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「失礼します」


アランは馬車に乗り込むと、私たちの向かいの席に座った。


「ミレー侯爵家のエリーゼ様に呼ばれたのですが、あなたはエリーゼ様の侍女ですか? それにしてはずいぶんと羽振りの良い身なりですね」


私とレオナルドを鋭い目で見つめる。

学院内で私と話す時のような優しく紳士的な態度とは全然違う。慇懃無礼とはまさにこのことかと思うほど冷たさを感じる。余程、用心しているのだろう。


しかし、逆を言えば、私と気が付いていないということだ。ただ金髪のカツラを被っているだけなのに。フォローするとすれば、前髪が長く、目は半分隠れているところか。

でも、それって騎士としてどうなのだ・・・? ある意味、心配になる。


「お忙しいところ、ご足労頂きまして、感謝申し上げます」


私はレオナルドを膝の上に抱いたまま、深く頭を下げた。

その時、馬車が動き出した。


「!」


ハッとした表情をしたアランに、


「お話はとても長くなります。停まっているのも何ですから、街中をゆっくりと流しましょう」


私はそう言ってにっこりと微笑んだ。


「・・・話とは? 本当にエリーゼ様からのご伝言ですか?」


低い声で私を睨む。私は頷いた。


「ええ。からの伝言です」


そう言って、金髪のカツラを取った。


「な・・・!? エ、エリーゼ様・・・?!」


アランは突然目の前の女性が私に変わり、仰天して声が裏返った。


「こんにちは。アラン様。先日の夜会以来ですわね。わたくしが婚約破棄された」


「エ、エ、エリーゼ様! い、一体、何をして・・・? な、何故、変装なんか?!」


目を見開いて私を指差した。


「驚かせて申し訳ありませんわ。わたくしもふざけてこんな格好しているわけではございませんのよ? のっぴきならない事情があってのことでございます」


「のっぴきならない事情・・・?」


「ええ。このわたくしがここまでしなければならない事情。どうかお察しになってくださいまし」


私は大きく頷いて、目を伏せた。

肩を落とした私の態度に、アランは同情したのだろう。焦りだした。


「こ、婚約破棄をされたから・・・? そんな、殿下に婚約破棄を突き付けられたからと言って、エリーゼ様がこんな風に身を隠してお過ごしになる必要などありませんよ!」 


「そうでしょうか・・・?」


私は目を伏せたまま、呟くように聞いた。


「も、もちろんです! 堂々となさってください! いつものように凛としてください、貴女らしく!」


相手が私と分かった途端、慇懃無礼だった彼の態度は一気に軟化し、必死に私を励ましてくれる。


「心強いお言葉、ありがとうございます。アラン様。胸に沁みますわ。ね? ミランダちゃん?」


私は膝に抱いたままのに話しかけた。ミランダはツーンとそっぽを向く。


「ところで、エリーゼ様。お話とは? このお嬢様は?」


アランは気まずい話を逸らしたいのか、時間が惜しいのか、早速本題とばかりに切り込んできた。


「その、アラン様。レオナルド殿下はいかがお過ごしですか?」

「ごほっ・・・」


逸らしたい話が本題であったことに、アランは軽く咳き込んだ。


「わたくしに婚約の破棄を言い渡した後の殿下のご様子はどうなのかしらって気になっておりますの・・・。とは言っても、公衆の面前であんなに派手に破棄を突き付けられたわたくしが、ノコノコと王宮に伺うなんて、とてもできませんでしょう?」


「そ、それは・・・」


アランは目をキョロキョロさせている。明らかに挙動不審。どう答えていいか、必死に頭の中で考えているようだ。


「え、えっと・・・。お父上である宰相閣下は何と?」


「父からは何も・・・。と言うよりも、急に忙しくなったのか、帰宅すらしておりませんのよ・・・」


家に帰っていないという言葉にアランはハッとした表情を見せる。しまったとでも思ったか。


「殿下は本気なのでしょうね・・・、わたくしとの婚約破棄・・・。今頃、お城で鼻歌でも歌っていらっしゃるのかしら・・・?」


「そ、そ、そんなことありませんよ! エリーゼ様!」


シュンと項垂れている私に、アランは慌てた。


「殿下もきっと後悔されているはずです!」


「そうでしょうか・・・?」


「ええ! 軽はずみな発言をしたと後悔されているでしょう。あの時の殿下の行動は誰が見ても軽率でした。私も王子としてあるまじき行動だと思います」


私を励ましたい一心だろう。アランはそう言うと大きく頷いて見せた。


「まあ! 殿下からの信頼の厚いアラン様でもそうお思いになるのね!」


「はい」


「ですって、殿下」


「はい・・・って、え・・・?」


膝に抱いている幼児に話しかけた私に、アランはキョトンとした顔をした。


「お聞きになりまして? 殿下。わたくしもアラン様に同感です」

「ぐぬ・・・」


お人形さんのように可愛い女の子が悔しそうに唇を噛んで、私を睨みつける。


「え? え?」


その様子をアランはポカンと見つめていた。


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