第3話 ロゥエ領区 ラクリア

 俺は幾つかの錘地すいちを経由して、ロゥエ領区に入った。

 ロゥエ領区は、アーレント帝国の中でもかなり大きい錘地が幾つかあるルティアの出身領区だ。

 畜産が盛んだったり、小麦を作っている錘地があってかなり豊かな錘地を有する領区だ。


 俺の領区は鉱物の採掘が中心だから、あまり農作物も肉もないんだよね……残念。

 いや、そうじゃない。

 俺はルティアに会いに来たのだ。

 確か、休みの時に過ごしている町はラクリアって言ってたはず……


「おや……珍しいですね、ヴィリオン様がこの領区に来るなんて」

「こんにちは。俺もラクリアは初めてです」

「そうですかい。この町は、乳製品が美味しいですよ。是非、食べていってくださいよ」


 初対面の警備員に俺が『ヴィリオン』だと解ったのは、頭の上に乗っかっているリア様を見たからだろう。

 俺達空撃師のリア様は、家門の色で袋の口を括っているから青い紐を見てヴィリオンだと解ったんだ。


 襟に着けている空撃師徽章を確認してもらい、入領の魔力登録をする。

 空撃隊は現在どの錘地にいるかの共有をするため、錘地に降りた時は居場所を魔力登録は必須だ。


 位置の共有というのは、俺達『人』ではなくて、各地にいる『空撃師達のリア様』である。

 リア様がどうやって情報の共有をしているか、何を考えているかまでは俺達には解らないけど、こうして登録しておくことで必要な情報をいつでもリア様から教えてもらえる。


 だが、今、俺のリア様の興味が、美味しい乳製品ということは……何も言われなくても俺にも伝わっているけど。

 後で買っておいてあげようかな。


「第八低空空撃のルティアに会いに来たんだけど……」

「ああ、この町にいらっしゃるよ。だが、どの辺りにいらっしゃるかまでは解らんが……」

「探してみます。ありがとう!」


 町の警備隊員にルティアの家の場所を聞き、町中に入るとぽつぽつと雨が落ちてきた。

 しまった……『降雨』の順番、ロゥエ領区だったか!


 雨はその魔法を持つエルス達の家門で、あちらこちらへ行って請け負っている。

 空域そらいきには、雲があっても陸域のように勝手に雨が降るものではない。


 雲は青い空の飾りみたいな感じだが、魔鳥が現れる予兆になるから観測と観察は大切だ。

 見上げると、銀色に輝く空蜓くうていの底が魔法の光を反射させ、雨粒にも燦めきを与えている。

 今回の降雨は『育成』みたいだな。


 この前、エルスが北方に行っていたのは、今、そちらにマク領区の錘地が多く集まっているから降雨の手伝いだろう。

 ということは……この町にも、降雨が終わったらエルスの家門の人達が降りてくるかな?


 後で、この町の空蜓待機基地にも行ってみよう。

 空蜓が見られるかなーーっ!

 雨が止むまでと思い、近くの店に入ったら食堂だった。


「あ、すみませーーん」


 ……ちょっとだけ雨宿りを……と、言おうとして顔を上げたら、なんと吃驚、ルティアが目の前にいた。


「え、どうして?」

「……ここ、私のお気に入りの店なの」

「あ、そーだったの……じゃ、一緒に座っても……いいかな?」


 あれ?

 リア様が、さささっと、俺の斜めがけにしている鞄の中へ入ってしまった。

 ……綴じ口だけが、ぴょこんと端から飛び出しているけど。


 あ、そうか、食堂だと他の人達から注目を集めちゃうもんな。

 俺のリア様、他の人達と一緒に居るリア様達より大きめだからじろじろ見られちゃうんだよねー。

 照れ屋さんなんだよね、俺のリア様。


 実は俺の鞄は、リア様の専用。

 俺には【収納】の魔法があるから、必要なものは全部その魔法の中だ。

 当然、リア様は物品ではないので【収納】には入れられない。

 できたとしても普通に不敬だと思うけどね、そんなことしたら。


 席に着き、気になったのはルティアが食べている乾酪かんらくではなく……彼女の服装だ。

 全く出撃を考えていない『町の娘達と同じ』服装。

 まぁ……上着をしっかりと着れば、問題はなさそうと言えばなさそうだけど、髪は……ばらけたままだ。


 確かにロゥエ領区は今、降雨中だから魔鳥が来ることはないけど降っているのはこの錘地だけだ。

 近くならばいつ『警報』が出たっておかしくないのに。

 それより何より、一番聞きたかったことを確認する。


「……どうして君の側には、リア様がいないんだ?」


 ルティアは一瞬、不快そうに顔を歪め視線を落とす。

 彼女のリア様は片方の手の平に載るくらいで、成人なら一般的な大きさだ。

 だから大抵は肩の上とか、衣囊いのうの中にいることが多いはず。

 今、彼女の着ている服にはリア様用の衣囊はないみたいだし、近くには見当たらない。

 鞄……も、持っていないみたいだし。


「嫌なのよ」


 予想外の言葉に、俺は何も言えず……数回、瞬きをする。


「ずっと、監視されているみたい。いつもいつも何処にいるか知らされて、何をしてても話しかけてくるんだもの。たまには……離れていたいと思っても当然でしょ」


 そして彼女はぼそっと、自由でいたいの、と呟く。

 俺は、俺自身の心の中が、さーっと冷たくなっていくのを感じた。


「あの時も、君はリア様と離れていたんだな。なのに、どうして『警報』が受け取れたんだ?」

「……近くの錘地にいたから……『町の警報』が、聞こえたのよ……」


 魔鳥が出た場所の近くにある町では、上空で戦いが繰り広げられる可能性があるから町自体に警報が出る。

『教会のリア様』からの警報音は、かなり遠くでも聞こえるものだ。

 しかしそれは、町中に羽根や魔毒が落ちるかもしれないから屋内へ入るように、という警告であって空撃師のためのものではない。


 空撃師へは『居場所の確認』がされていて、近くに……『出撃できる範囲にいる者達』にだけ、リア様を通して『出撃警報』が聞こえるのだ。

 そのリア様から離れていたかったということは、自分の近くで魔鳥の襲撃があっても出たくない、何もしたくないと言っているのと同じだ。


「『警報』っ!」


 リア様からの声が、俺の頭の中に響いた。

 空撃師以外の人が近くにいる時、リア様達は『俺達にだけ』警報を伝える。

 急に立ち上がり襟のボタンを締めた俺に気付いたからか、ルティアも驚いたように立ち上がった。

 扉に向かって走り出した俺に、上着も持たずに付いてこようとする。

 その姿に、俺は思いっきり叫ぶ。


「来るなっ!」


 警報はこの町ではなく、雨の降っていないここの近くにある錘地だろう。

 少し距離があるのか、この町の警報音は鳴っていない。

 この反応の遅さで、ルティアがリア様からの『警報』を受け取れていないと確信する。


「今の君に、空撃師である資格はないっ!」


 それだけ言い放つと、俺は食堂を飛び出した。

 ……ルティアがどんな顔をしていたかは……解らない。

 俺は、たとえようもない怒りのような痛みを胸の奥に感じて、大きく息を吐き気持ちを整えた。


「リア様、鞄の中にいて。現場に『移動』するから!」

「うん、ハトルだよ」

「【空縮】移動! ハトル!」


 風を巻き上げ、小さく見えているラクリアの隣の錘地ハトルへと魔法で『飛ぶ』。

 俺の【空縮】の魔法は、警報が出た時に見えている錘地から錘地ならばリア様の補助ありきではあるが『飛べる』。

 そしてハトルへの移動完了後に風破板を取り出し、俺は空へ上がった。

 リア様が外に出たのを確認し、鞄を【収納】に押し込む。


「あ、待って、ヴィリオンっ」


 リア様の声と同時に、俺の目を射た銀色の光。

 その姿は空撃師達の目標である『空蜓くうてい』……それが三機ほど近付いてくるのが見えた。

 細長い、風を切って近付くその輝きのひとつが俺の真上に到達し、ぐんっ、と上昇した。


「そうか、高々度の群か……」

「『伝令』」


 リア様を通して届いた伝令は、警報で上がってきた空撃師達に向けられたものだ。

 声がいつものリア様と違うのは、伝令だからあの空蜓の中にいる空蜓師統括からの声がリア様を通じて俺達に届いているから。


「『群は魔黒鷗まこくおう、背黒。毒油を吐き散らかす可能性あり。低空空撃師達には、毒油直撃に注意しつつ浄化補助を請う』」


 集まってきた空撃師達はその伝令に頷きあい、上空の戦況をリア様達から聞きながら錘地やその下まで毒油が落ちないように保護境域を展開する。

 討つことだけでなく、護ることもまた、俺達の大切な役目でありそのための魔法だ。

 突風と熱の中、俺達はただ懸命に……その使命を全うしていく。


 だが、俺の胸の中にはさっきと同じ怒りに似た何かと、痛み、そしてほんの少しの淋しさが渦巻いていて、戦闘の間ずっと……無心になることだけを考えていた。

 頭で考えたって、心まで届くわけではないと知りながら。

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