027:幼馴染の美少女は思い込みが激しい
ルーシーは紙ナプキンを使ってイングリッシュマフィンを手にすると、そのまま口に運んでもぐもぐと咀嚼し始めた。太月はヨークシャープディングに手を出して、付け合わせのサラダから食べ始めた。この中で唯一カレーの朱日は本当に独自路線というか、太月としてはもう少しイギリスっぽい料理を食べてほしいのだが、朱日本人としては食べられるものを食べたいのだろう。
以下、英語でやりとりしているルーシーと太月の会話も日本語のみの表記になる。まずは太月から口を開いた。
「えぇっと……ごめんね、いきなり。おれはタツキ・エルドレッド、こっちは友達のアケビ・シラヌイ」
「カレー美味いのう」
「コイツ、英語が分からないから、ただここにいるだけなんだけど、気にしないでね」
「あ、はい。わかりました。タツキさんは英語を話せる、と」
ルーシーは把握するなり、クスクス笑いながら返した。
「えっと、中等部の方ですよね……? 何故、私のところに……?」
「その……おれら、魔法学科の生徒でね」
「まぁ」
ルーシーは少し驚きつつ、太月は続けた。
「で、おれ、日系ハーフで日本語得意だから日本人の留学生の面々と連んでるんだけど、下級生の子達の学校にトウリ・クサカベって子がいて」
「えっ……?」
トウリの名前を聞いた瞬間、ルーシーの目の色が変わった。その変化は英語が分からない朱日にも通じたようで、カレーを食べるのをやめて思わず太月を見た。
太月は朱日をチラリを見ると少し頷いて、ルーシーに向けて話を続けた。
「おれ達は寮住まいなんだけど、そのクサカベくんのことはそっちで保護してるんだ」
「いつからですか……?」
「昨日からだね」
と、
「気難しい性格といきなり発現した魔力のせいで、クサカベくんが自分でも制御出来なかったのを、ここにいるアケビがなんとかしたんだ。彼も自分の魔力で苦労してきたから」
太月はそう言いながら、再びカレーを食べ始めた朱日を指差した。それを見て、相変わらずコイツはマイペースだと苦笑しながら、太月は続けた。
「それで、クサカベくんは今、おれらが使ってる寮で保護してる状態で……君の事をおれにチラッと話してくれたんだけど、最近顔をなかなか合わせなかったから心配だって言ってて」
「……そう。そうなんですね」
ルーシーは紅茶を一口飲み、返した。
「あの子が魔力発現しても……私に出来ること、何もなかったから……。支えることも、そばにいる事も出来なかったんです」
と、
「私……あの子とは昔から側にいるのが当たり前だと思ってて、それは今後も変わらないと思ってたんですけど……。そのことが今回の件で全て覆ってしまって、分からなくなって……」
「実の姉弟のように思ってたんだね」
「えっ……あ……あの、これからの事は他の人に口外ししないで頂けたら……」
「えっ?」
太月はルーシーの様子が再び変わったのを感じ取った。朱日の方はそんなのお構いなしにカレーを食べ続ける。シリアスな雰囲気は感じ取っても、こういった妙な雰囲気には鈍感なのだろう。
ルーシーは顔をほんのりと朱に染めて、視線を落とした。
「その……私、昔にトウリくんと結婚の約束してて……。その為に料理とかお掃除とかずっと頑張ってて……。あの子、見た目はまだ幼いけど、カッコいいところあるんですよ?」
「……What!?」
太月は思わず大きな声を上げて驚いた。
「君の年頃の女の子ってこう……大人の男性に憧れるもんじゃないか!? 年下の男なんてガキくさい乳臭いって思うもんじゃないかい!?」
「あ、えっと……だから、公言はしてないです」
ルーシーは恥ずかしそうに続けた。
「トウリくんからも外にいる時はちゃんと適切な距離で接して、ってよく注意されるぐらいくっついちゃって……あの子も年頃の男子だから、恥ずかしいのかなって。だから、お外では公言しないようにしてます」
「い、いや、でも……結婚の約束って言っても、幼少期の約束だろ? クサカベくんも本気の約束じゃないと思うし、忘れてるんじゃないかな……」
太月は軽い気持ちだった。本当に軽率だと言わんばかりの口調で、それを言い放ったのだ。所詮、幼い頃の口約束なんて本気にはされぬ。そのうち忘れる事であり、そのうち子供の頃の淡い初恋として昇華される。そして、それは泡沫であり、すぐに弾けてしまう、切ないものだった。だからこそ、ふとした瞬間に感傷に浸るものである――と、そんな感じで、太月は本気じゃないと言い切ってしまったのだ。しかし、ルーシーは太月が、いや――トウリが思っている以上に、その気持ちが重かった。どのぐらいかというと、トウリが雨だな、と、呟いたら、強大な岩が無数に降ってくるような、そんな重さである。
ルーシーは続けた。
「――は? そんなわけ無いじゃない……私のトウリくんに限って忘れてるなんて有り得ない」
「えっ」
「確かに最後に確認したのは1ヶ月前だけど――私のトウリくんなら絶対覚えてる! それまで毎日確認してたもん! トウリくんはそんな不義理絶対しない! ここでトウリくんに謝ってよ!」
「いやっ、ちょっ……な、なん……ぇ、えっ!?」
(っていうか、何これ……朱日、助けて……)
ふわふわと周りに白い花が舞い散るような可憐な女子から一転、その花は実は血でしたと言わんばかりの勢いで、ルーシーは太月に詰め寄る。太月は思わぬ事態に対処が出来ず、朱日に助けを求める視線を送るが、
「ごちそーさんでした。イギリスのカレーもなかなか美味いのう」
――と、呑気にカレーを平らげているのであった。そして、紅茶を啜り、優雅な食後を過ごしている。
朱日はカレーを食べ終えて、ふと顔を上げると、その視線の先には尋常ではない様子でルーシーに迫られている太月の姿がそこにあった。その為か、朱日は「ん? え?」と、困惑した様子を見せて、2人の顔を交互に見た。そして、状況がいまいち読み込めず、太月に聞いた。
「太月……どうしたんじゃ、なんかあったんか?」
「あ、朱日ィッ! お前、なーに暢気ににカレーに夢中になってるんだ! 少しは助けてくれよ!」
「助ける……って、何が全体どうなって――」
と、朱日がルーシーへと視線を向けると、
「あ」
ルーシーの目の下が黒くなり、2人を睨み付けていた。その周りには魔力ではないが、黒いオーラが強く立ち込めており、明らかに正気の沙汰ではない。その迫力に流石の朱日も怖気つき、冷や汗を流した。
「な、なぁ……太月、お前この子に何言ったんじゃ。魔法使い以外で黒いオーラが感じるの初めてじゃぞ」
「い、いや……なんかその、2人が昔結婚の約束してたけど、おれがそんなの覚えてないでしょって返したら、急に……」
「アホ! 恋愛に興じる乙女にそれ言ったらそらそうなるわい!」
恋する乙女の面倒臭さはよく知っている、と言わんばかりに朱日は太月に一喝した。
朱日と太月はここから逃げるべきかどうなのか――じりじりと身を後ろに寄せて、座っている椅子ごと後ろに動かす。ルーシーの迫力が強すぎて、これはどこに逃げても追いつかれるのでは、という不安が2人の中で渦巻く。
そこへ、丁度、2人にとって見知った顔がそこを通りがかった。
「おっ、2人とも何しとんじゃ」
「大賀さんっ!」「おお、大賀の兄ちゃん助けてくれ」
丁度食堂に昼飯を物色しにきた大賀が、2人の後ろを通りがかったのである。それを良いことに朱日と太月は、大賀に助けを求めた。
大賀は2人の話を聞く為に一旦足を止めると、その場でしゃがみ込んだ。
「助けて……って、何かあったのか」
「太月があの子の大事なところに土足で踏み込んで、何故かわしも詰められておる」
「何言ったんじゃ、太月くん」
「幼い頃の結婚の約束なんて覚えてない……って……」
「まー、それはその通りじゃが……覚えとるんならそりゃ怒るのも無理ないのぉ」
なんて、大賀はケラケラ笑いながら続けた.
そして、ルーシーに言った。
「すまんのぉ、お嬢さん。この年頃の男ってのは、乙女心ってのが全く分かってない馬鹿ばっかでのぉ。今回ぐらいは見逃してやってくれんか。ワシからもよう教育しておくけぇのぉ」
「……」
ルーシーは大賀のその言葉を聞いて、勢いを無くし、そのまま静かになった。そして、再び自分の分の昼食を食べ始める。
朱日と太月は一息吐いて、胸を撫で下ろした。
*
そして、放課後。
朱日と太月は大賀と一旦合流して、昇降口の方でルーシーとトウリの件について話していた。大賀の方は重一経由故にぼんやりとしか事態を把握しておらず、2人からしっかり話を聞いてから、「ああ〜」と、納得したように頷いていた。
「トウリくんの為にあの子に話を持ちかけようとしたら、あんなことになったワケか。もう少し頭使って接近せんとアカンじゃろ。向こうの人柄も何も把握していない中で、単身で突っ込むのは特攻隊と何ら変わらんぞ」
「ぅ……反省してます」
太月は大賀にぴしゃりと言われて、その場で背筋を伸ばして、畏まった。
ルーシーの事は流石に事前調査が必要な案件だったな、と、太月は思った。今回はたまたま大賀がそこに通りがかったので助かったが、もし大賀がいなかったら、あのまま恨みを買って追いかけられていたに違いないだろう。5年棟に単身で乗り込むにしても、せめて彼女の評判や人柄について聞き込んでからで良かったと思われる。どのみち、今回の件は太月の考えなしの未熟さが引き起こしたものだ、大賀に一喝されるのも仕方ない。
大賀は2人から一通り話を聞いて、質問した。
「で……そのルーシーって子は、トウリくんにかなりご執心のようじゃが、具体的は移住地は教えておらんのよな? 話を聞く限り、今日にでも押しかけてきそうじゃが」
「あ……その、実は、同じ寮に住んでますって教えてます……。教えた方が安心するってその時は思ってて……」
「えっ……それって」
朱日は太月からその話を聞いて、思わず嫌な予感がした。流石の彼女と言えども、そこまでするような事はないと思っている。トウリが暴走してから距離を取ってしまっている以上、空気を読まずにこちらにやってくるなんて、幾ら彼女でもしないとは思いたいが――トウリの言い分を伝えてしまった以上、その状況は反転しそうだ。
朱日は「はは」と、渇いた笑みを浮かべて、続けた。
「ま、まぁ、大丈夫じゃろ。良いところのお嬢さんじゃろうし、流石に押しかけ女房みたいなことはせんって――」
「Hi. Akebi, Tatsuki. Please take me to Mr Touri.(こんにちは、アケビさん、タツキさん。私をトウリくんのところまで連れて行って下さい)」
朱日がそう言ってる矢先に、聞こえてはいけない女子生徒の声が聞こえてきた。朱日達がおそるおそるそちらの方へと顔を向けると――噂をすれば何とやら、ルーシー・ティアニーが笑顔でそこに立っていた。
朱日達が動揺して固まっている間にも、ルーシーは穏やかな笑顔で続けた。
「Mr Touri lives in the same dormitory as you, doesn't he? If so, please show me around. I'm concerned about Touri's current situation.(トウリくんは貴方達と同じ寮に住んでいらっしゃるんですよね? でしたら、私をそこを案内してください。私、トウリくんの現状が気になるんです)」
「太月」
「えーっと、寮に連れて行けと……クサカベくんの現状知りたいからって」
太月は朱日に翻訳を求められて、簡易的ながらそう答えた。ルーシーは続けた。
「Good, isn't it? I am Touri-kun's wife, so it is perfectly natural for me to look after……your husband. For the past month, he has been keeping me at a distance from him, but……I can finally take care of him.(良いですよね? 私はトウリくんのお嫁さんですから……旦那様のお世話をするのは至極当然です。ここ1ヶ月、旦那様から距離を取られっぱなしでしたが……やっとお世話できます)」
「お嫁さんだの旦那様って言い切ってて怖いんだけど……」
「気が早いどうこうより、思い込み強そうじゃな、この子……」
太月と朱日は動揺しつつ、太月から返した。
「Then I will take you to the dormitory. Is that all right with you?(でしたら、貴女を寮に連れて行く。それで良いですか?)」
「Yes, Thank you!」
ルーシーは笑顔で頷いた。かくして、ルーシー・ティアニーは朱日達と共に寮まで行く次第となった。
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