三十二日目

 何もやることが無くて、ゲームばかりしていた。ブロックでできた3Dの世界を、ただひたすらに、掘って掘って掘りまくっていた。

 夕方になって、母親に買い物に誘われた。

 この女は、自分から「買い物行かない?」と聞いたくせに、行かないとなぜかわざとらしくふてくされるので、俺は半強制的についていった。

 俺は車の中で、昨日の社会の授業の内容を話してみた。

 今思うと、間違いだった。

「あのー、なんだっけ、昨日さ、ほんとは遠足行く予定だったから、社会の先生だけ授業の準備、できてなかったんよ。だから、自習になったんだけど、先生が突然、『働き方改革って知ってっか?』みたいに聞いてきて、知らないって言うと、そっから先生熱く語り始めちゃって」

「へぇー、あの禿げた先生でしょ」

「そう。なんか、日本の経済が悪くなってんのはこれのせいだ、って言って、GDP? も四位になっちゃったんだー、って」

「まあ、それはそうかもね」

 母親は、いつもヘラヘラ話す時と違って、真面目な評論家のような、少しお堅い感じになっているように見えた。

「ってか、そもそももう、かーちゃんは日本はこと先進国じゃないと思ってるから」

 母親は、家族でいる時は、自分のことを「かーちゃん」と呼ぶ。

 俺が母ちゃんと呼び始めると、母親が「かおり」という自分の名前を、ニックネームで可愛く呼んでいると勘違いしたのだろう。

 俺は母親の名前なんか覚えていなかったので、母親が自分のこと母親だと名乗っているようで、最初は不思議に思った。ちなみに、父親のことははずっとパパと呼んでいる。

「第一、戦争で負けた時点で、アメリカより上に行けないのはほぼ確定してたでしょ。日本人はアメリカのような大国目指して頑張ろうってなってただけで、アメリカを追い抜いて世界一位目指そうってはなってなかったじゃん。だから、日本がアメリカと並んで先進工業国に選ばれた時、『ようやくここまで来たんだ!』って感傷に浸って、上を目指すのをやめちゃったんじゃない? そんで、オイルショックとかバブル崩壊とかでさらに――」

 喋り止まない彼女を見て、俺は、あぁ始まった、と思った。

 母親は自己紹介で、冗談交じりに「口から生まれた女」と名乗るほど、おしゃべりだ。喋りすぎて、この前医者から、喉が腫れてるからあんまり喋るなと言われたほどだった。

 映画オタクといい、この女といい、何故こんなに喋りたがるのだろうか。

 ショッピングをしていた間も、

「あー豚肉って家に無かったっけ。うーん、ここのやつ脂ばっかだからなー。んで、なんだっけ、そう、ヨーロッパの方は、社会保障とかがしっかりしてたり、あと、EUっていう、なんていうか……」

「協定?」

「っていうか、国際組織、ってやつ? そのー、隣の国同士で仲良くしていきましょう的に約束して、取り引きを安くできたりするわけ。えーっとぉ、卵無かったっけ。まあ、無いよりあった方がいいだろ!……まあ、そーゆーのがあったりするから、ドイツとかイギリスとかが経済力で日本より上に来れちゃうわけ。んで、えっと……」

といった具合で、独り言と話の続きを織り交ぜながら、口を動かし続けていた。

 はっきり言って、鬱陶しかった。

 単純に五月蝿いし、自分の意見を求めていないでとにかく喋りたいだけって感じがして、不愉快だった。

 これが俗に言う、「接待」ってやつなのかもしれないと思ったりもした。

 自分の思ったことを口から出さずに殺して、相手を心地よくさせる、面倒な仕事。父親が飲み会から帰ったあとに、しょっちゅう話を聞いていた。

 社会に出たら、毎日のようにこういうことをしなければいけないと考えると、なんだか、大人の凄さを改めて知ったような気がした。

 きっと母親も、会社での接待で鬱憤が溜まっているのだろう。

 しょうがないなと思いつつ、俺は帰り際になってから、彼女のトークに相づちを打ち始めた。

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