05
「寒いわねえ……」
「あともう少しの我慢」
「そうね、日付が変わったらあんたの家に直行よ」
真夜中なのに二人きりなのは年内最後の日に文平が弱ってしまったからだ。
いまこうして外にいるだけでそれ以外の時間はずっと長村家にいたぐらい。
一番困ったのはその状態でも付いてこようとしたこと、ただ弱っていたから物理的に止めるのは余裕だったけど。
「夜中に出ることってほとんどないからわくわくするわね」
「僕は何度かある、座ってぼうっとしていた」
「は? あんたそんな危ないことはやめなさいよ」
「たまにはそうしたくなるときもある」
外にいるとはいっても近くのコンビニまで歩いたり、家から近い場所で休んだりしていただけだから危険なことはなにもない。
寧ろフードを被って歩いていたから僕を目撃することになった向こうが驚くと思う。
「昔の僕はヤンキーだった」
「あ、いまのを聞いてすぐに嘘だと分かったわ」
「ふっ、昔の僕を知ったときに同じことを言えたら立派なものだがね」
「や、キャラが壊れているわよ? 本当は暗いところが苦手とか?」
「全くない、それどころか夜行性」
は言いすぎだとしてもやはり暗いところが苦手なんてことはない。
冬の現在なんて少し遊んでいれば暗くなるのにこうしてピンピンしていることからも分かってもらえるはずだ。
「え、その割にはさっさと寝るじゃない、泊まってくれても全然話せなくて寂しいぐらいなんだけど」
「夜行性なのと早寝早起きが大事なのは変わらない」
「それでも泊まっているときぐらいは合わせなさいよ」
「それなら今度はそうする」
あ、話している間に終わりが近づいてきた。
なんとなくくっつきたくなってくっついてみると「甘えん坊ね、小さい頃だってそんな風にはしなかったわ」と言いながらも抱きしめ返してくれた。
「変わるわね」
「ん」
朝日と違って明るくなったりはしないから変わったら挨拶をして歩き始めた。
というか、残りたくても残れなかったと言う方が正しい、それはもうガチ歩きだった。
「ふぅ~これであとは朝まで起きておくだけねえ」
「本当に長村家に戻らなくていい?」
「いいのいいの、いまあっちにいたってお兄ちゃんになにかしてあげられるってわけじゃないんだからね」
風邪で弱っているときこそ大好きな彼女にいてもらいたいはずとまで考えて、強制的に歩くことになっていたとはいえ家に上げてしまっているわけだから意味はないと片付けた。
ただどうせ戻りたくなるだろうからそのタイミングでちゃっかり上がらせてもらえばいい。
「先にお菓子や飲み物を買って置いておいて正解だったわね。コンビニが開いているとはいえ、流石に夜中に買う自信はなかったから」
「僕も」
前にも言ったように真夜中に外にいたことはあってもお店に寄ったことなんかは一度もなかった、だからできるのは自動販売機で飲み物を買うぐらいだ。
「それにあんたが補導されそうだからね」
「それなら結局風美も巻き込まれる」
「や、そうだけどあんたは……なんか小学生みたいだし」
「成長したかった……」
そうすれば文平ももっと影響を受けていたに違いない。
まあ、本当のところは妹の彼女相手に一生懸命になってくれればそれでいいけど、一度ぐらいはそういう目で見られたかったということだ。
男の子に生まれてきていたらこんなことを考えなくて済んだものの、そうではないのだから当然そのような願望は僕の中に存在している。
「そ、そんなにショックを受けたの? 見た目はともかくちゃんと高校生なんだから自信を持ちなさい」
「くっついてもいい?」
「自由にしてくれればいいから傷つかないでちょうだい」
大丈夫、自分が他の子と比べて小さいとか成長していないとかはちゃんと逃避せずに認めているから。
というか、こんな感じなのに強がったところで虚しさしか出てこないのだ。
「帰った頃には治っているかしら」
「分からない、だけど付いていく」
「ま、うるさい親じゃないからお正月でも気にせずに来てくれた方がいいわね、効果があると思うの」
「でも、朝からいたのに駄目だった」
「そりゃ当日は仕方がないわよ、数時間とかで治るものでもないしね」
まあ……そうか。
僕なんか二日経っても治らなくてずっとひっくり返っていたことがある。
「んーなんかお兄ちゃんのことを話していたら会いたくなってしまったわ、こっちを選んだのは間違いだったかしら」
「いまからいく?」
「あんたには悪いけどそうね、いきましょ」
買っておいたお菓子やジュースも忘れずに持って長村家へ、そうしたらリビングのソファで弱っている文平がいて少し呆れた、多分それは彼女的にもそうだったと思う。
「はぁ、ここに運ぶのも大変ね」
「だけどここなら布団がある」
「そうね。さ、ここにいてあげるからもう出るのはなしよ」
本人は完全にぐたあとなっているから出ていく元気もないはずだ。
いまは静かに彼女を見ているだけ、なにか言いたいことがあるなら言うしかない。
「……寒かっただろ? 二人こそちゃんと布団なんかを掛けておいた方がいい」
「や、外の寒さよりもお兄ちゃんが馬鹿なことをやっていたことで冷えたんだけど」
「ああ……部屋だとなんか寝られなくてな」
弱っているときにうろうろしたことがあるから気持ちは分かった。
重症ではない限り、そういうときは逆に動きたくなるものなのだ。
移動したところに誰かがいてくれればもっといい、移してしまうことを考えるとあれだけど結局は人の温かさに助けられている。
「ずっとあたし達がいたからでしょ」
「ああ、間違いなくそうだ」
「でも、いまはあたし達もいるんだから安心して寝なさい」
ただ、今度は僕達がいるということで寝られなさそうだ。
「文平、手を握っていてあげる」
「おお……って、今更だけど移したら嫌だからな……」
「気にしなくていい」
ついでに横に寝転んで目を閉じる。
彼女も寝たらどうかと誘ってみたら「仕方がないわね」と横に寝転んだ、ノリがよかった。
直前まで眠気がきていなくても寝転んでおけばなんとかなるもので、気づいたときには朝だった。
多分、文平にとってはいいお手本になれたと思う。
「よく寝た」
「……俺もだ、そのおかげで回復した」
「よかった、文平と風美には元気でいてほしい」
「久我のおかげだ、だからちょっと付いてきてくれないか?」
「ん」
と、付いていきたいところだけど歯を磨いていない状態だから一旦帰ることにした。
問題だったのは彼も付いてきたこと、回復したとはいってもいつものようにやりすぎてしまえばまた弱ってしまうから困った。
「ほい、チョコレート」
「これをあげたかった?」
チョコレート、ありがたいけど子ども扱いされている感じがする。
だけどやっぱりどう見ても大人という感じはしないから受け入れるしかないのが現実だ。
「そう、だから歯を磨くために出てくれたのは助かるな」
「僕としては大人しくできていなくて呆れる」
何度もするのは駄目だ、一回だけならありかもしれないけどそういうことになる。
あまりに自由にしすぎれば弱っているときだって一緒にいてくれはしなくなるのだ。
「はははっ、まあそう言ってくれるなっ。ずっと寝転んでいてつまらなかったんだよ、だから一緒に歩けてよかった」
風美にしすぎて異性に触れることも余裕らしい。
これはいいことと言っていいのかどうか、僕みたいに受け入れられる人間ばかりではないから気を付けた方がいいと思う。
仲が良くなる前にしてしまって仲を深めることすらもできなくなったら悲しいだろうし、少し気を付けるだけで避けられるのだからちゃんと考えて動くべきだ。
「また頭を撫でてきた、お気に入り?」
「そうだな、久我の頭は丁度撫でやすいんだよ」
「僕にはいいけど他の人には気を付けた方がいい、下手をしたらパチンとやられる可能性がある」
叩かれてうわーんうわーんと泣いている彼を慰めるところを想像するとなんとも言えない気持ちになる、嫌ではないけど……という感じだった。
「元々、久我や風美以外にはしないぞ」
確かに他の異性といるところを見たことがないから大丈夫か。
「よし、風美が起きる前に戻るか」
「初朝ご飯を作る、文平も食べて」
あっちでお世話になるよりもこれの方がいい。
遊ぶのは家でゆっくりご飯を食べてからでいい、それとちゃんと食べておかなければ元気も出ないから必要だった。
「おっ、いいな!」
「なんでそんなにハイテンション? 出せても普通レベル」
「そりゃ腹が減っているからだな、あとは誰かが作ってくれたら嬉しいだろ」
「僕が作る側だからよく分からない」
「ま、俺としてはありがたいから頼むよ」
だからそれは自分から言い出しているわけだから作る。
まあ、文句を言われているわけではないからあくまでフラットなまま作り終えた。
白米とお味噌汁と目玉焼きだ、僕は基本的にパンは食べないからそこは我慢をしてもらうしかない。
「やっぱりいいよなあ」
「雑煮とかの話? そういうのはあんまり食べない」
両親は雑煮が大好きだけど僕がいつも食べるのは焼き餅だった。
理由は単純、ブニョブニョよりもカリカリしていた方が美味しいから。
当たり前の話だけど強制してくることもすることもないから僕はこれから先も正月はずっとこうだ。
「違うよ、こう朝ご飯! って感じがしていいだろ?」
「卵焼きの日もある」
「そっちもいいな、だけど今度は俺が作ってやるよ」
「文平は食べる専門だったはず」
風美もそのことで愚痴を言っていたから勝手な妄想とはならない。
とはいえ、全く手伝わないわけでもないからいまでも普通に仲良くやれているのだろう。
「流石に風美にやってもらってばかりもやばいから俺もできるようにしてあるよ」
「それならここでやってほしい、食材を多く消費することになるのは気になる」
「お、俺に刺さるんだけど……」
「こっちの分は気にしなくていい」
友達ができたらどんどん家に連れていって一緒にご飯を食べたりすればいいと両親が言ってくれているのだから大丈夫だ。
そこは上手く片付けてほしかった。
「お、来たのね」
「一日ぶり」
掃除をしていたときに風美からメッセージがきたのがきっかけだった。
彼女はこちらの頭に手を置いてから「お兄ちゃんが廃人みたいになっちゃっているからあんたの力が必要だったのよ」と言っているけどそれも書かれていたことだ。
「アプリでやり取りをしていたけどそのときは廃人みたいではなかった」
「多分、あんたと直接話したかったんでしょうね」
「一日はそれなりにいたから違うはず」
結局、夕方近くまでここでゆっくりさせてもらったのだからそうだ。
僕となんて十分も話せれば十分だ、もっとも、風美が言っている通りとはやっぱり思えないからそんなことはそもそも関係ないけど。
「じゃあなに?」
「風美が相手をしてくれないから」
「や、それこそあんたなんかよりも一緒にいるじゃない」
「それならやる気が出ない日の可能性あり」
そういうときはとことん休めばいい、なにかやらなければならないとき以外はなにかを言われる謂れはない。
「これが証拠よ」
「分かった、冬休みが終わるからで確定」
「あ、それはあるわね」
去年とかと違って一緒にいられる時間も多かったから僕でも似たような状態だった。
夏休みと比べてこんなに短いのはと文句も言いたくなるけど、多分こちらが増えたら向こうが減るから我慢をするしかないのが現実だけど。
「……聞いてくれるか久我よ」
「ん」
「友達が彼女できたって何度もしつこくメッセージを送ってきてな、さっきまで寝られなかったんだ」
彼氏とか彼女とかみんなはそういうことで忙しいらしい。
「全然違った」
「そうね。それにしてもお兄ちゃんに彼女ができたことで朝まで盛り上がってほしいところね」
「そうしたら風美が泣く」
うわーんうわーんと泣いている風美を見ることになるのも微妙だからそうなる前になんとかしたいところだ。
ただ? こういうタイプは必死に隠そうとしそうだから違う点の方を気にしなければならないのかもしれない。
「言ってもらえなかったらそうかもしれないわね」
「あれ、『や、あたしとお兄ちゃんは兄妹じゃない』と言うと思ったのに言わなかった」
文平と同じで僕に大甘状態になってしまったということなら……いいのかどうかは分からない。
誰か一人はちゃんと注意してくれないと困るのだ、そうでもなければただただ調子に乗る恥ずかしい僕が爆誕する。
「だからこそよ、ちゃんと教えてほしいじゃない?」
「こうなったら僕も教えてもらいたい」
僕の応援に効果があるかどうかは置いておくとして、そういうことすらもできないままで終わるのは嫌だった。
それにそういう話を聞いたところで邪魔なんかはしないから安心してもらいたい。
「彼女とかいないから言えないぞ」
「こそこそと仲を深めている子とかいないの?」
「それなら久我だな」
こそこそ? 僕らは堂々と一緒に時間を重ねていっていると思うけど。
「あ、確かに、正月のときも二人で消えていたりしたものね。というか、吹雪のこと名前で呼べばよくない?」
「久我はどうなんだ?」
「僕はすぐに風美の真似をすると思った」
どこまでも似た者兄妹だから――って、風美に対してだって頼んだようなものだからそうはならないかと片付ける。
そもそも文平の中に名前で呼びたいという気持ちがなければ……今更になって自惚れすぎて恥ずかしくなってきてしまった。
「まあ、流石にそこは許可してくれないと無理だぞ。でも、久我がいいならいいのかもな」
「このまま恥ずかしい人間にならなくて済むのならありがたい」
「「恥ずかしい人間?」」
「こっちの話。とにかく、文平の好きにしてくれればいい」
「それなら吹雪って名前で呼ぶわ、吹雪も俺のことを名前で呼んでいるしな」
そうか、これまでが一方的なような感じか。
それでもこれでより友達のように見えていいのではないだろうか。
呼ばれたからだけどここにきてよかったとそう思った。
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