Act.3 採鉱開発基地、応答なし・3
「──それで、こちらから調査隊とか救難隊は出してないの?」
「いえ・・・はい・・・」ネルガレーテの問いに、コーニッグが力なく言葉を続ける。「正直、どうしたものか迷っていまして・・・」
「前代未聞、面妖奇天烈、怪異超常的過ぎて・・・?」
ユーマの、呆れたような、それでいて誹謗するような口調だった。
「不測の事故に対する救難スキームは、地表基地からの脱出が基本なのです・・・」コーニッグは苦渋の表情で首を振った。「ただそれらしい爆発や異常を検知した訳ではありませんし、そうだったとしても、連絡くらいは出来ようと言うものです」
「調査に応用できる、遠隔操作の
「地質や鉱脈を探査する機器はあるのですが、基地内部を捜査調査する事態が発生するとは、想定していなかったもので、残念ながら・・・」
「つまりは何かあった場合、基地のスタッフが自発的に自力で脱出しろって事ね」大きな腕を組んだユーマは、批判めいた口調だった。「堅実な企業に見えるけど、現場には少し冷た過ぎやしない? もっとも下は、もっと冷たいでしょうけど」
「今から支社に要請しても、時間が掛かり過ぎるな」
「それに、次も今回のようにちゃんと
アディが態とらしく首を振り、ユーマが口をヘの字に曲げて言った。
「あまり大掛かりな
「
「話はお聞きしましたし、実状も概略は把握しました」
「いえ、それは・・・」
思わずゴース人の
この辺りが、そのままコーニッグの不甲斐なさを露呈していた。
「この
「おや、そうですの? コーニッグ部長」
「・・・・・・」
ユーマの態とらしい助け船を、ネルガレーテがしれっと引き寄せる。無論ネルガレーテだとて、コーニッグが何を期待しているかは百も承知だ。ユーマの見事な合いの手に機先を制されたコーニッグは、あっと言う間に差配を握られて分が悪いどころか、追い詰められてさえいる。
「ジィク、次の予定は山羊座宙域のラオコーンだったわよね?」
「余裕があるって程じゃあないが、10日は空いてる」
振り返りもせずに問うたネルガレーテに、ジィクが慮ったように答える。
「あら、なんて都合の良い」肘掛けに肘を付いた左手で頬杖を突いたネルガレーテが、品定めするような目付きでコーニッグを見やる。「それで、トレモイユ支社の、ヌヴゥとか言う役員には連絡しました?」
「現状の報告と言う形で、6時間ほど前に入れましたが、支社が知るにはまだ少し時間が掛かるかと・・・」
「ああ、超対称性光子通信か。そりゃ向こうが受信するまでには、まだ20日ほど掛かるな」
突っ慳貪なネルガレーテの言い草に、困り顔のコーニッグが歯切れ悪く答えると、ジィクが他人事のように呟いた。
「けど、まあ言い辛いわよねえ」
気味悪いほど柔らかい口調のネルガレーテが、一呼吸置いたかと思ったら何の
「──不測の事態に陥った地表基地の救難のために、270億ガイア払って
ネルガレーテの見事な先制ストレート・パンチに、
ジィクは薄笑みを浮かべたまま、椅子に斜に
「そ・・・その・・・聞き間違いかも知れませんが、270億と言われましたか・・・?」
「確かに270億ガイア、決して2700億の言い間違いではありませんわ。お安いでしょう?」
搾り出すように声を上げるコーニッグに、
「いや、その270億とは・・・」目を泳がせるコーニッグは、動揺を隠せない。「その、相場とか、コストパフォーマンスとか、その辺りの感覚がどうも、その・・・」
「
「
「おやま、コーニッグ部長の一存では扱えない額でしたか?」
さすがに血相を変えて食い下がるコーニッグに、ネルガレーテが煽るように言った。
「その金額、あまりにも
「
立て板に水、コーニッグのしどろもどろな抵抗をいとも易く聞き流し、ネルガレーテが容赦なく打ち返す。あざといネルガレーテの言い草は、相手の思いきりの悪さに付け込んで、完全に足元を見透かしてさえいる。
「──セザンヌ太陽系第7惑星ピュシス・プルシャ。直径1万500キロ、自転周期は38時間で地表の平均気圧は平均880ヘクト、計測基準重力0.98ガル、大気成分は炭素系生命体が活動可能な許容範囲内だけど、近日点での全球平均表面温度が零下45度、遠日点では零下180度まで下がる、全球ほぼ極寒」小首を傾げたネルガレーテが、半眼のまま笑みを零す。「──でしたっけ?
「──35億ガウス・・・!」怒り出すことも出来ない
「こんな鼻水も凍る
「次年度の予算枠でなら、あと105億は上乗せできます」
「私たち
「覚悟・・・? それはどういう意味です?」
「まあ、お節介な親切心から出た言葉です。気になるなら、支社のセニョール・ヌヴゥと直接お話になれば?」
「話すと言っても、往信に600時間以上掛かるんですよ・・・! 支社からの返事を受け取るまでなら、1200時間、50日以上費やされてしまう! それを承知でおっしゃっているのですか!」
「それなら私たちの装備している、虚時空通信の回線をお貸ししましょうか?」ネルガレーテがぬけぬけと言い放った。「ジィク、通信での
「トレモイユ支社だろ?」答えるジィクは、
「ですって、部長」ネルガレーテが大仰に微笑んで見せた。「──勿論、回線使用料は御負けしておきますけど?」
「ミズ・
「いいえ、決して低くなんかないわよ、コーニッグ“指揮官”」
今度はユーマが、冷たい態度で茶化して返した。コーニッグがネルガレーテのことを、“ミズ・
「まずは、開発担当の役員に判断して貰ったらいかがかかしら?」立てた人差指を唇に当て、ネルガレーテは小首を傾げた。「彼の権限から見れば、大した内容じゃあ無いでしょう?」
「
「一言言っておきますわ、
すっくと立ち上がったネルガレーテが、柿色の瞳でコーニッグを真っ直ぐ見据えた。
「私たち
コーニッグはネルガレーテより5センチほど上背があるのだが、鬱金のデザインカラーを配した上下
「ねえ、
「・・・・・・」
コーニッグは口を真一文字に結んで眉根を寄せた。
「何が起こっているか分からない状況で、27名のスタッフの安否を確認し、可能ならば救出する。下に降りる者は、危険に
ジィクは椅子の中で体を
「このトラブルを卒無く処理して、開発プロジェクトを軌道に乗せるためにも、
何かあっても所詮は請負の
「この開発プロジェクトが成功したなら、
結構本音の部分を突かれているのか、相変わらずコーニッグは口をヘの字に結んだままだが、肩を怒らせて吸い込んだ息を黙って大きく吐き出した。
「心配しなくても、ヌヴゥ氏にはちゃんと理解して貰えますよ。どう考えても予測不能な事態ですし、管理者としてコーニッグ部長に非があるとは思えませんわ。今のうちに対処すれば、経歴が傷つくことは無いでしょうが、手遅れになるとそれこそ部長の本社復帰も危なくなくなるのではありません事?」
ネルガレーテが畳み掛けるように、言葉の機関銃を浴びせる。
「──差し出がましいようですが、何なら私からも口添えして差し上げあげましょうか?」
「も、もう結構・・・!」堪らず声を上げたコーニッグは、どうして良いか分からないほど
「もちろん結構ですわ」更にネルガレーテが、飛び切りの笑顔で頷いた。「私たちは自分たちの
ネルガレーテの言葉を最後まで聞かず、その背後を苦虫を噛み潰したような表情のコーニッグがそそくさと通り過ぎる。リサ以外のドラグゥン3人が一様に肩を小さく震わせて、笑いを噛み殺していた。
「──さて
何やらぶつくさ独り言を漏らしながら出ていく
「ちょっとしたティー・タイムが取れるわ」
釣られるようにユーマが、腕を上げて
「ねえ」立ち上がるアディを見て、リサも続いて身を起こす。「今、依頼された
「いや」アディが勿体付けるように小さく
「ネルガレーテは、ちゃんと仕込みを終えたからな」ジィクが半身を捻って振り向いた。「急がば回れ、ってやつだ」
「さっきの遣り取りで?」
ジィクに振り向いたリサに、後ろからユーマが言葉を掛ける。
「それに今回は、リサの
「スケジュールに妙な間があったのは、そう言う訳か」口をヘの字に曲げたアディがリサを見て、ユーマを
リサは申し訳なさそうに首を
「──あの・・・!」
遠慮がちだが、はっきりとした意志を感じさせる声がした。
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written by サザン
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