Daybreak after school

未条ヶ原 落陽

distance

いつもの放課後。

「じゃあね」と雫は手を振ると友人と一緒に教室を出て行く。小さな声で「またね」と言った俺の声は聞こえていたのだろうか。

 間宮 マミヤ シズクはいわゆる小さな頃からの幼馴染だった、明るく社交的で運動も勉強もできる彼女はどこへ行っても人気者だったのはいうまでもない。俺─坂本 サカモト ヨウはそんな彼女とは対照的に友人と呼べる人も少なく勉強も平均ちょい下くらいのパッとしないような人間だ。昔はずっと一緒に遊んでいた。中学に入ってからは男女ということもあり別のグループに入って話さなくなった。そこから次第に距離は広がって疎遠になっていた、だから高校が同じなのは俺にとって奇跡だった。この高校は俺の住んでいる地域だとそれなりの偏差値が高かったので入ったという経緯だが勉強した甲斐があった。

 俺は昔から雫のことがずっと好きだ。だけどそれを言う勇気がないままでいる。雫との関係は昔と比べると遠くなりつつあるが帰りの挨拶をするくらいかろうじて残っていた。俺がもし告白をすればそれすら無くなるかもしれない。どちらにせよこの関係は続かないかもしれない。俺にはそれがすごく怖かった。





「葉はさ〜いつ告白すんの?」

机を挟んで椅子に座り余計なことを言うこの男は俺の数少ない友人の笹塚 翔大ささづか しょうだいだ。こいつとは高校からの仲だが不思議と馬があっていた。

「しないよ、別に」

「はぁ〜そんなこと言ってると誰かに取られるぞ?てかもう付き合ってるんじゃね」

雫が誰かと付き合う

翔大の何気ない一言がひどく刺さる。確かに雫はとんでもなく可愛い、彼氏の一人や二人いるかもしれない

そう考えると──

「うっ…」

「おいおいそんな顔すんなよ」

翔大がニヤリと口を歪ませ笑う。人の気も知らないでなんてやつだ。

「てか今日間宮遅いな」 

「部活なんじゃないの」


雫はバスケ部に所属している。バスケのことはよくわからないがうちの学校は強いらしく毎日の朝練はするし外部からコーチを呼んでいたりとかなり気合いの入った部活のようだ。雫はそんなバスケ部の中でもエースで噂によると有名な大学からスカウトされているとかいう話をよく聞く。

スマホを見て時間を確認する、確かにこの時間はもう朝練は終わっているはずだ。まさか怪我でもしたんだろうか。

騒がしい教室の中でわずかに気分が悪くなっていく。ひどく仲間外れにされた気分だ。

「様子見てきたら?」

「それは、流石にキモいだろ…」

「確かにな」

目の前の邪悪な顔をぶん殴ってやりたいそう思っていた時だった。

「ねえ坂本くん、ちょっといい?」

肩をつんつんと叩かれて声の主の方を見る。

クラスメイトの宮地由香みやじ ゆかがそこにはいた。額には汗が浮かんでおりユニフォームのままだ。宮地は雫と同じ女子バスケ部で、俺が話しかけられるような人間ではないはずだ。

「どうしたの?宮地さん」

いきなりのことでびっくりしたがあくまで平静を装い答える

「ちょっと雫が体調悪いみたいでさ、坂本くん雫と家近いでしょ?」

雫の体調が悪いというワードを聞き驚く。心配が現実になってしまったらしい。

「もしかして家に送れってこと?」

「うん、そう。どうかな」宮地は亜麻色の髪を揺らし俺の目を見つめる。

「しず、間宮の両親とかは来れないの?」

「あーそれちょっときつそうなんだよね」

雫の両親は共働きだということは知っていた。もちろん無理だろうという気はしていた。ささやかな抵抗も失敗に終わる。

「いーじゃん送ってやれよ」

横から翔大が無邪気な声で追撃する。無関係だからってとんでもないやつだ。

「お願い!」

宮地が手を合わせて訴える、流石にこれはを断るの無理だろ。

「わかった、、荷物とかは」

「ありがとう荷物はあっちで─」

どうやら、やるしかないらしい


俺は荷物を持ち駆け足で保健室に向かう。

「すいません、間宮さんいますか」

保健の扉から少し体をのぞかせて言う

「君が間宮ちゃんを送ってくれる人?」

背もたれの大きい椅子に座って何かを書いている金髪の女性。日立先生が顔をあげ出迎える。

「はい。そうです」

「そこのベッドにいるよ」

日立先生が三つあるうちの一番手前のベッドまで案内する。

「じゃあよろしくね」

そういうとまた椅子に座って何かを書き始めた。


「間宮、体調どう?」

まずはカーテン越しに問いかけてみる。

「葉、きてくれたんだ、体調?悪いに決まってるよ」

少し息苦しそうな覇気のない声で雫は笑う。

「喋るのきついなら無理しないで、家に送って言われたんだけど動ける、、?」

「喋るくらいなら大丈夫だよ、うん行けるよ」

「ちょっと待ってて」と言いカーテンの中から雫が出てくる。

顔から首にかけて見える上気した肌が彼女の体調の悪さを物語っていた。

「本当に動いて、、大丈夫なの」

恐る恐る尋ねると、雫は「ううん大丈夫」と目を伏せ答える。大丈夫ではないような気がするが。俺は自分なりにとりあえずやれることをやろう。

「俺が、荷物持ってくから」

こう面と向かって話すのは久々かもしれない、最近は挨拶くらいしか交わしてなかった。平静を装うと言葉を紡ぎ出すがところどころで詰まる。最低限の会話でも緊張はする。

「…わかった」



学校を出てしばらく歩いただろうか、雫の家は学校からそこまで離れていないのでそろそろつくはずだ。どちらも喋らないので微妙に気まずい時間が今の今も続いている。

「ねえ、あのさ…」

学校から続く沈黙を破ったのは雫の方だった。

「…どうしたの」

「最近さ、てかずっと前から、、私のこと避けてない?」

予想外の言葉に思わず黙りこむ。俺は雫を避けてるという意識はなかったからだ。たしかに昔とは何もかもが変わり、面と向かって話すことも減っていて疎遠にはなっていた、だがそれは雫と俺とでは住む世界が違うからだ、仕方がないことだと割り切っていた。

「避けて、ない」

「…何その間」

静かなまっすぐな目が俺の目を捉える。

「昔と違って、あんま話すことがなくなった..だけじゃね…」

「わたしは、昔と違うとか思ってない。」

「違うよ、間宮と俺とでは全然」

まるで幼い子を叱るように雫の目は俺を捉え続けた。その圧に押されて上手く言い返せない。

「そのさ。間宮って呼び方も、やめてよ。昔は違かったじゃん」

「間宮と俺とでは今は立場が違うから..

「しずく、でしょ」 

「ま、」

「雫」

あくまで淡々と彼女は訂正する。ひたすら真顔なのが怖い。体調悪いんじゃなかったのか。

意見を曲げないところは昔から変わらないらしい。

「わかったよ、雫。」

「うん、そうじゃないと」

俺が名前を呼ぶと目が少し優しくなったような気がした

「体調悪いんだろ。静かにしてなよ」

「そうだね。」

そうして再び沈黙が訪れる。言い負かされたのは悔しいがさっきとは違って少しだけ懐かしかった。

「ついた」 

雫の家までもう着いてしまった。

当たり前だが雫の家は昔のままだった。二階建ての整った外観の一軒家だ。

「じゃあ俺はこれで」

そう言って学校に戻ろうと雫の家に背を向ける

「待って」

雫の手がブレザーの裾を掴む。その手は一度捕まえたら話さないと感じるように力強かった。一体どこからこんな力がでるんだよ。

「せっかくだしなんか飲んでいきなよ」

「いいよ、病人だろ、早く寝ろよ。学校、戻んないとだし」

「お願い、ちょっとだけ、葉と、もうちょっとだけ話したい、、、、から」

雫はブレザーを掴んで離さない、雫の顔は上気したままできつそうだしこれ以上雫を立たせているわけにもいかない、仕方ない。俺と話したいというのは意外だった。

「わかった、少しだけ」

「やった。」

淡く頬が緩んだ彼女に案内されるまま家の中に引き込まれた。


家に入るとすぐに雫がお茶を出そうとしたが仮にも病人にやらせるのは申し訳ないので、冷蔵庫にあるというお茶を二人分注いでリビングに戻る。

リビングは大きなテレビとその前にあるソファ、そして広めの黒のダイニングテーブルが設置してありいかにもリビングという感じだ。

昔何度か来たことがあるので多少の変化はあるが馴染みのある景色だ。

「お茶淹れてきたよ。」

間抜けな声が家に響いた、雫からの返事はない。

「あれ」

少しリビングを歩きまわり雫がソファで寝ていることに気が付く。

どうやら家に着いて安心して寝てしまったのか。まったくおれがいるのに警戒心のないやつだな。

さてどうするか、起こすわけにもいかないし少し考えよう。

 このまま寝かせたまま学校に戻るべきか

でも施錠はどうする?今のご時世鍵を開けたままはあぶないんじゃ。

だったら雫を起こすべきか?でもめちゃくちゃ気持ちよさそうに寝てるのを起こすのはよくないんじゃ、だったら雫が起きるまで待ってるか、いやさすがにそれはキモいな。

頭を巡らせれば巡らせるほど思考は溢れて行き詰まり否定し絡まり定まらない。

今の俺を翔大が見れば優柔不断とか女々しいとか言われるだろう。

「♪~~♪~」

判断がつかずにいると、突然軽快なギター音が響き静寂を破る。確かこの曲はRADWINPSの夢番地のサビか。音のもとはどうやら雫のスマホの発信音らしい。

さすがに俺が出るわけにもいかないので雫を起こす

肩を揺するがなかなか起きない、早くしないと電話が消えるかも。

「雫!」

少し声が裏返ってしまった。

「ん、んー?」

雫は目をこすりまだ焦点の定まらない目で俺を見る。

「ん、なん、で葉?」

「そうだよ、葉だよ!ほら電話鳴ってる、」

まだ寝ぼけてるみたいだ。

「え、えー!本物、え、なんで、あそっか、えとあー電話電話」

やっと目が覚めたらしく飛び上がり慌てて電話にでる。

「もしもし雫、あーうん─」

電話の相手は察するに両親だろうか、表情を伺うと張り詰めた印象は受けず相変わらず両親との関係は良好みたいだ。

雫が電話してる間やることもないのでスマホで時間を確認する学校を出てから気づけば1時間ほど経っていた今は2限の途中くらいか。

「うん、大丈夫、じゃあ」

「電話は親?」

「うん、お母さん。今日は仕事すぐ終わらせて帰ってくるって」

「そっか」


「私もしかして寝てた?」

少し顔を赤らめて上目遣いで尋ねてくる。その表情は結構刺さるものがある。

「うん。しっかり寝てた。俺学校戻るよ、今日は寝な」

病人をこれ以上起こしてるわけにも行かない。あくまでも安静にしていてもらいたい。

「うん、そうする、また眠くなってきたかも」

左手で口元を隠すように大きくあくびをする雫を尻目に俺はお茶を飲み干しバッグを手に持つ。

「鍵閉めときなよ」

「もちろん。じゃあまたね学校で」

「じゃあね」

雫は胸の前で小さく手を降る。

またと言われたのが嬉しかった。

外に出ると暑かった。何年も開いていた距離が今日で少し近くなったような気がした。


学校に戻ると翔大に盛大にいじられ難なく授業を終えた。


雫を家に送った翌日。朝の教室は以前として騒がしかった。またいつもの日々に戻るんだろう


「うっす」

「おう」

「相変わらず眠たそうだな」

「こういう顔なんだよ」

「そういやそうだな」

翔大は白い歯を見せて憎たらしい顔で快活に笑う。

俺はそんなにねむたそうな顔をしてるのか、自分で見てみても普通の顔にしか見えない

「俺からするとお前はいつもより眠たそうで不安な顔に見える」

「どういうこと?」

「昨日間宮が心配で眠れなかったろ?」

急に何を言い出すと思えば、確かに昨日は一時くらいまで寝付けなかったような気がするがこんなことたまにあることだ。

「その顔は図星だな」

「うるせ」

しばらくたわいもないことを話しているとホームルームの時間になる。この時間まで来ないということは雫は今日は欠席だろうか。

担任も来ていざホームルームを始めようという時に勢いよく教室のドアが叩きつけられた。

「すいません!遅れました!」

鴉のように光沢のある黒い髪を揺らし息を整える雫の姿があった。

「間宮か体調はいいのか?」

「はいもう大丈夫です!」

雫がいつも通りだとわかると姿を囲むように多数の女子が駆け寄る。

「もう大丈夫なの?」「めっちゃ心配したよ」 「もう!大丈夫だよこれくらい」

ホームルーム前ということで静まっていた教室は雫の到来によって再び騒がしくなる。

その様子を見て担任が少し鬱陶しそうにもしくは宥めるように「はいはい座ってーホームルーム始めるぞ」と言うと集まってい女子たちは小さな声で愚痴りつつ自分のの席へと戻っていた。

「おはよ」

「あぁおはよございます」

「何で敬語?」

「なんとなく」

雫は俺の斜め前の席に座ると体を曲げて話しかけてくる。昨日はそれなりに話せたがこの狭い教室で話すとなると周りの目も気になって緊張する。視線が背中を刺し頭は錯綜とする。

「昨日はありがとね」

「うん…どうも」

「ね、」

「なに?」

「昼休み時間ある?」

頭に収束がつかず雫のほうをぼんやりと見ていたら、突然の提案に頭に冷水をかけられた気分になる。なにか裏があるのではとつい疑ってしまう。

「まあ、飯食べたあとなら」

「おっけ、じゃあ1時くらいに屋上の階段集合ね」

「う、ん」

気持ちが入らなくて軽い返事になる。

いったい用事とはなんなのか、授業に集中できる気がしなかった。



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