第3話 振られた?

「シレネ。約束通り無事に帰ってきた。俺と結婚してくれ」


勇者として世界を救うため魔王を倒す旅に7年前に出た。


本当は自分の手で倒して帰ってきたかったが、先に倒されてしまった以上どうしようもできない。


シレネはただ無事に帰ってきてくれればそれでいい、と言っていたので問題ないだろうと約束通りプロポーズをする。


期待して彼女の言葉を待つが……


「は?ふざけてんの?あんたが魔王を倒すっていうから、英雄の嫁に興味があったからそう言っただけ。英雄でもなんでもない、あんたみたいなブサイクに本気なるわけないでしょう。結婚なんて死んでも無理だから!」


シレネは冷たい声で吐き捨てるように言うとその場から離れていく。


アンはいま自分に何が起きたのか理解できず、その場で放心状態になる。


2人のやり取りを遠く離れたところで見守っていたアンの仲間の3人はプロポーズに失敗した場面を見るや否それぞれ違った反応をする。


1人はお腹を抱えて笑い、1人は額に手を当て首を横に振り呆れたようにため息をつき、1人は必死に笑いを堪えようとして手と鼻を手で塞ぎ窒息死しそうになっていた。


暫くして呆れてため息を吐いていた戦士、ルドベキアがアンの肩に手を置き「大丈夫か?」と尋ねる。


「これが大丈夫に見えるか?」


アンは大粒の涙を流しながら逆に尋ねる。


「見えない」


ルドベキアは即答する。


「どうしてこうなったんだ!なにもかも全てあのクソ勇者一行のせいだ!!」


アンは泣き叫ぶ。


何度も拳で地面を叩き、魔王を倒した勇者一行を罵倒し始める。


「相変わらず不細工な顔ですね。元々不細工ですけど、泣き顔はドン引きするほどやばいです」


僧侶のアジュガが口元を手で覆いながら言う。


「ルー。どうにかしろ。五月蝿くて敵わん。そもそも、あの女がお前のこと好きじゃないってわかってだろう?今更何をそんなに泣く?」


魔法使いのシラーは容赦なく冷たい言葉を浴びせる。


「え?無理。てか、面倒くさい。放っておこう」


ルドベキアがそう言うと2人は「だな」と頷き、アンが泣き止むまで本当に放っておいた。


そもそも、何故約束していたのにアンがプロポーズに断られたかと言うと時は3ヶ月前まで遡る。




※※※




アンたちが魔王を倒す旅に出て7年目の秋。


北の国の端にある見捨てられた里で魔族に占領されているという噂を耳にした彼らは、退治しにその里を訪れていた。


噂は大抵尾ひれがついて大袈裟なことが多いが、今回はもっと大袈裟に言っても良かったくらいだ。


アンたちが里につくとそこにいた魔族は魔王の臣下の一人だった。


その魔族は臣下たちの中でも1、2を争うほどの残虐性で旅をするものの間では有名だ。


そこに住む人たちは皆、魔族の奴隷として働かされていた。


アンたちが目にした光景はとても言葉にすることなどできないほど残虐で目を背けてしまいたくなるほど酷かった。


彼らは魔族たちの仕打ちに怒りが込み上げ、一瞬でほとんどを殺してしまう。


僧侶のアジュガは戦闘に参加せず里の人たちの治療にあたった。


「貴様が勇者アンか?」


臣下は人間の王が座るような玉座に腰掛け、部下が殺されたのに慌てる素振りもなく余裕な態度のままアンを見据える。


「そうだが。何故お前が俺の名を知っている?さてはお前、俺のストーカーだな!やめろ!気持ち悪い!俺は男に興味はない!」


本気か冗談で言っているか誰にもわからない。


ただ仲間の3人は「はい。また自意識過剰が出た」と戦いながら心の中で思う。


アンが年上の男に好かれるのは本当だが、それは魔王を倒せる最有力候補であるからだ。


父親たちは自分の娘とアンを結婚させようと必死になっている。


理由は簡単だ。


魔王を倒した英雄と家族になれば、輝かしい栄光を義父と言う関係で恩恵を享受できるからだ。


だが、そんな父親たちの作戦は一度も成功したことがない。


鍵となる娘がアンと結婚するのを死ぬほど嫌がるためだ。


その度に勝手に巻き込まれて傷つけられたアンは毎回静かに涙を流す。


今回は人間でなく相手は魔族だが、可能性はゼロではないと思い、アンは念の為に確認した。


「俺も男に興味はない。ただ、お前が我ら魔王様直属72殺戮集団のうち37人の大魔族を殺した人間として有名なだけだ。貴様のような不細工につきまとうなどありえん。鏡見てから言え。不細工」


臣下の声は耳が腐るのではないかと思うほどの耳障りな声で気持ち悪くなるが、アンだけはそれどころではなかった。


怒りに震えていた。


'殺す!'


アンは剣を握り直す。


許せなかった。


不細工と言われたことよりも、気持ち悪い笑みを浮かべながら、さも自分は不細工ではないという口ぶりに。


「どう見ても、テメェの方が不細工だろうが!」


アンは一気に距離を詰め、臣下に斬りかかる。


'いや、どう見てもお前の方が不細工だろ!'


仲間の3人はアンの言葉につっこまずにはいられなかった。


臣下は遠くから見ても、とても美しい容姿をしているのがわかる。


今まで戦った魔王の臣下は全員容姿端麗だった。


今目の前にいる臣下は腰まである長い白髪に、太陽の光で輝きが増してさらに綺麗になった黄金の瞳、体型もスラっとしていて女性が1番好きな体型をしている。


見た目だけなら天使に見える。


もし、その容姿のまま人間として生まれていたら、間違いなく大勢の女性に慕われていただろう。




キンッ!


剣と剣がぶつかる。


'おいおいおい、まじかよ……'


臣下は剣など持っていなかったのに、アンが斬りかかった瞬間、魔法を発動させ大量の剣を異空間から取り出し操る。


剣がアンを殺そうと一斉に襲いかかる。


臣下は椅子から立ち上がることなく優雅にくつろぎながらアンの相手をする。


'この程度か'


同じ位の魔族が何十人も殺され警戒していたが、弱すぎて相手にならない。


それによくよく思い出してみれば、アンに倒された臣下はほとんどが臣下たちの中で弱い部類に入るものたちだった。


警戒しすぎたかと思ったそのとき、右頬に痛みが走った。


なんだ?


そう思って右頬を触るとヌルッとした感触がした。


手を確認すると指先が赤くなっていた。


臣下はすぐに血が出ているのだと理解するも、何故血が出ているのかは理解できなかった。


一体何が起きたんだ?


アンの方に視線を向けようとしたとき、またも痛みに襲われた。


今度は左腕に、右頬以上の深い傷を負わされた。


「ハッ。噂は嘘じゃないってか」


臣下は椅子から立ち上がり、本気で戦うことにした。


自分を傷つけたのがアン以外あり得ないと確信していたからだ。


だからこそ、美しさを誇る自分に傷をつけたのが許せず苦しめて殺すと決めた。


「安心しろ。お前は殺さない。お前は死ぬまで奴隷として苦しめてやる」


臣下は血走った目をして物騒なことを宣言しながら、大量の魔法を発動し攻撃を仕掛ける。


剣も一緒に操りながら攻撃する。


「できるもんなら、やってみな」


アンは不敵に笑いながら、攻撃を全て剣で斬る。

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