十七日目

 小さい頃、自分の妹には俺のような男性器が付いていなかったので、排尿の仕組みがどうなっているのか気になったことがあった。結局詳しいことはあまり分からなかったが、俺はかなり熱心に、風呂場で妹の女性器を観察したりしていた記憶きおくがある。

 俺がこの時に興味を持ったのはオスメスの区分であって、男女の区分では無いのだと思う。

 今でも、男女という区分についてはあまりよく分からなかった。

 生殖器の違い、ホルモンバランスの違い、遺伝子的な違いは認識出来ても、俺の中ではそれらの違いは、同じ人間としての区分を逸脱いつだつすることは無かった。つまり、俺にとって男女の違いを分類することは、髪の色の違いで人間を分類するのと何ら変わりないのだ。

 そして、「付き合う」という概念については、それ以上によく分からなかった。

 そもそも、男女の分類を遺伝子的に予測している(しかもよく間違える)ような状態で、異性を見分けることが出来るとは思えなかった。しかもその上で、自分の好みと照らし合わせた異性を選んで、なおかつ上手くコミュニケーションを取り続けなければならないのだから、自分には到底理解出来ない、たどり着けない領域だと思っていた。

 今回の賭けで、俺は強制的に「彼女」というものを獲得したのだから、むしろこれは、俺にとってはいいことなのかもしれない。

 まあ、桜は知らないうちに勝手に巻き込まれたのだから、少し不憫ふびんな気もするが。




 昨日の帰り際に、ゆうかから呼び出しを食らった。

「お前らよぉ、彼氏彼女なんだからもっと話せや」

 どうやら、俺と桜の距離感が遠すぎて、お世辞にも付き合っているとは言えないそうだ。ゆうかはそれから、ものすごい勢いでダメ出しをしてきた。

「相手の顔みて話せや」

「そもそも腹から声出せや聞こえねえんだよ」

「それに素っ気ねぇ返事すんじゃねえよやる気あんのか?」

 正直、ひとつひとつが俺にとっては耳の痛いものだった。

 賭けにボロ負けした以上は、ばつをきっちりと受けるつもりだったが、ここへ来て自分のコミュニケーション能力の無さがりになってきたような気がした。

 言い訳のようだが、付き合うことにあちら側が乗り気じゃないような気がして、今でも俺は距離感を測りかねている、というのが本音だった。

 こいつは、カップルになれば俺と桜がもっと仲良く喋るようになるだろうと思って、あの賭けを思いついたのだろうか?

「男なんだからあっちをリードしてかねぇと情けねぇぞ?」

「お前、何企んでんだ?」

 俺はマシンガンのような言葉の雨の合間をって、さぐりを入れた。今のうちに、こいつが何を考えているのかはっきりさせたかったのだ。

「はぁ?」

 そいつはあからさまにあきれたような顔をして、それから、それまでよりも強い口調で言った。

「あのなぁ、お前に探りを入れられる筋合い無ぇと思うんだけど。それに、なんか企んでんのはお前の方じゃねえのか?」

 俺には、心当たりが無かった。

 ただ、もはや俺自身も、自分が何を企んでいるのか分からなかった。二人を見て、日々を過ごしているうちに、実は俺の頭の中はめちゃめちゃに荒らされてしまっていたのだろうか。

「どうだろう」

 俺ははぐらかすように答えた。

 確かに言ったことを噛みしめるように、自分の声が頭の中で反響していた。

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