8. 妹、兄を生贄に狂人と契約する
「妹よ、喜べ。マッドサイエンティスト枠の候補が見つかったぞ」
「ほんと!? やったー♪」
――まぁ、相手が大物過ぎてほぼ玉砕確定だけどな
昨日、掲示板で二つ名について知った俺は、それがどういう物なのか調べた。
二つ名システム。それはプログレス・オンラインでの偉人に対して名を贈るシステムの事で、『一定人数以上のプレイヤー間であだ名が定着している』『そのあだ名に相応しい実績を残している』という2つの条件をクリアする事で初めて贈られる物らしい。
そしてその条件はかなりハードルが高いようで、多くのプレイヤーが集まる人気ゲームであるのにも関わらず、現在プログレス・オンラインには二つ名持ちプレイヤーがたったの6名しか存在しない。
・【獣の女王】多くの大型ペットを従え、テイマーの公式大会連覇やギルド対抗戦で驚異の伝説を残したテイマー界の頂点。
・【鬼武者】数々の大会でプレイヤー達を恐怖のどん底に叩き込み、年に1回しかない大型武闘大会ではあまりの恐怖に出場を辞退する者を続出させ、大会その物を破壊した戦闘狂。
・【サプライズボックス】様々なパフォーマーの大会で優勝を掻っ攫い、それが行き過ぎて大会入賞経験者はその大会に出てはいけないという暗黙のルールを作り出した伝説のパフォーマー。
・【足の速い子】途轍もない機動力を持つ謎の少年。表舞台に出て来ることは殆どなく、その異常なまでの機動力の高さを物語る目撃事例によって二つ名持ちとなった異色のプレイヤー。尚、彼の非公式ファンクラブ『足の速い子を愛でるお姉さまの集い』は、そのあまりの過熱ぶりに多くの者から畏怖されているという。
・【フェアリーゴットマザー】服飾ギルドのギルドマスターであり、本人も超一流の服飾系生産者。しかし、作る衣装は全てファンシーなデザインの物ばかりで、そのファンシーさを受け入れる事が出来る者だけが強大な装備の力を手に入れる事が出来るという。そして彼女に目を付けられた者は、半強制的にファンシーにさせられてしまうという怖ろしい大妖精。
・【クレイジークレイジー】数々の頭のおかしい自作アイテムを生み出す生産職プレイヤー。生み出したアイテムは必ず自分で使用感を確認するというポリシーを持っており、使用感を確かめるのに相手が必要な際は適当に目に留まったプレイヤーにアイテムを投げつけたりする狂人。
何ともキャラの濃い顔ぶれだが、今回のターゲットは正にマットサイエンティストと言うべき狂人【クレイジークレイジー】だ。
はっきり言って、そんな大物が只の新米プレイヤーでしかない俺たちの部下になってくれるとは到底思えない。
「それでどうする? その人の店の場所も調べてるから、勧誘に行こうと思えば今日にでも行けるぞ?」
「もち、すぐ行くよ! 善は急げなんだよ、にーちゃん!」
「お前のその語彙力は何処から来てんだよ……」
……
…………
………………
「ほほぅ、それで此処に来たって事ね。最初このお店に行くって聞いた時は、いったい何事かと驚いたよ」
「実際、リンスさんの第一声が『今すぐ考え直して!』でしたからね」
クレイジークレイジー、いったいどれだけ狂人なのか。……ちょっと行くのが不安になってきた。
クレイジークレイジーを勧誘する為にログインすると、チアから『組織として活動するんだから、リンスおねーちゃんも呼ばないと!』と組織幹部の鏡の様な事を言い始め、結果俺たちはリンスさんを含めた3人で勧誘に向かう事になった。
それだけの情熱があるのなら、いっその事チアが女幹部兼ボスって事で良いのではないだろうか。そして俺はしがない平構成員として影を潜める所存。
そんな事を考えながらも、変な拘りと神の如き強制力を持つ妹から逃げられないだろうと半ば諦め、俺は溜め息を吐きつつクレイジークレイジーの店の扉を開けた。
「いらさ~い。何をお求めかな? うちは何でもあるよ。この鳥もち爆弾なんてどうかな? 爆弾を中心に半径3メートル以内の全てを鳥もちでベッタベタに拘束しちゃうよ。……持って爆発させないといけないから、使用者ごとだけどね」
――もう、帰ろうかな
扉を開けた先には狂人が居た。
ぼさぼさピンクの髪に額に掛けたゴーグル、服装はオーバーオールの女性。そんな彼女は今、カウンターの上に仰向けに寝っ転がり、ひっくり返った状態でこちらを見ながら接客している。
リアルでは絶対に遭遇しないであろうこの状況に思考が止まり掛けたその時、俺の隣りをスルリとすり抜ける人影が居た。……チアだ。
「おねーちゃんがクレイジークレイジー?」
「そだよー。クレイジークレイジーのバーチャとは私の事さ。酷いよね~、こんな真面目が取り柄みたいな人間に対してクレイジーなんて二つ名を付けるんだから。ほんとこの二つ名システムってやつ、バグってんじゃないかな~」
「クレイジークレイジーって名前嫌なの?」
「いいや、凄く気に入ってるよ? 何だか発想の天才っぽい響きで良いよね~」
もはや訳が分からない。俺はこの時確信した、この人とは真面に会話なんて出来ないと。
俺の隣りではリンスさんが苦笑いをしながら2人の会話を見守っていた。
「クレイジーおねーちゃん。私の部下になって!」
「う~ん、私の作ったアイテムを大規模に試せる環境をくれるのなら良いよ~」
「分かった! にーちゃんが用意するよ!」
「おっけ~、なら交渉成立。今日から私は君の部下さ」
――……なんだって?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます