第61話もしラピが普通の聖女だったら(シオン視点)
「アンタに聞きたいことがある、王子様」
メイリーが歩いたであろう、王都へと続く道を辿る。
その道すがら、ワカナチはなにやら盛りにぺらぺらと喋っていた。僕は無視を決め込んでいると「聞いているのか」と目の前に躍り出たので、ついに殴り合いに発展した。
馬鹿馬鹿しい、時間の無駄だと気がついて、どちらともなく土埃を払うと、無言で歩き始めたばかりだった。
「…今度はなんだ」
「アンタはさぁ、なんでラピじゃなくてメイリー…様を選んだんだよ?」
「言うに事欠いて随分と下世話な質問だな」
「別に?この国の生まれじゃない俺からしてみれば、この西の大陸の婚姻制度の方が疑問だけどな。家柄だの、政治上の理由だの、挙句には商売上の理由だので結婚するんだって?王族ともなると、物心ついた頃には将来の相手が決まってるらしいじゃねぇか」
「家の発展を考えるのが貴族だし、国益を考えるのが王族の務めだからな。色恋がしたいのなら、愛妾でも囲えばいい」
「おいおい、俺の島じゃあ、夫婦以外の相手がいたなんて知れれば、島民全員から石を投げられるぞ…。お高く止まってるアンタら西の大陸の方がよっぽど下世話なんだな…」
「国が違えば、価値観も違うものなんだろう。そもそも、結婚に恋愛感情など不要だ。僕もそうやって生きて来たし、国の為、民の為に一度は聖女であるラピとの結婚を受け入れたんだ」
大きな岩に手をついて、ぐるり迂回する。もうすぐ左手に沢が見えてくるはずだ。
「でも、アンタはメイリー様を選んだ」
「ラピのことをよく知っているらしいじゃないか、ワカナチ。今更説明の必要があるか?あれは危険だ。…まあ、そんなもんは建前なのかもしれないな。どうしようもなくメイリーを愛してしまった。だから僕は駄目なんだろう」
「アンタが駄目かは知らん。けど、俺の生まれた島では、インスピレーションこそ全てだ。惹かれ合ったのなら、そこには生まれる前からの因縁があると考えられている。それを引き離せば、禍いが齎される。だから、あくまでも結婚は二人の自由意志以外のなにものでもない」
「何が言いたい」
「王太子様は健全だろ」
「貴様、随分と偉そうにものを言うじゃないか」
「はいはい。だんだんシオン王太子殿下のことがよくわかるようになってきたなあ。そうやってわざと立場を主張するって時は、本当は照れてるんだろ?」
「うるさい、黙れ」
左手に逸れて、坂を下る。沢の水を水筒に汲んだ。
ばしゃばしゃと顔を洗って、汗をスッキリさせる。
横を見ると、ワカナチは何度も顔を洗っていた。水面の波紋が緩やかに戻っていこうとするのを、手を突っ込んで、わざと水面を歪めている。
顔のそれを嫌ってのことなのだろうか。
「もし…もし、ラピがまともな聖女だったら、アンタはどうした?」
「…そのままラピを正妃として迎えたかもしれないし、僕はそれでもメイリーを迎えたかもしれない」
「王太子様は、結果論でしかものを言えないらしい」
「僕に何を望んでるんだ」
「別に?」
僕は沢の水を手で掬って飲み、袖で口元を拭うと、ワカナチを睨んだ。
「…貴様、メイリーに惚れているんだろう」
「そうだ、と言ったら?」
「二度と近づけないように縛りつけて……」
僕はやおら立ち上がると、まだ腰を落としているワカナチを見下ろした。
「なんだよ…」
「いや、嘘はよくないな」
「おい、王子様…」
「訂正しよう。ワカナチ、貴様がメイリーに好意を抱いていたら?…貴様を殺すに決まっている。これが答えだ」
「っ…」
ワカナチは生唾を飲み込んで、呼吸が浅くなった。
僕は見下すように睨むと踵を返す。
「…アンタの、それが答えだろ?」
「あ?」
「メイリー様を心から想っている、それだけの事だ。この国の王族のことなんぞ俺にはよく分からねえけどよ、ただの男になった時、アンタは…」
「僕は王太子だ。この国の、未来の王だ。いつだってそれは心の中心にある」
「わかったわかった、わかったよ。ったく、頑固だな…」
「ほら、さっさと行くぞ。メイリーと行き違いになったらどうする…」
「だからさ、アンタは全然駄目じゃねぇ。駄目じゃねぇよ!」
「別に。お前に言われたくはない」
僕は坂を上がり、再び道に沿って歩き出した。
(不思議だ。心のつかえが取れたような気がする…。つまり、所詮僕もメイリーを妻に迎えたことを、どこか正当化しようとしていたのかもしれないな)
坂の下でワカナチが足を取られて転びそうになっているのを見て、ふっと笑みが溢れる。
(僕も大概だな)
森の風が爽やかに頬を撫でる。
一足遅れて沢を後にしたワカナチは、少し伸びた髪が風に戦ぐ後ろ姿を懐かしく思った。
「因縁があると、思ったんだけどな…。インスピレーションなんて、いい加減なもんだ」
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