第二章:トウリ・クサカベの巻

021:陣介と午朗、新たな学校生活へ

「不知火朱日と、その周りの魔法使い……かなり厄介な事になってきたな」


 ある日の朝。青年達がアカデミーのどこかの部屋を貸切にして集まっていた。その部屋は滅多に使われない場所であり、教師ですらなかなか近寄らない場所である。元は実験室やら準備室やらだったらしいが、表札は取り下げられ、そこには空白が残るのみだ。

 そこには、ロバートとネイサンの姿もあり、そして、他にも数人の青年の姿があった。大体は高等部の生徒達であろう。

 そこへ、赤髪と雀斑を持った青年が言葉を続けた。


「ま、不知火朱日がどんなに強くても、こっちもネイサンや俺みたいな強い魔法使いがいるんだぜ。そう簡単にやられやしないさ」

「しかし、初等部の首席である風宇路太月まで取り込まれたら、対処もかなり面倒じゃないか。こちらからしたら雑魚かもしれないが、今のうちから箒が乗りこなせるってことは、成長したらこっちを凌駕するぞ」

「その前に不知火朱日もなんとかしないとなぁ。アイツは年齢の割に魔力が強すぎる。跳躍魔法を自分に掛けられるって、それ、かなり身体に負荷が掛かるってのに。細そうに見えて筋肉ヤバそう」

「魔法杖もなく剣も出せるらしいな。完全にプロの魔法使いの域だし、何で今更こんな学校に通ってるのか分からんぐらいだよ」


 ――と、まぁ、こんな感じで、高等部の青年達は口々に朱日がどれだけ脅威かを話していた。こうやって高等部で魔法を習っている・見聞きしてる生徒の話を聞く限り、朱日の魔法能力はその魔力の大きさでなく、技術すら大人のそれを上回っているようだ。

 わいわいがやがやと好き勝手に異口同音に朱日達について噂していると、低い声が室内に響いた。


「ならば、不知火朱日は後回しで、他の奴らから潰せば良い」

「!」「マジか!」「リーダー!?」「!」


 途端、メンバーは騒ついた。その姿は逆光で姿が真っ暗に浮かび上がり、よく見えない、が、身長が高く、少なくともスラリとした青年なのはよく分かる。

 青年は続けた。


「我々の目的は魔法の存在が広まらないように、そして、若き魔法使いの芽を摘む事だ。無限に溢れる未熟な魔法使い達は徹底的に潰し、人間に戻す。なんら矛盾はない」

「けど、リーダー! 不知火朱日は強すぎます!」

「不知火朱日は我々魔法使いに任せろ」


 青年はそう言って、逆光の中で目を光らせた。


「錬金術で底上げしているお前達は、未熟な魔法使い達を相手にして、潰すと良い。少なくとも、不知火朱日には余計な手を出すんじゃない――良いな」


 その日は、陣介と午朗が初めてイギリスの小学校へと通う日でもあった。

 朱日からは大分遅れて通う事になったものの、生まれてこの方学校なんてものに通った事がない陣介は、どうにも落ち着かない様子で、学生鞄を背負っていた。小学校に進級する前に空襲で全て焼き払われてしまった陣介にとって、遅れてやってきた初めての学校生活である。

 本来なら2人には家庭教師をつけて、猛スピードで6年分の勉強を一通りやらせるべきなのだが、それも流石に陣介達と家庭教師の負担も強く、それをうまい具合に分散するとなれば、やはり学校で教わるしかなかったのである。一応2人に関してはクラスに直接編入するのではなく、別の教室で特別授業を受ける形となるため、待遇に関してはあまり気にしなくて良いようだ。その代わり、他の生徒からは隔絶された存在になる。

 陣介と午朗は学校の敷地内へと入ると、学校の案内図に記された場所を目指した。陣介は歩きながら、午朗に言った。


「なんか……朱日とオレらの扱いホンットに差があるな。向こうは勉強出来なくても直接魔法学校送りなのに、何でオレらは普通の学校送りなんや!? 魔法使えるからって理由でイギリスに来たのに!」

「寮母さん曰く、俺らはその基準には満たしてないそうだぞ。魔法学校に入るにも、魔力の最低基準があって、オレらは毛が生えた程度の魔法しか使えないから入れないって事らしい」

「ぐ、ぐぬぬ……まぁ、そういう事情なら仕方あらへんな。納得はいかんが、朱日とオレらじゃ訳が違うのは本当にそうやし、何も言い返せん」


 そして、陣介はガクッと肩を下ろした。

 魔法の事もそうではあるが、何よりも陣介達には、普通の小学生が必要な勉強も足りておらず、あのまま日本にいたら小学校の卒業証書すら貰えるか怪しかった。一方の朱日は試験0点常習犯でも、小学校の卒業証書はしっかり貰い受けている為、全方面において2人とは差がついているようだ。

 午朗は溜息を吐いた。


「こんな事なら、オレも居候しながら勉強と魔法頑張っておけば良かった。勉強は嫌いじゃないけど、向こうにいた頃はおばさん達を手伝った方が罪悪感無かったし、それで学校には滅多に行かなかったからなぁ」

「まー、学校も金掛かるらしいし、迷惑かけないってなったら、そらそうやな。労働力として子供引き取ってるのもありそうやし」

「ああ、だからちょっと後ろめたくて、留学の誘いに乗ったのはある。引き取ってくれたおばさんには感謝してるけど……その環境が俺にとって自由かって言われると別だし」


 なんて、午朗はぼやく。隅から隅まで戦災孤児であった陣介とは違って、それなりに恵まれていたのは自覚しているものの、それでも、やはり自分の本来の家族と引き離されている時点で孤独と疎外感は強く感じるものだ。たまに感じる家の子供からの冷たい視線や態度を見ると、「自分はここに居てはいけないんだ」と、思ってしまう。

 そのうち、陣介と午朗の足は建物の中へと入っていき、校舎の中を闊歩してゆく。すれ違う人々が全員イギリス人であり、そのことは分かっていたものの、陣介と午朗は思わず尻込みしてしまい、気持ち縮こまりながら廊下を歩いてしまった。これが朱日なら特に気にせず堂々と歩いているんだろうと思いつつ、陣介達には彼みたいな強い精神はまだまだ持ち合わせていない。

 そうやって2人がしばらく案内状に合わせて道を進んで行くと、


「噂ん日本人留学生ちゅうとはお前らか。話に聞いとうよりも大人しそうに見えなさんな」

「!」「……!」


 聞き覚えのない男性の長崎弁が、こちらに降りかかった。2人が顔を上げると――そこにいたのは、大学生ぐらいであろう青年の姿だった。青年は百入茶色の反射によっては緑っぽく見える黒髪に、薄藍の鮮やかな青色の瞳は、冷静沈着な雰囲気を感じ取ることができる。

 2人が若干警戒している中で、青年は名乗る。


「俺はんな怪しかモンじゃなか。お前らに勉強と魔法を教えに大学から出向に来たばい」

「ってことは……」「先生ってことか」


 陣介と午朗はお互い顔を見合わせた。

 青年は名乗る。


「俺ん名前は真三屋まみや重一しげいち。お前らの教室はこっちだ、ついてこい」


 青年・重一と共に、小学生2人は該当の教室までついていく次第となった。


 そうしてしばらく歩くと、空き教室へと辿り着いた。重一曰く、この部屋は普段は普通の教室として使われているものの、今年はクラスが一つ少なかった故に出てきた結果の空き教室らしい。新学期が始まる次の9月まで、2人はここで授業を受けるとのことらしい。

 午朗と陣介は重一に案内されるがままにその中へと入り、それぞれ適当の座席に座った。

 重一は2人が席に着いたのを確認すると、すぐに自分も教材を教壇のテーブルに置き、開いた。


「で、お前らどこまで勉強やっとると。茶井丈さんからは大して勉強出来なかったとか言われとるけど」

「全く分からん! 漢字も最近覚え始めたばっかや!」

「流石に四則計算や九九ぐらいは居候先で……でも、それ以外はそんなに……」

「思っとうより悲惨やな……これが戦災孤児というヤツか。まぁ、いい。とりあえず国数中心にガーッと教えると、英語は……気合いでなんとかするんや」

「根性論!?」

「突っ込みたいけど、環境的には正しい……」


 陣介と午朗は英語も教えてもらえると思ったが、2人の現状だとその隙もないのだろう。一先ずは学校で基本的な科目であり、その先も重要になってくる国語と算数が先になるようだ。

 重一はさっさと2人に教科書を開くように指示した。


「じゃ、とっとと国語の教科書開くったい。まぁこっちは5年生ぐらいの内容でも支障はなか。とはいえ、全部の漢字は読めないやろうし、漢字辞書片手にしとけー」

「へーい。まさか辞書の使い方がここで役に立つとはなぁ」

「不知火さんから色々教わったのが功を奏したな、陣介……」


 朱日は勉強はできないとは言っていたものの、その代わりこちらのレベルに合わせて基礎的な知識を色々と教えてくれる。その為、その知識は日常生活で役に立っているが、まさかこういう場面でも役に立つとは――朱日はこの辺教えるポイントがしっかりしている。

 2人がそれぞれの教室を開こうとしたところへ、廊下を伝って何処からか大きな物音が聞こえてきた。


「!?」「!」


 窓ガラスを破る、音だった。パリンパリン、バリン、と、鋭い音がこちらの教室まで鳴り響く。

 陣介と午朗は思わず気になって、教室の扉を開いて、廊下の方を見た。すると、


「――!」

(な、なんや、これ!)


 午朗と陣介は思わず目を丸くして、絶句してしまった。

 廊下の床には、破壊された窓ガラスがその場に散乱して、とてもではないがそこを普通に歩けるような状況ではない。


(この学校……まさか、かなり荒れとるのか!?)


 陣介自身、自分もやんちゃ坊主な自覚はあれど、ここまでの事はしたこともなければ、しようとも思えない。とてもではないが、これが日常茶飯であるのなら、この学校は陣介よりも厄介な生徒が紛れ込んでいる、と断言出来よう。

 陣介が動揺しながら、そろりと廊下へと足を踏み込むと、足を伝って何かがこちらの体へと伝わってきた。


「えっ……」


 これに似たものは、何度か感じた事はある。大体朱日や太月といった魔力がそれなりに強かったり、扱いに長けていたり、少なくとも、自分よりも強い魔力を持っている人間から感じられるものと似ている。同じく後から廊下に出た午朗も、それは感じ取ったようで、お互い顔を見合わせた。

 自分達の考えが当たっていれば、もしかしたら、この学校にも――2人がそうして顔を廊下の先へと向けた瞬間、それは目に入った。


「えっ?」「へ?」


 そして、更に驚く。

 2人の目線の先に入ったのは――白人ではない、見るからにアジア系の顔立ちの、日本人の子供だ。遠州茶色の甘い色をした茶髪に、退紅色のグレーみが掛かった桃色の瞳。顔立ち自体は整っており、まつ毛も長い。結構甘い顔立ちをした可愛らしい少年、と形容しても差し支えないだろう。

 午朗はその少年から漂うただならぬ雰囲気に怖気つき、陣介に言った。


「じ、陣介……教室戻ろう。ガラスも散乱してるし、危ないぞ」

「――なんや、ここ、オレら以外にも日本人いたんや!」


 しかし、そんなただならぬ雰囲気など知ったこっちゃなく、陣介はその少年の方へと駆け寄った。午朗は「ちょっ」と、小さく声を発してから、その後ろを追いかけた。

 陣介は少年の方に辿り着くと、彼が視線が合った。その視線も鋭く、冷たいものだったが、陣介は特に物怖じする事なく、ニッと笑みを浮かべた。


「お前も日本人よな? いやー、オレら最近イギリスに来たばかりでなァ、英語とか全く分からんのや。もし良かったら、オレらと仲良く――」

「Get away from me」


 それは、非常に流暢な英語だった。陣介は「え?」と、動揺しながら、顔を上げて、少年を見た。少年は続ける。


「Get away from me. You'll treat me like a monster anyway」

「えっ、えーと……?」

(日本人っぽいのに、英語しか話してない……? というか、こっちの言ってる言葉が解っとらんのか……!?)


 陣介は呆然とし、後からやってきた午朗もあまりにも流暢な英語に動揺していた。まずい、一字一句何を言っているのか、一切分からない。しかし、少年がこちらに敵意を剥き出しにしているのは、何処となく伝わった。この散乱しているガラスも、この少年がやっている事であると、何となく察しがついた。

 言語の壁が聳え立ち、手も足も出ない中で、少年の周りに幾多なるガラスの破片が浮き始めた。少年はその破片の行先を陣介へと向ける。陣介は引き攣った笑みを浮かべながら、足を後ろに動かした。


「えっ、ええっ!? いや、おま、これ……」

「Don't talk. I'm going to smash these guys in that irritating face of yours!」


 そして、少年から湧き上がる強い何か。

 ――どこからどう感じでも、魔力そのものであった。

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