極振り勇者は魔王を倒したい!

蛸屋 ロウ

上:始まり! そして災難!

「ほ、本当に酒の勢いでやってしまってよかったのでしょうか……聖女様」

「いいもなにもさ? 私が失敗するわけないじゃ~ん?」


おずおずと尋ねるシスターに、勇者たちの背中を見送っていた聖女がへらへら酒瓶を振りながら答える。


「ですがその……あまり良くない予感がするのですが……」

「ま、何とかなるんじゃない? 若いんだしさ」


適当なのか、あるいはさじを投げたのか定かでないことを言い残しつつ、頭をボリボリかきながらその女は教会の中へと戻っていく。



これは昔々、神聖な祝福を授かった、だがしかし授からないほうが良かったかもしれないような。

3人の少年少女の勇敢で、奇怪で、珍妙な冒険譚。

後に世界を平和に導く、勇者一行の旅路のお話……



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俺はロック、剣士だ。 悪しき魔王を倒さんと、今日も冒険を続ける勇者だ。


世界の北の北、遥かかなたにそびえる魔王城への道は険しく、ゆく先々で様々な困難が襲いかかってきた。

そのたびに培ってきた技とくじけぬ心、そして誰よりも信頼している仲間とともにそれを乗り越えてきた。


そんな旅路のある日、偶然立ち寄った村でこんな噂を耳にする。


「ここから北にあるラビリンスっていうの森の最奥にな、えらくべっぴんな聖女さんがいる教会があるんだわ。 んで、上物のワインだか希少なジュエリーだかを貢げば、神聖な祝福が授けられるんだとさ。」


話を聞くかぎり胡散臭さがプンプンするが、どうせ通るルートだったし願掛けのような感じで、あわよくば神聖な力かなにかで多少なり強くなればいいなと神頼みな考えで、



そこそこ高値のワインを購入し村を発ったのが一日前。



「や。 旅のものよ、貢物は持ってきたか?」


温かな木漏れ日が差し込む森の奥深く、そこにひっそりとたたずむ古めかしい教会の扉を開けた。

やや埃っぽく薄暗い。神聖さというよりはすこし不穏気な、怪しい魔術師の工房という雰囲気に近い空気だ。その暗い印象とはまるで正反対に教会の最奥をあざやかに彩るステンドグラスの下、木製の講壇に頬杖をつき、例の聖女であろうと思われる女は欠伸混じりに挨拶をしてきた。


それはそれは噂通りの美人であった。

絹のような滑らかな金色の長髪、やや幼げが残るがとても端正な顔立ち、こちらを見つめる翡翠の双眸はまるで磨き上げた宝石そのものだ。


しかしなんというか、訪ねてきたのはこちらだが、あいさつの次の言葉が『貢物は?』なのは少々ひっかかる。

もう少しこう…神職につくものは礼節があると思っていたのだが…。


その思いを口には出さず、気だるげな様子の聖女に俺たちは軽く自己紹介をして、先に購入したワインを差し出した。

刹那、獣と見紛うほどの俊敏さで聖女は酒瓶をかすめとり、ステンドグラスを通る光を当ててじっくりと銘柄を吟味し始めた。


「あー、あの村の特産かー。 けっこーな上物じゃん。 いいねぇ。」


審美を終えると間髪いれずに、コルク栓を指の力のみでキュポンと引っこ抜き、


まさかの、ラッパ飲み。


目の前で起こった一連の流れに当惑した俺はそばにいる仲間の顔を見る。『コイツほんとに聖女か?』ときっと俺の顔には書いてあるだろう。

仲間が小さく肩をすくめる。『わからん。みてくれだけの飲んだくれ、あるいは詐欺師やもしれぬ。』と、その微妙な表情から読みとった。


「でぇ? 旅のものよ。 祝福を授かりに来たのだな?」


と、いつの間にか中身が半分ほどになってしまった酒瓶を振りながら、目の前の女は尋ねてきた。

少し、顔が紅潮している。


「い、いや……やはり遠慮しておくーーー、」


関わったらマズい。 これじゃただのめんどくさい酔っぱらいのダルがらみに付き合うハメになる。ただの村の噂話なんて真に受けるんじゃなかった。

俺たちは精いっぱいの愛想笑いを作りながら、多少強引にこの場から退く準備にとりかかった。


が、


「ーーーそれを宿すは救世の英傑ら。一人は疾風の速さを、一人は全能の知恵を、一人は比類なき力を。」


まるで教会内が吹雪いたかのようだった。

踵を返したその時、一瞬にして空気が凍てついた。いや、目の前にいる女がまるで人が変わったかのような口調と覇気で語り始めたのだ。

振りかえり聖女と目が合う。その凛とした瞳が静かにこちらに問うてきた。


「そなたら、欲しいのだろ? 神の寵愛が。」


その短き問いでさえ、心に重く響いてくる。 恐怖からとはまた違う、強大な重圧を感じる。

畏怖すら抱く女の気迫。それは人よりも更に上位の存在と相対しているようだった。


それだけで勇者一行は理解した。 いや理解

今この瞬間、眼前に佇むのは紛うことなき圧倒的な存在。ひしひしと伝わってくる神々しさにもにた威厳をたたえる様は、まさに聖女その人だった。


これは噂話などと、ましてや願掛けなどの気休め程度ではなかった。きっと二度はないであろう、正真正銘、神の恩恵をこの身に宿せる千載一遇の機会なのかもしれない。


俺は一歩踏み出す。もしそうなら、この機を逃す手はない。

今より強くなれるならば。より多くの人を救えるならば。あの魔王を倒せるための力になるならば。

これ以上悩む理由などありはしなかった。


聖女が静かにほほ笑む。その一歩を、勇気を求めていたかのように。


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で、小難しい儀式を経て再び旅路についたのが三十分前。そして今に至る。



「最近は魔物の数が多いな。 そういう季節なのか?」


爽やかな風が通っていく草原を進んでいた時に立ち寄った、こじんまりとしたとある村。静かで、だからといって活気がないわけでもない、もっとも平和に近しいような雰囲気のある場にそぐわず、そこは混乱と恐怖の渦中であった。


どこからか人里に迷い込んだのか、雄たけびを上げ、その筋骨隆々な体躯で暴れまわる一つ目の魔物『サイクロプス』。

他でもないその存在がこの村の平穏を脅かしていた。

目の前には逃げ惑い救いを求める人々、そして討つべきこの悪事の元凶。

今ここで勇者たる自らの力をこの場で振るわない理由などあるだろうか。あるわけがないだろう。


「いくぞ、レイン!ジロー!」

「言われなくても!」

「推して参る!」


3人の勇者が各々の得物を構え、サイクロプスに吶喊とっかんする。戦闘の火ぶたは切って落とされた。誰よりも早く駆け出したのは俺だった。


サイクロプスの体を回り込むように走り、斜め後ろに来たあたりで魔物の巨体へ一直線に突撃する。


『集中しろ。速さだ、速攻で仕留めろ!』


攻撃の一歩を踏み出したその時、踏みしめた足から血管を通って全身に駆け巡る熱のようなものを感じた。その感覚が脳に達したとき、これが他でもない先に与えられた祝福の力なのだと感じた。そしてなぜだか確信する。

この足ならばだれにも捉えられない速さを、越えられない速さを出せるのだと。聖なる力に後押しされたお前には、もはや恐れるものはないと。


「はあああああッ!!」


超高速の斬撃が、肉厚な脇腹から背中にかけて走る。

その切り口からはゆっくりと血が滲み、じきに止まることを知らぬ勢いで、サイクロプスの悲痛な呻きとともに真っ赤な鮮血があふれ出したーーー、


「ーーー、ア”?」

「ーーー、へ?」


はずだった。


ない。 傷が。 舞い散る鮮血の一滴さえも、ない。


今しがたの行動とその結果の整合性がとれず、しばし斬り抜けた地点から剣を走らせた腹回りを呆けた顔で見ていた。相手も同じく不思議極まりないとばかりに、体に傷がないか手で探っている。

サイクロプスと目が合った。互いに言葉はない。「?」と、頭に浮かんでいるだけだ。


だが妙な間は長くは続かなかった。体が万全ならばとサイクロプスが反撃にでる。丸太のような腕が振り下ろされ、呆気にとられ一歩動くのが遅かった俺の体を弾き飛ばした。

宙を舞う体は強かに地面に叩きつけられ、天と地が目まぐるしく入れ替わっていく光景が目に飛び込んでくる。やがて民家に突き当たり、激痛を伴う大回転はそこで止まった。


すぐに態勢を整えなければ。だが体が起き上がり方を忘れたかのように腕の動きは鈍くおぼつかず、小刻みに震えては力なく倒れこんでしまう。先の一撃は、間違いなく決定的なものだった。


「ロック!? 待ってて、治療するからね。 ジロー、カバーお願い!」


倒れこむ俺に向かって仲間の一人、魔法使いのレインが息を切らしながら走り寄ってきた。

すぐに傷の状態を確かめるが、深刻そうに眉間にしわが寄ったのをみるにかなりの深手らしい。素早く手に携えた魔導書のページをめくり治癒魔法の詠唱にとりかかった。


癒しのまじないを紡いでいるさなか、どうやら何か新鮮な刺激を感じたらしい。まるで悩み続けてきた難問の求め方をたった今ひらめいたように、その顔には興奮と期待とが入り混じった喜びが浮かんだ。

間違いない、例の力だ。


詠唱が紡がれ始め、淡い光が俺の体を包んでゆく。その光が傷口をなぞる度、鈍い痛みも倦怠感もすっかり吹き飛んだように消えただけでなく、胸の底から溶岩のようなたぎる情熱が湧き上がってきた。


息をのむ。いままでの治癒魔法とは比にならない治癒力、即効性、そして心を奮い立たせるような熱いエネルギー。いざその力を肌身で感じれば、そこにはもう驚きではなく畏怖すら抱いてしまう境地だった。


いける。


五体満足以上の状態で再び立ち上がり、剣を構える。サイクロプスは3人目の仲間、侍のジローが攻撃をいなし続け注意を引いている。もう一度、今度は不意打ちならば。


ゆっくりと姿勢を落とし、地面を踏み込む。今だ。駆け抜けーーー、


「あへぁあぇ・・・」


ようとした俺の足に何故か全体重を乗せかけてくるレインにつまづき、受け身も取れず豪快にヘッドスライディング。傷治ったばっかなのに。


「何してんだお前! いいところだったろうがよ!」


「ナニコレマジで無理ホント無理・・・、疲れたなんてもんじゃないよ。体の水分全部しぼりだして1時間走りつづけたような気分・・・。」


つい先程までの険しい態度など微塵もなく、ゆるみきった表情筋と干からびたカエルみたいに地面に寝転んでしまう魔法使い。まるで致命の一撃でも食らったかのようにピクピクと動いている。


あきらかに異常だ。

詠唱自体で少なからず疲弊するとはいえたった一度の詠唱でここまでくたびれるなんてことは不可解だ。それに今までの冒険で、魔法を使ってダウンするレインなど見たこともない。


傷一つつかなかった先の俺の攻撃が拍車をかけてこの事態の奇怪さを物語っている。理由など思い当たらない。今日この日まで万事順調に歩を進めてきたはずなのだが。


だが一つの嫌な予感が脳裏をかすめる。


その不安を振り払うかのように、俺はサイクロプスの猛攻をしのぎ続けているジローの方を見やる。握られた刀で重い拳を受け流しこそしているが、なかなか攻勢に転じられず防戦一方の戦況だ。ならば今はジローの体力が途切れる前に、すみやかに加勢するべきだ。


ぐったりとしたレインを横に寝かせ、雄たけびをあげる魔物に疾風のごとく駆け出した。およそ人の域を外れた俊足で魔物に肉薄し、閃いた剣が再び背中を斬りつける。しかしそれは少しばかり擦りむいた程度の傷にしかなっておらず、目に映る結果に対しいまだに脳が理解を拒んでいる。


だが考えてもしょうがない。今できることをするまでだ。


「ジロー!俺が注意を引く、居合で仕留めろ!」

「御意!」


侍が一歩飛びのき、刀身を鞘に納め構えをとる。


「居合」、遥か東の古き剣技。

精神を研ぎ澄まし、刹那のうちに放たれる抜刀は誰も見切ることなど、防ぐことなどできない必殺の一撃。ジローが修行のすえ身につけた奥義ともいえる技であった。


サイクロプスの視線がゆっくりとこちらを睨みつけ、丸太のような腕で薙ぎ払ってくる。だが遅い、今の俺の前では。立て続けに振るわれる猛攻をすべて巧みな身のこなしで回避しつつ、居合の射程範囲に入るよう慎重に立ち回る。その間幾度も隙を見つけては剣で斬りつけたのだが、やはり致命傷どころか怯むような痛みも与えられない。


「ジロー、まだか!?」 「まだだ! もう少し待たれよ!」


唸りをあげるパンチを、右へ左へと避ける。


「ジロー、まだなのか!?」  「まだまだ、まだ待たれよ!」


石垣の破片を力任せにむしり取り、砲弾のように投げられたつぶてを跳躍で躱す。


「おい!・・・おい! ジロー!」 「まぁ~だ!まぁ~だ! 今しばらく待たれよ!」


コイツふざけてんのか。

三十秒以上にもわたるラッシュ攻撃とヒットアンドアウェイの攻防の最中、いつしか俺のヘイトはやや疲弊してきたサイクロプスに対してよりも、やたらと待機時間の長い味方の侍にへと向けられていた。そして今になってようやく、先によぎった不安が的中したことを知った。


疲弊した魔物は攻撃が当たらないと悟ったのだろうか。俺への攻撃をやめ絶えず構えをとっているジローへと矛先へと向けなおした。それも一撃で仕留めまいと、全速力で駆け出して。

まずい。仮にここで止めなければ、現時点での火力役が十全に機能しなくなる。あまつさえ無防備な集中状態。もろに食らえば再起不能はまぬがれないだろう。


一拍遅れて俺も駆け出した。すぐに筋骨隆々な背中に追いつき、足の腱を狙って剣を突き刺す。案の定むなしくはじき返され、魔物の猛進を止めることは叶わなかった。魔物は侍めがけて大きな踏み込みから入り、腕の筋肉が膨れ上がるほどに力を込めて拳を引き絞った。侍は今だ静かに時を待っている。その静寂を吹き飛ばすように、空気を揺らす怒号とともに必殺の一撃が放たれた。


速い、それに距離もない。弾くなどおろか、回避すらままならぬだろう。

当たれば必死、だが必中。 今だ動かぬ侍の命は、残りわずかで砕け散ろうとしていた。




ーーーならばその前に斬ればよいのだろう?




そうつぶやくように、鞘から覗いた白銀の刃が閃いた。



瞬きにも満たぬ間であった。



おもむろに鞘に仕舞われる刀がすべての行動を終えたことを俺に伝えてくる。カチリと小気味よい音をたて、眩い白刃がその姿を隠す。


瞬間、あふれ出す血しぶきと鋭い風切り音、砂塵を巻き上げる爆発的な突風すべてが思い出したかのように一緒くたに空間に訪れる。まるで嵐だ。たった一振りの風圧は当たるものすべてを突き飛ばすように荒れくるい、しだいに落ち着いては後には静寂と半身を両断されたサイクロプスの亡骸だけを置いて行った。


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


ジローと目が合う。互いに口はあんぐりと開かれている。


やがて物陰に隠れていた村人たちが、脅威の去った村へと歓声をあげて戻ってくる。


これで戦闘は終わりだと、どこか遠くで鳥が鳴いたような気がした。



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一部始終を見ていたロック、まさか自分が斬り伏せたとは思うまいジロー、ぶっ倒れているレイン。

この場では誰も戦いのすべてを語ることは、ましてや説明することなどできないのだろう。


これは昔々、神聖な祝福を授かった、だがしかし授からないほうが良かったかもしれないような。

3人の少年少女の勇敢で、奇怪で、珍妙な冒険譚。

後に世界を平和に導く、勇者一行の旅路のお話……。

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