第33話神殿へ②
黒い塊のような影が、焚き火の火で鮮明になる。
よく見ればそれは、ヴェーダの村に出没し、ショップの店主夫妻を脅していた盗賊だった。
山を越え、ここまでやって来たのか、はたまた魔物が大人しくなった森を住処としているのだろうか。いずれにせよ、まともに生活しているようには見えなかった。
改心することもなく、ただ彷徨える亡霊と同じだ。直感でそう感じた。
「あら、あなた…魔物に喰われず無事だったのね…」
「お陰様でなあ、どっかのお人よしがあの後すぐに黄金時代を到来させてくれたんで、片腕だけで済んだ」
見れば男の右腕がなくなっている。恐らく、魔物に喰われたのだろう。
「…命まで取られなくて良かったじゃない。幸運に感謝することね」
「ああ。だが、この右腕の代償は…重い」
ブン、
信じられないほどのスピードで斧が振り下ろされた。
何とか避けたが、正直ギリギリだ。
(嘘…。片腕が、私のウエスト程もあるわ…)
初めて対峙した時より左腕が二回りも太くなっている。
森で格闘センスが磨かれたのだろうか、隻腕でもなんなく重量級の斧を扱っている。そうせざるを得なかったとはいえ、短期間で良くここまでと感心すらした。
「相変わらずすばしっこい奴だ。次は、ない」
「ふふ、泣いて懇願していた癖に。随分と尊大になったものね。その様子じゃあ、前と同じようなことをして暮らしているんでしょう」
剣を構えて盗賊と対峙する。パワーでは勝てないだろう。まだスピードでは私の方が上回るか。ならば、敢えて長期戦に持ち越して体力戦に持ち込むのも得策といえよう。
(どうする…?)
じりっと嫌な汗が頬を伝う。
その時だった。
酔っ払ったワカナチが、ふらりと私達の間合いに割って入ってきた。
「ちょっと!邪魔よ!どいて!!死にたいの?」
「…まあまあ、良いだろ。長い夜の暇つぶしにお手並み拝見させてくれよ」
「正気!?」
「言っただろ、飲むと強くなるって」
「だから、なんなのよ、それ…」
「…二人だけで盛り上がっちゃって、つまらんだろうが。俺も仲間に入れてくれよ」
「は、はあ!?」
呆気に取られていた私だったが、だんだんイライラとしてきたらしい盗賊が、構わず突進してきた。
「ごちゃごちゃうるせえ!!!死にたがり、まずはお前からだ!!」
ブォン!!
ワカナチは蹌踉ける様に斧を躱した。
勢い余った斧は、地面に突き刺さる。
「へえ?無茶苦茶な振り方の癖に、やたらと重い攻撃じゃないか」
その笑みには、余裕すら感じられる。
身体を半回転させ、紐の様にしなやかな脚で蹴り上げると、胸に正拳突きをお見舞いした。
決して早くない。けれど、あの蹴りや正拳突きは躱すのが難しいだろう。タイミングが絶妙なのだ。
「がっ!!!」
「おうおう、筋肉の割に脆いな」
盗賊は、膝をついて胸の辺りを押さえている。
息を吸うことも吐くこともできず、やがて白目を剥いて蹲っている盗賊目掛け、ワカナチが倒れ込む様に肘で地面に頭を押し込んだ。
ぴくぴくと痙攣している盗賊を縛り上げると、いつかの私みたいに彼を木に括り付けた。
「…こいつ、冒険者や旅人を襲っていたらしいな。見ろ」
盗賊は、左右で全く違う靴を履いていた。
二人して、思い切り嫌悪感を示す。
「…あなた、強いじゃない」
「ぐう…」
「え?ちょっと?」
「ぐう……ぐう……」
(…寝てる……!!!)
私の肩にもたれるようにして眠り始めてしまった。仕方なく、焚き火からほんの少しだけ離れたところにワカナチを寝かせる。
「全く、そんなになるまで飲むからだわ。次は加減してちょうだい」
すやすや眠っている顔の模様を、焚き火が怪しげに照らした。
その禍々しい謂れが頭の中でぐるぐるといつまでも回って消えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます