第45話神殿戦④
神官長は歪んだ笑顔だ。目の奥が笑っていない。汗が額を伝っている。
「リーリエは植物に愛されている。どんな植物もリーリエの心を読み、リーリエのためならその身を枯らそうが、毒を放出することだって厭わない」
(まさか…ザダクの街で起きたあの現象は…)
思わず口を塞いだ。
神官長は顔を歪ませるばかりだ。ワカナチは続けた。
「まァ、俺が見た限りではそれだけではなさそうだ。思えば旅先で雨に困ったことがない。おまけに、野犬に襲われそうになった時は雷鳴に助けられた。もし容易にそんなことができるなら、本気になればそれはそれは…」
「そんなもの、ただ偶然の…」
「さァて、本当に偶然なのか」
猛獣のような目で睨んだまま、神官長は口元を振るわせる。
銃口は常に老人に向けられている。
「この神殿は、光と植物がなくてはやがて朽ち果てていくぜ」
「まさか」
「心当たりがあるんじゃないか?リーリエがいなくなってから、神殿の植物達の元気がないはずだ。いずれ枯れてしまうかもしれないぞ」
「そんなことは…」
「そんなことはない、本当にそうか?どんなにものすごい武器を手に入れたって、自然の力を操る者には抗えない。そんな力を持つ者を、おちおち王城に送るわけにはいかねぇわな。手元に置いて飼い慣らした方が都合がいい」
「くっ…」
ここにきて、初めて神官長がワカナチから目線を逸らせた。
「俺がアンタだったらこうするね。抱いた男を傀儡にするラピを王城に送り、自然を操るリーリエは神殿側の最終兵器にする」
「いつまでも…ペラペラとつまらん話をするのぉ」
二人は再び無言で睨み合った。
ワカナチは蔑むような暗い笑顔になる。
「……アンタらの誤算は、リーリエが穢れない純粋な心を持っていたことだ」
「強大な武器は、手元にないならそれはただの脅威だ」
「それが本音か」
「リーリエの言葉を奪ってしまえば恐ろしいことなぞ一つも…」
「ああ、そうだ。アンタたちの誤算はもう一つ。リーリエが意のままに操る自然は、言葉ではなく心で操っているということだ」
「なに!?」
「言っただろう?旅の途中で雨に困ることなどなかったと。つまり現在進行形でリーリエは力を使っているんだよ」
老人は、今まで生きてきた中で一番ショックを受けたような顔をした。隆起した筋肉は萎み、しおしおと枯れていく。
「あ、有り得ん!!」
「アンタは見たんだろうな、リーリエの言葉をもって天候が変わり、植物が実るのを…。心で意のままにできるなら、わざわざなぜって思ってるんだろ?アンタらには一生理解できねぇよ。リーリエの美しい心の内は」
「…リーリエはどこにいる!あれを王城に渡すわけにはいかん!連れ戻せ!!」
「安心しろ、俺があいつをどこぞにやるわけねぇだろ。そもそも居場所は死んでも教えねぇ」
「国中くまなく探せ!!!鼠の毛を分けてでも見逃すな!!」
神官達はお互いを見合って肩を落とした。神官長が不利な体勢に転じたことで、見るからに士気が下がりきっている。
「何をしている!!!今すぐ取り掛かれ!!」
「何をそんなに焦る?昔のアンタはもうちょっとマシだったはずだぜ?」
「わ、儂はもう長くない…神殿が落ちぶれていく中、死ぬのは嫌だ…うぅ…」
「はあ?何言って…」
「あの…あの喝采を…。神官長就任式の時のような…羨望の眼差しを。人々がみな儂に救いを求め手を伸べて、儂が死後の行き先を選別しているかのような高揚感が…」
「おいおい、待て待て、遂にボケたか?」
「あの時確かに!!!儂は神だった!!!!!」
ビリビリと空気が振動する。それほどの覇気。
ワカナチははあ、とため息をついた。ぽりぽりと頭を掻いて老人の耳元でぽつりと何かを呟く。
枯れてしまった瞼から、思い切り目を剥いて天を見上げると、ワカナチの腕を取って自らに向けて引き金を引いた。
ガン!!!!!!
「っっっ!!!ジジイ!!!」
意表をつかれたのだろう、ワカナチは倒れ込んだ老人を受け止めるので精一杯だった。
「…意外とすぐ死なんもんじゃ」
「そうだな…苦しいか」
「ああ、苦しい。それに、痛い」
「いいか、よく聞け。アンタがしてきたことは全部無駄だ」
「無駄、か。果たしてそうかの。儂が死んだら、何百人もの神官達が儂を神格化してくれるぞ。のう、お前達」
悲しむでもなく、ただ沈黙と困惑だけが場を支配していた。
「おい、お前達、なぜ返事をせんのだ。何も聞こえな」
呆けたような顔で固まったのを見て、絶命を知る。
ワカナチはゆっくり老人を横たえると、両手を合わせて拝んだ。
それからこちらをくるり向き直ると「帰るぞ」と言った。
「ワ、ワカナチ…?」
「どういうカラクリなのか知らねぇけど、ジジイが死んだ今、リーリエの言葉を戻す術は分からなくなった」
「そんな…」
「安心しろ。街の奴らも、アンタのおーじサマも目覚めさせてやる。王族を敵に回すなんて大それたことはしたくねぇし?目覚めさせてやるから、不問にしろ」
ずんずん先を歩くワカナチを早足で追いかけた。
「そういうことじゃなくて…!」
「じゃあなんだよ。王太子妃様。アンタは王太子殿下の目が覚めればそれで良いだろ」
「良くない!!」
気がつくと、思い切りワカナチの頬を殴っていた。
「ってぇ」
「なんであなたってそう卑屈なの!?」
「うるせ」
「それにまだ、手立てがなくなったわけじゃ、ないわ」
「え?」
ほとんど泣きそうなワカナチの目を見つめる。
彼は意を決したように、パン!と両頬を叩いて、神官達の前に出ると叫んだ。
「おい、おめえら。ジジイの墓くらいちゃんと作れよ。全員くくり首だと思うけどな。…ったく、神職者が気持ちよく銃なんかぶっ放して王国の精鋭部隊を皆殺しとはな」
(恐らく、神殿は解体されるんだろう)
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