第32話

 華やかなシャンデリアの光が会場を包み込み、ドレスアップしたゲストたちが優雅に談笑していた。


 麗華は、蔵之介と一緒に控え室で準備を整え、鏡の前に立って自分のドレスを整えた。今日のパーティーは両親が主催するもので、様々な業界から著名人が集まる一大イベントだった。


「麗華、そろそろ行くわよ」


 母の玲子が控え室のドアを開け、麗華に声をかける。麗華は少し緊張しながらも、表情には出さずに頷いた。


「わかったわ。蔵之介君、準備はいいわね?」

「もちろん、やるしかないですからね」


 蔵之介は少し緊張した笑顔を見せたが、その裏には決意が見える。


 今日のパーティーで、彼は偽彼氏としての役目を果たすつもりだった。麗華は彼の肩に手を置き、少し安心させるように微笑んだ。


「大丈夫よ、私がちゃんとリードするから」


 麗華が先に会場へ向かうと、両親がすでにゲストたちと談笑している様子が見えた。父の正一がホストとしてゲストを迎え、母の玲子もその隣で穏やかに微笑んでいる。


 麗華が近づくと、正一がマイクを手に取り、会場に向かって声をかけた。


「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。まずは、この場をお借りして、今宵の主役である我娘の麗華を皆様にご紹介したいと思います」


 その言葉に、会場の視線が一斉に麗華に向けられる。麗華は優雅に微笑みながら、ゆっくりと前に進み出た。


「どうも、立花麗華です。今日はお越しいただき、ありがとうございます」


 麗華は落ち着いた口調で挨拶をし、周囲のゲストたちに微笑みかける。そして、父がさらに続けた。


「そして今日は、麗華の彼氏も来てくれています。ぜひ、皆様にご紹介させていただきたい」


 その言葉に、会場の空気が一瞬止まったかのように静かになった。


 蔵之介が控え室から現れ、会場へと向かって歩き出す。その姿を見た麗華は、すぐに蔵之介の腕を取り、会場に向けて堂々と笑顔を見せた。


「彼が、私のパートナーです。安藤蔵之介」


 蔵之介は微笑みを絶やさずに、会場に頭を軽く下げた。だがその内心では、緊張と焦りが彼を押し寄せていた。


(大丈夫、大丈夫、ただの偽彼氏だ。演じきればいいんだ)


 だが、その時、視界の隅に見知った顔が映り込む。そこにいたのは、橘美咲と月島舞だった。二人は蔵之介の登場に驚いた顔をしていた。


(美咲! 芸能人として、パーティーに参加するって、このパーティーだったの? しかも舞さんが手がけているパーティーが麗華さんの誕生日パーティーだったなんて! そんなことがあるのか?!)


 蔵之介は笑顔を保ちながらも、内心で冷や汗をかいていた。


「皆さん、私の二十歳の誕生日パーティーにお集まりいただきありがとうございます。両親にはこんなにも盛大にする必要はないと言っているのですが、二人から愛されていると喜んでいます。また今宵を皆さんと過ごせたこと心よりお喜び申し上げます」


 蔵之介の内心など知る由もない麗華は、スピーチを行う。


 そんな蔵之介の元に舞が近づいてきた。その瞳は信じられない様子で、蔵之介を見つめていた。


 蔵之介はなんとか笑顔を貫きつつ、頭の中で必死に冷静を保とうとした。


(どうしよう? どう乗り切るんだ? 偽彼氏だってバレたら…)


 だが、蔵之介の戸惑いと冷や汗が止まらない。


 舞は無言で何も発することなく、ただその瞳は次第に悲しそうに涙を浮かべて、無言で立ち去っていく。


 さらに、正面にいた美咲は、じっと睨むように蔵之介を見ていた。


 何か言葉を発することはない。


 ただ、芸能人でありパーティーのために着飾っていた美咲はいつもよりも綺麗で迫力があった。


 麗華の挨拶が終わるのと同時に美咲は人混みの中に消えていった。


 二人の姿が消えるのを蔵之介は、黙って見続けることしかできなかった。



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