第58話父との再会
王城に着くと、叫び声や刀を合わせる金属音が混じった、ただならぬ様子に思わず「え」と声を漏らした。
そのまま門から先の、中に入ることができず動けなくなる。
見れば、城門の先で、衛兵三人に囲まれながら、鬼と呼ばれた父が苦戦していた。
経験を積んだ騎士ならばともかく、あの父が衛兵相手に苦戦するなどどうしたのだと息を呑む。
「お父様!!!」
「!!!メイリー!!」
「助太刀します!」
後ろから一人の衛兵を締め上げた。昏倒させると同時に、他二名も顎を蹴り上げて気絶させる。
「お父様、これは一体…」
「メイリー!!危ない!!」
「え?」
たった今気を失ったはずの衛兵が、サーベルで襲いかかってきた。
私を庇った父の頬を掠める。
「回復が…早い!」
「説明は後だ、メイリー。とにかく倒しても倒してもこんな状態でな、埒が開かない」
「縛り上げますか」
「むう…それが…」
父が私を止めようとしたけれど、三名とも頭を殴ってもう一度気絶させ、すぐさまロープで縛りあげた。豪華な飾り柱にくくりつける。
「ふう、これで暫くは……え……?」
昏倒してから数十秒で衛兵達は目を覚ました。けれど目の焦点は合っていない。まるで寄生虫に寄生された宿主のようだ。
彼らは無表情のまま、括られた縄の存在など無視してこちらに来ようとしている。
ぎりぎりと身体に縄が食い込んでいく。
父は暗い顔で下を向いた。
「えっっっ…あなた達、なにをして…」
ぼきぼき、
肋骨が折れる音が響く。彼らは、まさか自分が縄に括られているなど夢にも思っていない、そう見えた。
「やめて…やめ…!!」
縄は彼らの鎧を破壊し、身体に食い込んでいく。
血が流れても標的となった私たちまで進もうとする行為をやめない。
「メイリー、お前のせいじゃない」
父の言葉が、悲しく宙に舞う。
衛兵達は身体の半分くらいまで縄が食い込んだ所で止まった。
死んだのだ。
けれど、死んでもなお、体がぴくぴくと動いて私たちへと手を伸ばしている。
「お父様、これは…これは一体、どういうことですか…」
「牢にいるラピと、肉体関係を待った者たちだ」
「じゃあ、今戦っているあの衛兵たちも…」
「ああ。ほとんどやられたらしいな。王都に残ったミュークレイ騎士団だけでは限界がある。お前が来てくれて助かった。情けない話だが…」
「牢の中で…何が…」
「…説明は後だ。ラピを探さなければならない」
「まさか…」
「……逃げた、いや、傀儡となった衛兵が、どうやらあの聖女を連れ出したようだ」
血が下がりきって貧血のようにふらつく。
どくどくと心臓が激しく脈打った。今度は手足が痺れ出す。
急激な血流の変化に、激しい頭痛が襲った。
「メイリー!!」
「お父様…ラピは必ず私が…!!」
「…私情を挟むな、メイリー。お前は勇者だ」
「私は……。っっ!!!私がここに戻ったのはラピを殺す為です」
「なんと…っ」
「私は、例え廃妃になろうと、勇者の称号を剥奪されようと、この首を落とすことになろうと、ラピを必ずこの手で殺すと心に決めたのです!!」
ぶるぶると震える父の手が、私の頬を打った。
ただ私の頭を撫でることしかしなかった父の手が。
「えっ…」
「お前を甘やかして、真綿の愛で包んで育ててきた。だが、それはお前が幼い頃から誰に対しても公平で、何事にも公正だったからだ。お前が可愛くて仕方なかったのも事実だが、それ以上にお前が善良であったからだ。今思えば、生まれながらに勇者の素質があったのだろう」
「私は、そんなできた人間ではありません」
打たれた頬は、冒険で得たどんな傷よりも傷んだ。
「可愛い我が娘よ、先の冒険で受けたラピの仕打ちに耐え、謝罪を受け入れたお前だ。その怒りは自分自身の為のものではないのだろう?父は知っている、それはきっと誰かの為の怒りだ」
「お父様…」
「いいか、お前の中に潜む激情は、今起こっている問題の解決に注げ」
「私には…そんなこと」
「できないのか?誇り高きミュークレイ家の血はいつもお前を冷静にさせたはずだ」
なぜだろう、ぼろぼろと涙が溢れて目の前が霞んだ。
父は私を柔らかく抱きしめると、低い声で言った。
「王命だ。ラピを捕らえよ。そして、衛兵にかけた術の全てを吐かせろ。それまでは決して殺すな。いいか、奴は秘密裏に片付けていいものじゃない。彼らの家族に石を投げられながら死んでいくんだ」
柱に括られた衛兵達を指した。
未だ痙攣していた彼らは、父の言葉を聞いていたかのように、ぴくりとも動かなくなった。
「…縄を解きますか?」
「いや、絶命してなお動こうとした。ラピの術は、精神ではなく神経を蝕むのかもしれない。全て分かるまで、このままにしておこう。可哀想だが…」
何度か振り返りながら、ラピの捜索のためその場を後にした。
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