第7話 姫に憑依
「姫さま。そろそろ帰りましょう」
女房の一人が声をかける。
「そうね。いい買い物ができたわ。お母さまは喜んでくれるかしら」
いつもの感謝の気持ちを伝えるために、母親の好きなお饅頭を買いにきていた。
「もちろんでございます。きっとお喜びになられます」
「そうね。お母さまならきっと喜んでくれるわ。温かいうちにお渡ししなければ」
姫は饅頭の入った袋を大事に抱え、屋敷へと戻る。
いつものように町に来て買い物をして屋敷へと帰る。
そんな変わらない日常を終えるはずだったのに、突然現れた盗賊達に襲われ、その日常は簡単に壊された。
「おい。女共。騒ぐなよ。わかってるよな」
盗賊の一人が刀をちらつかせる。
姫と女房は怖くて声など出なかったが、言われた通りにしなくてはと思い、怯えながらも頷く。
「それでいい。俺たちの言うことさえ聞いていれば殺しはしない。ちゃんと家に帰れる。わかったな」
盗賊の言葉に彼女達は必死に頷く。
生きて帰れるのなら、家族の元に帰れるのなら、何でも言う通りにする。
そう思った。
だが、その思いは簡単に裏切られた。
盗賊達に言われた通り、金目のものは全て渡し、今日のことは誰にも言わないと約束までした。
最後にもう一つだけ言うことを聞けと言われたのだと言われるまま後をついていったのに、男達は目の前で女房を刺し殺した。
姫はその光景に酷く動揺して泣き叫ぶ。
盗賊達は姫の様子をみてゲラゲラと面白おかしく笑う。
一人の盗賊が姫に近づく。
姫は自分も殺されると思い、逃げようとするが腰が抜けて尻餅をついてしまう。
何とか逃げようと必死に手足を動かすが、歩ける人間と歩けない人間では、移動距離が全然違う。
姫はあっという間に捕まった。
姫は「離してください」「言うことを聞けば殺さないと言ったではありませんか」「誰か助けて」と繰り返し叫んだが、誰も現れなかった。
そんな姫をみて暫く盗賊達は笑っていたが、飽きたのか瀧から突き落とし、上から必死に助かろうとする姫の姿を見て笑っていた。
姫が水の中に完全に入るとそこから離れていった。
姫は水の中に沈んでいく途中でも何とか助かろうともがいたが着物が重くて上に上がれず、力尽き果てそのまま命を落とした。
さっき流れた光景を思い出し、私は頭を抱える。
「はぁ。私にどうしろって言うのよ」
この世界に来た理由も、姫の体に入った理由もわからない以上、どうすればいいかわからない。
お手上げ状態だ。
これ以上考えたくなくて眠りにつくことにしたが、試しに寝ている間に姫の記憶を覗けないか試してみることにした。
他人の記憶を許可なくみるのは同義に反したいるし、本当はやりたくないが、どれくらいの期間この体で過ごすかわからない以上、そんなことを言っている場合ではない。
姫には心の中できちんと謝罪をし、記憶を覗くための術を発動させ、そのまま眠りにつく。
※※※
「……クソッタレ!思った以上に最悪な世界にきたみたいね」
楓は姫の記憶を覗いて、ここが元の世界とは違う世界であることを知った。
ただ、厄介なことにこの世界は妖が人間に見えるのが普通で共存している世界だった。
妖を知らない人間なら、漫画みたいで夢のような世界だと思うかもしれない。
妖を知っている人間なら、これがどれだけ残酷な世界なのか言うまでもない。
全ての妖が害なす存在でない。
仲良くなれる者たちがいることは知っている。
だが、決して全てではない。
なかには悪意を持った者たちだっている。
姫の記憶にもそういった妖はいた。
そういった者たちが悪意を人間達に向けたら、霊力を持たないもの、持っていても倒すだけの力がなければ、簡単に殺されてしまう。
見えなければそんな恐怖を感じることはない。
だが見えてしまえば、一度でもその光景をみてしまえば、二度と普通の生活には戻れない。
人間だって人間を殺す。
だが、レベルが違う。
悪意を持った妖の攻撃は想像を絶するほど残酷なものだ。
この世界が必ずそうとは言いきれないが、それでも楓はここを最悪な世界だと思わずにはいられなかった。
初めて妖に殺された人の死体をみたときの光景が甦った。
自分でもわかるくらい顔から表情がなくなっていくのを感じた。
「こんなとこ、さっさと出ていってやる」
※※※
2年後。
あれからあっという間に月日が流れた。
あの日、この世界に来た日、楓は早く元の世界に戻りたいと強く思っていた。
それは嘘ではない。
だが次の日、姫の両親に会ってその考えが少し揺らいでしまった。
生まれて初めて家族の温もりを知った。
これは自分ではなく姫に向けてのものだとわかっていたが、あまりにも温かくてもう少しだけ味わっていたかった。
そうして一日、もう一日と過ごしていると、あっという間に半年が過ぎた。
さすがにこれ以上は駄目だ。
体の持ち主はもう死んでいるからといって私が使っていいわけではない。
そう思い、元の世界に帰る方法を探した。
だが、手がかりさえ全然見つけられなかった。
唯一の手がかりはこの世界にくる前にみた紙に書かれた陣だが、それがなにかすらわからなかった。
手がかりを一向に見つけられず、気づけばこの世界で2年過ごしていた。
姫の体は17歳になった。
楓はこの世界にきて一度も霊力を使わなかった。
理由は一つ。
姫は霊力を持たない人間だったからだ。
この世界では、歳をとっていきなり霊力が使えるようになる人もいたみたいだが、楓は姫の姉が面倒で関わるのが嫌で持ってないフリをすることにした。
姫の家族構成は、父、母、姉、の四人家族だ。
元の世界では楓が姉だったが、この世界では妹のため最初は違和感しかなくて気持ち悪かった。
慣れれば平気になったが。
姫の家両親は私の両親とは違い、とても優しく愛情深い人達だ。
楓は姫の両親が好きだ。
もし二人に何かあればどんな手を使ってでも助けたいと思うほどには。
だが、姫の姉は違う。
もし、姫の両親と同じ状況になったとしても姉は見捨てる。
諦める。
'はっきり言って私は姫の姉が大嫌いだ'
自分の妹と同じくらい大嫌いだ。
顔をボコボコに殴って原型がわからなくしたいほどに。
なぜ嫌いなのか?と聞かれればこう答える。
クズだから、と。
姫の姉は人として終わっているとしか言いようがないくらいクズだ。
自分より弱い相手には人間扱いなどしない。
実の妹にでさえ、そんな扱いをしていた。
姫が両親の傷つく顔を見たくないから言わないとわかった上で虐めている。
姉は姫の両親の前では完璧にいい子を演じる。
絶対にボロなど出さない。
本当にムカつく女だ。
この世界にきた最初の頃はムカつき過ぎてバレないようやり返していたが、そのせいで関係ない女房達が八つ当たりされていると知りやめた。
妖達の嫌らしい攻撃に比べたら可愛いものだから我慢できる、そう思って耐えていた。
実際、楓にとっては大したことではないので余裕で耐えられた。
ただ、他の者達は耐えられない者が多く、何人もの人が泣いた。
さすがにこれ以上は見過ごせないと思い、姫の父親にこう進言した。
「もうすぐ姉さまは妖達の后候補の一人として収集されます。姉さまならきっと后に選ばれるでしょう。ですが、私は心配なのです。姉さまに何かあったら、と思うと怖くて最近では眠れません。お父さま。どうか、お願いです。姉さまに、もしものことがあったとき自分の身は自分で守れるよう護身術を習ってもらうべきだと思うのです。収集まであと半年ですが、今からでも 琳洞院(りんとういん)で修行させましょう」
琳洞院。
それはこの世界で最も厳しい環境と言われる場所だ。
ここで修行すればどんな者でも強くなると有名だ。
だが、ここにはもう一つ別の目的もある。
手に負えない者や人を虐めて楽しむ者、そういった者たちを正しい道へと導く場所である。
貴族の子がここに入れられると周囲からどっちの目的で入れられたのだと好奇の目で見られる。
そのことを姫の父親が知らないはずもないが、妹の涙ながらの訴えに「確かに、そうだな」と納得し修行させることに決めた。
姉は「嫌だ」と散々駄々を捏ねていたが、両親の前ではいい子ちゃんでいたので最終的にはそれが仇となり行くしかなくなった。
楓は「ざまぁーみろ」と思いながら、嘘泣きしながら姉を見送った。
姉が消えた5月間は、穏やかで幸せだった。
后候補の収集まで1ヶ月をきった。
皇宮から手紙が届き、もう姉が帰ってくる時期かと憂鬱になる。
2週間後に帰ってくるが、どうせすぐにまたいなくなるので、2週間過ごすくらいなら大丈夫だろうと無理矢理自分を納得させた。
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