51

私はレオナルドを膝に抱いたまま、ブランコを漕ぎだした。

思いっきり地面を蹴って、宙で足を大きく動かす。ブランコの揺れがどんどん大きくなる。揺れが大きくなればなるほど、空に近づき、そして離れる。その度に頬に当たる風が気持ちいい。


「ふふふ」


自然と笑みが零れる。


「覚えていらっしゃいますか、殿下? 王宮の庭園にもブランコがあったでしょう? よく殿下と取り合いしましたわね」


目の前に広がる空を見ながら、私は膝の上のレオナルドに話しかけた。


「あ・・・、ロベルト兄上のブランコか・・・」


レオナルドは思い出したように呟いた。


「ええ。ロベルト殿下が、ご自身専用のブランコだから触れるなっておっしゃっていたのを、隠れてこっそり乗りに行っていたでしょう?」


そのブランコは、側妃に召されなかった母親が城を去り、一人残された第二王子ロベルト殿下を不憫に思った陛下が、彼に贈った遊具だった。


普段、ロベルトとレオナルドの仲は悪くない。ロベルトは自分の身の上を十分理解しており、常にレオナルドに対して一歩引いた姿勢を取っていた。周りが自分よりも弟のレオナルドを優先したり、尊重したりすることに対しても、けっして不満を漏らすことはなく、争うことなどなかったのだ。


しかし、この遊具だけは別だったようだ。父親から自分だけに与えられた唯一の物で、これだけがレオナルドだけでなく、長男で王太子であるフェルナンにすら与えられなかった父親からの贈り物。彼らよりも優先された唯一の物で、自分が陛下の息子であることを証明するものだったのだ。

だから、そのブランコだけは、レオナルドがねだっても、私が懇願しても乗せてもらえなかった。


しかし、当時九歳の子供にとって、それは非常に魅力的な乗り物で、とても諦めることが出来ず、私たちは隙を見ては隠れて乗りに行っていた。


ロベルトにバレないように、短い時間だけこっそりと遊ぶわけだが、この限られた時間というのがまた問題だった。今度は私たち二人の間でブランコの奪い合いが勃発するのだ。


「大抵、わたくしが負けていたでしょ? だから、悔しくって、ある日、庭師に言って、あっちの大きな木の枝に簡単なブランコを作ってもらいましたの」


私は、少し離れている大きな木を指差した。


「出来上がった時は嬉しくって、乱暴に乗っていたらすぐに枝が折れてしまって・・・。わたくしが怪我をしたものだから、お父様もお母様も驚いて、わたくし専用のしっかりとしたブランコを作ってくれましたのよ」


「・・・そっか・・・。だから、途中から誘っても行かなくなったのか・・・」


レオナルドがボソッと何かを呟いた。よく聞こえなかったので、私はそのまま話し続けた。


「嫌なことがあった時はよくこれに乗りますの。ふふふ、そう言えば、ここ最近は毎日乗っていた気がしますわぁ、嫌な事ばーっかりで!」

「う・・・」


「でも、ブランコに揺られていると気持ちが落ち着いてきますのよ。空を飛んでいるみたいでしょう? 特に夜は素敵ですのよ? 満天の星空を見ながら漕いでいると、星に吸い込まれるような気持ちになるの」


私は空を見上げながら、宙で足を搔き、ぐんぐんブランコを揺らす。


「今みたいな青空を見ている時も鳥になったような気がして気持ちが良いけれど、夜空は不思議ともっとずっと広い世界を感じるのです。たくさんの星を見ていると、自分はとってもちっぽけな存在な気がしてきて、同時に自分の悩みなんてもっとずっと小さいって思えてくるの」


レオナルドを見ると、彼は私を見上げていた。


「最後には、悩むのなんて止めて、私も夜空のようにドーンと構えようって、そう気持ちを切り替えていましたわ」


「そうか・・・」


「ええ。殿下も今は待っていることしかできなくて、気持ちが急くのは分かります。でも、ここはドーンと構えてくださいませ」


私はニッと笑って見せた。


「楽観的になれとは言いませんわ。でも、もう今は味方もおりますし、国王陛下にも王太子殿下にも無事を伝えられました。薬だって近い内にできるのです。イライラとしたネガティブ思考はいい結果を生まないですわよ、きっと」


「ああ。そうだな・・・」


レオナルドは頷いて前を向いた。


「ブランコ・・・久しぶりに乗った。気持ちいいな」

「でしょう? おチビさんには怖くありません?」

「は? 誰が怖がるか!」

「なら、もっと大きく漕ぎますわね。ちゃんとお掴まりくださいな! それっ!」


私はグンッと思いっきり身体で反動を付けて、ブランコを動かした。


「うおっ! アハハハ! やるな、エリーゼ!」


スピードの付いたブランコに、レオナルドは楽しそうに笑い声を上げた。


「ふふふ! 伊達に長年ブランコでストレス発散してませんわよ! プロですわ!」


何年かぶりに聞いたレオナルドの笑い声。それが思いの外懐かしく、嬉しかったのかもしれない。私もブランコを漕ぐことに夢中になった。


暫くの間、二人で笑いながらブランコに乗っていた。


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