33

「ねえ、エリーゼ。大切なお友達のお子様だとは思うけれど、我が家で預かるのはどうかしら?」


「お母様・・・、この子、とっても可愛らしいと思いません?・・・」


優しく話しかける母に、私は悲しそうに微笑んで見せた。


「え? ええ・・・、そ、そうね、可愛らしいわね」


母は私の表情に怯んだ。


「わたくし・・・、この子の可愛らしい笑顔にとても癒されましたの・・・、だって、だって・・・、辛いことがあったばっかりで・・・」


私はレオナルドをギュッと抱きしめ、目を伏せてみせた。


「まあ! エ、エリーゼ! そ、そんな! 泣かないで!!」


母はオロオロして、私の背中を摩った。

そう。母がいつも以上に私に優しく接するのは、この「辛いこと」が原因。なんせ、母は私にとって「望んでいたこと」ではなく「辛いこと」であると信じているから。


「わたくし・・・、きっと、もうお嫁になんて行けないのでしょうね・・・。この先、こんな可愛い子供を授かることなんてないのだわ・・・」


何とか涙を流そうと試みるが、嘘泣きができない。仕方なく、ううっと、それらしく口元を押さえてみる。


「何を! 何を言っているの、エリーゼ! 貴女みたいに可愛い子がお嫁に行けないなんて、そんなことあるわけないでしょう!」


「せめて・・・、数日間、母の気持ちが味わえたら・・・。お母様みたいに・・・」


「エリーゼったら! 大丈夫よ! 貴女ならちゃんと結婚出来て、この子みたいにとっても可愛い子に恵まれるわ!」


「数日間・・・、たった数日だけでも、一緒にいられたら、きっと心が安らぐわ・・・」


「ええ、ええ! そうね! 泣かないで、可愛いエリーゼ!」


「それに、お友達も助かるもの・・・」


「そうね! そうだわね!」


「一石二鳥・・・」


「ああ、可哀相に! やっぱり、昨日は頑張って笑顔でいたのね! 本当は泣きたかったのよね!」


母はレオナルドを抱きしめている私をギュッと抱きしめた。

レオナルドは私だけでなく、母からも圧力を受け、苦しそうに小さくうめき声を上げた。


「いいわ! いいわ! 我が家で預かりましょう! 貴女の心が安らぐなら!」


母は私の頬に何度もキスをしては抱きしめてくれた。

何とも言えない罪悪感が心の奥から湧いてくる。


こんなに優しい母を騙さなければいけないなんて!

まったく、全部レオナルドのせいだ。



☆彡



無事に母の許可が下りた。


母は興奮が収まった後、興味深そうにレオナルドを見つめた。


「ねえ、エリーゼ。わたくしにもこの子を抱かせてくれないかしら」


そう言って、私に両手を差し出した。

チラリとレオナルドを見ると、とても不安そうな顔をしている。


私は立ち上がると、


「ちょっと待ってください、お母様。この子、とーっても人見知りですの。少し宥めてきますわね」


母から少し離れ、部屋の隅に移動した。そして、小声でレオナルに話しかけた。


〔いいですか? 殿下。あざとく攻めてくださいね!〕


〔はぁ?〕


〔目をうるうると潤ませて、目線は上目遣いに! しっかりと愛嬌を振り撒いて母を完全に陥落させるのです!〕


〔な、何言って・・・〕


〔言っておきますが、これはわたくしの為でも何でもありません。殿下ご自身の為ですからね!〕


〔ちょっ・・・〕


それだけ言うと、踵を返し、急ぎ足で母のもとに戻った。


「ご機嫌が直ったようですわ。はい、お母様、どうぞ」


レオナルドを母に差し出す。

母は私よりもずっと慣れた手つきで、幼児を受け取った。


「んまあ~! なんて可愛らしい! 天使みたい!」


女装したレオナルドの姿に、母はとろけるような笑顔になった。

レオナルドを見ると、私の忠告した通り、きゅるるんっとした目線を母に送っている。


「このドレス、エリーゼのお気に入りのドレスだったわね! とっても似合っているわ! 本当にお人形さんのようよ!」


実はドレスも計算済み。

私は幼過ぎて覚えていないが、どうやら私のお気に入りだったらしい。母が趣味に没頭している時に、このドレスを引っ張り出しては、そう言っていたから知っていたのだ。


「ねえ、エリーゼ! この子のお名前は?」


母はキラキラした顔で私に振り向いた。


「え゛・・・?」


しまった・・・。そこまで詰めていなかった・・・。


「お名前は何て言うの?」


「ミランダです」


レオナルドが目を剥いた。

はあぁぁあ?!という彼の心の声が聞こえる。

ギロリと私を睨みつけるが、私はツーンとそっぽを向いた。


「ミランダちゃんっていうのねぇ。名前も可愛いわぁ!」


母がレオナルドに向き直る。レオナルドはパッと表情を元に戻す。


「よろしくね、ミラちゃん!」


母は楽しそうにを高い高いした。

どうやら、母は完全に陥落したようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る