第22話
ライブが始まり巴が歌い始めるも、やはり声の調子は戻らない。
演奏はそれなりなのでもったいない思い出になってしまった、と一人でステージを眺めていると、聞き覚えのある力強い歌声が混ざってきた。どうも声の主はステージ上の他の人ではないらしい。
「え? この声、誰?」
「めっちゃヨネの声に似てない?」
近くにいた生徒同士が話し始める。
「まさか……萌夏ちゃん……」
どこにいるのかはわからないが、萌夏が裏で歌っているのかもしれない。
巴達もキョロキョロと辺りを見渡して声の主を探しているようだ。
『どうも〜私の曲をカバーしてくれてありがとうございま〜す。ヨネで〜す』
萌夏が若干鼻にかけた声で喋っている。普段聞いているから分かるけれど、確実に萌夏の声だ。
まさかのヨネご本人登場に会場の人達もステージ上にいる巴も叫びながら辺りを見渡し始めた。
『あ、隠れてるから見えないよ。じゃあこのまま一緒に歌おうか』
萌夏は優しく巴に語りかけ、そのまま演奏を再開させる。
あくまでステージ自体は巴達のもの。それを尊重しているのか、萌夏は決して前に出すぎず、ハモリに徹したり、巴達の代わりに客を煽って盛り上げたりしていた。
こんな状況で本人だなんて信じる方が馬鹿げていると思うけど、声と歌唱力だけで信じさせる実力があるということなんだろう。
持ち時間の20分はあっという間で、巴達も笑顔でステージを後にした。
萌夏と分かれた場所で待っていると、すぐに萌夏がなんてことない顔でやってきた。
「や、お待たせ」
「萌夏ちゃん、すごいのを見逃したぞ」
「え? 何かあったの?」
「ヨネが来てたんだよ。飛び入り参加でさ」
「へぇ、そうなんだ」
萌夏は興味無さそうな表情で俺の手を握ってくる。
「どうやって飛び入りしたんだ?」
「音響、この辺のライブハウスのスタッフの人がやってて。たまたま
「なるほどなぁ……」
単に萌夏を知っているというよりは、正体もコミコミで、ということなんだろう。
「ま、巴ちゃんが楽しそうだったならいいよ。私にも制服デートを提供してくれたお礼だね」
「巴ちゃんがか?」
萌夏は「ん」と頷いてブレザーの胸ポケットから名札を取り出した。そこには『星野』と書かれている。
「別の星野さんかもしれないぞ」
「や、ここは巴ちゃんということにしておきましょうや。その方がエロいっしょ」
「エモいじゃなくて?」
「ん、エロい。知り合いのリアルJKの制服だもん。ね、匠己さん、まだ時間あるし、もうちょっと見て回ろうよ」
萌夏は自分が着ている制服の匂いをかぎながらそう言った。多分、照れ隠しなんだろう。
◆
萌夏と校内を散策すること小一時間。さすがにやることがなくなってきて、自販機の前にあるベンチで休憩をすることになった。
「匠己さん、甘酒とお汁粉のホット、どっちがいい?」
2人分買ってくると言って自販機の前に立っている萌夏が聞いてきた。
「もうちょい喉を潤せるやつないか!?」
「や、他は全部売り切れの模様」
萌夏が真顔で自販機を指差しているのでどうやらこれは本当のようだ。よく見ると張り紙で『売り切れ!』と書かれている。文化祭で普段より人が多く来るので売り切れてしまったんだろう。
「まじかよ……それなら甘酒かな……っていうかそれならもう外に出てどこか行くか?」
萌夏は「んー……」と悩んだ末に首を横に振り、甘酒を2つ購入して俺の隣に座った。
「普段、この学校でここに来て甘酒を2人で飲んでいるカップルはいるんだろうか」
甘酒をちびちびと飲みながら萌夏が呟いた。
「だいぶ捻くれたやつらだろうな」
「それ、私達にカウンターで返ってくるから言葉は選んだほうがいいよ」
萌夏は笑いながらプルタブを指で弾いた。
「きっと美男美女だろうな。ここで甘酒飲んでるやつらは」
「そうそう。そういうやつ」
「性格もいいはずだよな」
「ん、だよね。おっぱいも大きいはずだ」
萌夏は力強く頷く。
「願望か?」
萌夏がジロリと俺を睨んでくる。
「ここは願いが叶う自販機前ベンチだから。言っておくに越したことはないよ」
「ふぅん……」
「匠己さんは? 何かないの?」
「うーん……そうだな……らっ……来年も一緒に来れたらいいな、萌夏ちゃんと」
萌夏からの反応はない。隣をちらっと見ると萌夏は顔を真っ赤にして俯いていた。
「ずるくない!? 私がしたのって巨乳化のお願いだよ!? もっと俗物的なお願いにしときなよ!?」
「そもそもただの自販機前のベンチだからな……御利益も何もないんだぞ……?」
「そりゃそうだけどさ」
2人で同時に甘酒を口にする。最後の一口だったので缶の中に残った粒を押し出すために上を向いて缶の底を叩いて落とす。
隣を見ると同時に萌夏も同じ事をしていた。
二人で顔を上に向けたまま目を見合わせて笑う。
缶を口から離して前を向くと萌夏が話しかけてくる。
「ま、今のが同時なら来年も一緒に来れるよ」
「そうなのか?」
「だって、ご飯を食べるペースも同じ、最後のひと粒を残すまいとする意地汚さも同じなんだから」
「『もったいない精神』が同じ、と言い換えておこうな」
「意地汚ぇ大人になっちまったなぁ?」
萌夏が変な喋り方でそう言ってくる。
「むしろピュアな方だろ」
「確かに。いい歳して付き合ってるのに何もないもんねぇ」
萌夏がニヤリと笑って俺の方に身体を寄せてくる。
「ちょ……人前だぞ……」
「大丈夫。おしること甘酒しか買えないような自販機に用のある美男美女で性格が良くて爆乳彼女のカップルは私たちしかいないよ」
萌夏は少しだけ周囲を確認すると俺の腕に抱きついてくる。
そこに一組の男子生徒がやってきた。さすがに顔を見れば本物の高校生かレンタルをしている人なのかはすぐにわかる。この人達は前者だ。
「あー……店番ダリィ……」
「だよな。けど、これ考えたやつは天才だわ」
男子生徒達はそう言いながらお金を入れて売り切れているはずのお茶と炭酸飲料のボタンを押した。
ピピッ、ガコン、と音がしてペットボトル飲料が落ちてくる。
「模擬店のカフェの売り上げを増やすために自販機に貼り紙するってのは反則だよな」
「確かに。ま、実際売り上げ増えたし効果はあるんだろうな」
男子生徒達は俺達には目もくれず、笑いながら立ち去っていく。
俺達が甘酒とお汁粉しか買えないと思っていたのは単に生徒の張り紙に騙されていただけらしい。
二人で呆然としながら男子生徒の背中を見つめる。
「ね、匠己さん」
「なんだ?」
「私たち、全然ピュアだ」
「だろ? ってかこの高校の生徒は商魂がたくましいな……」
「匠己さんも見習ったほうがいいんじゃないの?」
萌夏がニヤリと笑って俺の頬を突いてくる。
「うちはいいんだよ。甘酒とお汁粉だけでやっていけるようなもんだからさ」
「私は毎日清涼飲料水を作り続けないとだよ。自分で飲むなら甘酒だけどね」
「そんなもんだろ、世の中。好きなもんだけ作って生きていける人なんてそうそういないよ」
「ん、だよね。ってか……ふっ……ふふっ……」
萌夏が俺の方を見て急に笑い出した。
「なんだよ……」
「や、普段の格好なら様になる言葉なのに、制服着て言ってるから面白くて……ふふっ……」
「別にいいだろ!?」
萌夏はツボに入ってしまったのか、肩を震わせながら俺の腕に顔を埋めてきたのだった。
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