第11話 報告の場


 久しぶりに足を踏み入れた城は、知らない場所のように思えた。いつもは笑顔で迎えてくれる城の人たちは、こわばった表情を浮かべている。彼らから見れば、自分は罪人なのだから、仕方がないだろう。

 一緒についてきてくれたユーインだけが、いつも通りに接してくれる。


「城に入ったのは初めてだよ。広いな」

「たしかに広いよね。それにいつも綺麗。毎日丁寧に掃除するの大変だろうなぁって思うよ」


 そう答えると、ユーインは苦笑いをした。


「広い城を見た感想がそれか」

「え、ほかに考えることある?」


 そんなくだらないことを話しながら、気持ちを落ちつかせていく。

 ……大丈夫。きっと、なんとかなる。

 心の中で自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 案内されたのは、ヴィオラの断罪が行なわれたのと同じ、王の謁見の場。そこには複数の従者たちと王、そしてエルヴィスとヴィオラだった。


「今回の入れ替わりの黒魔術について、報告するために参上いたしました。アイリーンと魔術師団のユーインです」


 二人で頭を下げると、王は顔を上げるように言った。


「よく来てくれた」


 ここを仕切るのは、エルヴィスではなく王のようだ。彼はじっとこちらを見ると、全体に聞こえるような声で言った。


「今回、黒魔術を使われたという証拠を見せてくれると聞いた。君たちの証言を聞こう」

「はい。まず、あたしが聖女であるという証拠をお見せします」


 アイリーンはそう言うと、脚に魔力を集める。すると、体がふわりと浮かび上がった。宙でくるりと一周して見せれば、彼らは納得の色を見せた。


「このように魔術具を使うことなく、魔術を使うことができます。先日、あたしが治療を行う予定だったエルフたちの病も治しました。きっと彼らが証人となってくれるでしょう」


 魔術具なしで魔術を使っている様子を見て、王は「ふむ」とうなずく。


「たしかに、それは聖女にしかできないことだ」


 そう言いながら、彼はヴィオラの方を見る。


「そこにいる聖女はエルフたちの病を治しに行けなかったと聞いた。今、聖女の力を使うことはできるのか?」


 その問いに、ヴィオラは少し視線を下げたが、何でもないように笑みを浮かべる。


「今は使えません。体調がすぐれないのです。ですが、体調が悪ければ、魔力が使えないことくらい、誰にでもあることでしょう」


 彼女の言葉に加勢するようにエルヴィスが口を開いた。


「それに、ヴィオラが黒魔術具を使い、まるで聖女の力を使えるように見せている可能性もある。証拠とするには無理があるでしょう」


 そう言って、アイリーンの言葉を否定した。それを見ていたユーインが入れ替わるようにして前に立つ。


「私の発言をお許しください」

「許す。君は魔術師団の者だったな」

「はい。私たち魔術師団はヴィオラの近辺を調査させていただきました。そして、彼女の持ち物から黒魔術具を見つけ出しました」


 周りがざわりと騒めく。やはり、黒魔術を使っていたかという話し声が聞こえる中、ユーインは言葉を続ける。


「ヴィオラの持っていた黒魔術具は自分の容姿を猫に変えるもの。聖女の力に見せかけるようなものではありませんでした。……もちろん、入れ替わりの黒魔術具でもありません」


 ユーインはそう言って、エルヴィスの方に目を向ける。


「私たちは今回の入れ替わりに共犯がいると考えています」


 彼の言葉にうなずき、アイリーンはエルヴィスに向かって言う。


「エルヴィス様。その、首飾りを貸していただけないでしょうか?」


 エルヴィスの眉がぴくりと動く。


「……何故だ」

「その首飾りが黒魔術具の可能性があるのです」


 そう伝えると、彼は心外だと言わんばかりに声を張り上げる。


「この首飾りは、聖女アイリーンからもらったものだ! 黒魔術具のはずがないだろう!」

「それを証明するために、貸してほしいと言っているのです」

「これは大切なものだ! 渡すものか!」


 エルヴィスは渡そうとしない。アイリーンにはそれが怪しく思えた。

 ……やはり、エルヴィスも共犯なのだろうか。


「その首飾りを得て、どうするつもりだ」


 王の問いかけに、ユーインが唯一持ち込むことを許された魔術具を取り出した。

 その瞬間、頭痛が走る。


「うっ……」


 それはヴィオラも同じだったようで、立ち眩みをしたように頭を押さえていた。


「どうしたっ!?」


 エルヴィスが心配したようにヴィオラを支える。


「なぜか、頭痛が……」

「この魔術具は黒魔術具の魔術を打ち消すことができます。……どうやら、この場に入れ替わりの黒魔術具があるのは間違いがないようです」

「聖女に危害を加える魔術具の間違いではないのか! 兵よ、この者を捕らえよ!」


 エルヴィスの言葉に兵がすぐさま動く。兵たちに囲まれ、さすがのユーインも怖気づいた表情を浮かべた。

 報告をせよと言われ、この場に来た。そして、言われた通りに証拠を見せていった。それにも関わらず、エルヴィスは話を聞こうとしない。


 ……いい加減、腹が立ってきた。


 兵に囲まれながらも、アイリーンはエルヴィスを睨む。そして、腰に手を当てて大きな声を出した。


「エルヴィス様、いい加減にしてください!」


 兵に腕を掴まれ、押さえつけられる。それでもアイリーンはエルヴィスから目を離さなかった。


「頭ごなしに否定することだけがあなたの役割ですか!? いつも言ってるでしょう? 他者の意見を聞き、そのうえで考えることができなくてどうするんです!」


 まるで弟を叱るような口ぶりに、同じように押さえつけられているユーインが苦笑いしている。


「この空気で叱れる根性があるなんて……やっぱり、聖女様怖ぇ……」


 ユーインの呟きを聞きつつ、エルヴィスを睨み続けていると、エルヴィスは鼻で「ふんっ」と笑った。


「大した証拠も持ってこられなかったお前らが悪い。こいつらは国外追放だ! いうことを聞かないなら、私も容赦しない!」


 エルヴィスの杖に魔力が込められる。兵士たちは慌てたようにその場から離れた。杖はアイリーンの方に向いている。


「素直にここから出ていけ!」


 杖が火を噴き、こちらに向かって襲い掛かってくる。アイリーンは慌てて目の前に結界を張る。だが、それを見透かされていたのか、火は上からも襲い掛かってきていた。

 まだ体に魔力が馴染んでいないのか、咄嗟に結界が張れない。襲い掛かる火を何も出ずに眺める。


 助けて……ハロルド。


 そう思った瞬間、目の前に透明な結界が張られた。火をはじき、方向転換した火は天井を焼いた。


「な、何事だ……」


 エルヴィスは立ち上がり、あたりを見渡す。シャン、と鈴の音が聞こえた。


「まだ、お話は終わっていないでしょう?」


 謁見の場の扉が開く。

 扉の向こうに立っていたのは、囚われたはずのハロルドだった。

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