十日目

 今日は、数学の小テストがあった。

 これから月に一度のペースで、生徒の理解度を測るために行うそうだ。

 問題は十問で、ほとんどは数学とも呼べないような基礎問題だったので、配られてから一分ほどで片付いてしまった。あとの時間はひまだったので寝たフリしていたのだが、終わりぎわになって最後の問題が少し気になった。

(-1)÷0

 問題文は、これだけだった。

 俺は当然、「0」と答えていた。0を掛けたら0になるんだから、0で割っても0に決まってると思ったのだ。

 十分経って、テスト終了。

 後ろからテスト用紙をまわしてきてもらうことになって、俺は桜から紙の束を受け取った。

 そして、こっそりと桜の回答を見てみた。特に十問目。俺の回答があってるかどうか、確認したかったのだ。

 覗いたら、不意にそのまま固まってしまった。時が止まったように、目が釘付けになって、動けなかった。

 前の人に肩を軽く叩かれて、ようやく俺の中で止まっていた時が動き出した。あわてて自分の回答を束の上に乗せて、前の人に差し出す。

 俺は、目に焼き付いたままの桜の回答を、頭の中で反芻はんすうした。

「わかんない」

 一言、そう書いてあったのだ。

 ……わかんない?

 例えそうだったとしても、何か書くべきじゃないのか? 

 俺はいよいよ、後ろの人間が不気味なオーラをまとって、俺の事を威圧いあつしているように感じた。いや、人間あいつらとは違った、もはや理解不能な別の生き物なのかもしれない。




 テストを回収し終わった先生が、解説をし始めた。

 一番から七番までの基礎問題は、答えをサクッと言って、「ここは教科書通り」と言いつつ解説を入れていた。まだひと月ちょっとしか教えてもらっていないけど、例え話にして教えるのが上手くて、わかりやすい先生だと思っている。

 八番、九番は絶対値の問題の応用で、絶対値が8の数は? 絶対値がπの数は? といったものだった。

 同じ数字や記号でも、プラスとマイナス、それぞれから絶対値をとるので、答えが二つ出てくるのだそう(解説で先生が言っていた)。あまり考えすぎずに、そういうものだと割り切っていたので、解説を聞いて、少しだけ分かったような気がした。

「最後に、これ」

 そして先生は、十問目の問題を黒板に書き出した。

(-1)÷0

「先に答え言うけど、これは、『定義されない』が正解ね」

 ??????

 俺の頭の中は「?」でいっぱいになった。

「なんでって言うと、じゃあ、例えば、これが出来るとしよう。すると、マイナス1割る0だから、マイナスの0分の1になるな?」

 はい、と言う代わりに、俺は大きくうなずいた。

「じゃあ、これに0を掛けると、どうなる?

 分母の0と打ち消し合うから、1になるよな? でも、小学校の時、0に何掛けても0だって言われたから、掛けたら0か」

 ……あれ?

「あれっ? ってことは、1=0ってことになるなぁ」

 そう言って、先生は黒板に「1=0」と書いた。

「でも、1=0って、どう考えてもおかしくねぇ?

 ……ってなるから、0で割っちゃいけねーんだ。わかった?」

 俺は再び、大きく頷いた。

 なるほど、理にかなっている。

 俺は数十分前に安易な気持ちで「0」と書いたことをずかしく思った。

「ちなみに、僕が答案用紙をパッと見た感じ、当たってたのは…………永峯さんだけだね」

 え?

 振り返って、右斜め後ろの端っこの席にいるゆうかを見た。他の人、というかクラスに居た全員が、ほぼ同時にそっちを見る。

「いやー、たまたまっす」

 クラス中の視線を集めながら、ヘラヘラ笑って謙遜していたそいつは、やはり、桜とは違った不気味さを纏っていた。

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