁ……」


 うーん、と、2人は悩む中、トウリもトウリで重一の言葉だけは魔力で分かるので、少し呆れ気味にその様子を眺めていた。同時に、重一の言葉経由で、母親が何言ってるのかは何となく分かっているようで、彼女の日本人に対する差別的感情が伝わっていたのも事実だった。

 トウリは重一に対して怒り狂っている母親を見ながら、「自分はこんな人の血を半分引いているのか」と、かなり複雑な気持ちになった。


(確かに思い通りにならないとキレ散らかす性分だったけど、まさか、考え方もここまで酷いなんて思わなかった。人と思いたくないや)


 そう思いながら、祐司にもチラッと視線を送る。

 祐司も祐司でトウリの事は可愛がってくれたものの、母親がこうやって暴れている時は一切止めるような事をしなかったし、今でもただ呆然として眺めているだけだった。父親として、子供を助けようとは思わないのだろう。

 トウリにとって、それは当たり前のことであったが、こうやって重一が怒ってくれたり、朱日と太月がドン引きしているのを見ると、きっと普通ではないのだろうと思う。そもそも、他の家の母親というのは、こうやって何かに対して理不尽に怒り狂う事すら滅多に無いのだ。トウリはある意味で見限る決心はついたものの、特にショックを感じてるわけでもないので、不思議な気持ちであった。

 しかし、話は終わったわけではない。

 重一と真里がひたすら言い合っている中で、嗣夫は先程から殆ど発言していない祐司に目を向けた。同じ子を持つ父親として、そんな彼を許せる気がしなかったのだろう、声を発した。


「Mr.祐司」

「!」


 嗣夫のその声に祐司が反応して、重一と真里の言い合いも止まり、少年組も嗣夫の発言に集中した。

 嗣夫は祐司と視線が合うなり、そのまま言葉を続けた。


「少しよろしいでしょうか。先程から、貴方が殆ど発言していないのが気になりましてね」

「……ええ、私に用事があるのなら、お聞きします」


 そして、祐司と嗣夫が一対一となり、話を始めた。

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