特別な場所から日常へ

悠人はいつものように、女装サロンのドアを開けて中へ入った。


サロンの独特な雰囲気――柔らかい照明、落ち着いた音楽、そして化粧品や衣装が並ぶ棚――すっかり馴染みのある光景になっている。


以前はこの場所に来るたびに心が高鳴り、ドキドキしながら新しい服やメイクに挑戦していたものだ。


しかし、最近はその気持ちに変化が生じていた。


「悠人さん、いらっしゃい!」スタッフの明るい声が響く。


「今日もよろしくお願いします」と自然に挨拶を返しながら、悠人は鏡の前の席に座った。


いつも通り、メイクをお願いして、女装を楽しむための準備をする。


しかし、今日はどこか気持ちが落ち着いていることに気づいた。


以前のような緊張感や期待感が少なく、心地よいまったりとした空気の中にいる自分を感じていた。


メイクが終わり、スカートとブラウスを着て鏡に向かう。


美しく仕上がった自分の姿がそこに映っているが、今は特に驚きも感動もない。


ただ、「これが今の自分」として、自然と受け入れている感じだ。


「最近、女装がすっかり日常の一部になってるな…」悠人は心の中でそう感じた。


女装を始めたばかりの頃は、どんな服を着るか、どんなメイクにするか、すべてが新鮮で刺激的だった。


だが、今では女装は特別なものではなく、むしろ自分にとって自然な行為になっている。


スタッフが近づいてきて、ふと話しかけてきた。「悠人さん、今日は特にどんな感じにしたいとかありますか?」


「うーん、今日は特にこれがやりたいってわけじゃないんです。ただ、ここに来てリラックスしたくて」と悠人は答えた。


「それもいいですね。女装って、最初は興奮したり、ドキドキすることが多いけど、だんだんと落ち着いて、自分の居場所みたいに感じるようになる人が多いですよ」


「そうかもしれませんね。今は女装そのものよりも、ここで過ごす時間や、みんなとの会話が楽しいんです」


悠人はしみじみと感じた。


ここでの会話が、今の自分にとっては大切なものになっている。


新たな知り合いとの会話や、女装についての軽い雑談が、何よりも楽しみになってきているのだ。


悠人がカウンターの方に向かうと、いつも一緒にいる常連のお客さんが数人、既に集まっていた。


彼らは皆、女装を楽しんでおり、それぞれが思い思いのファッションやメイクをしている。


中には派手なドレスを着ている人もいれば、シンプルなカジュアルスタイルで来ている人もいた。


「悠人さん、今日も来てるんだね」と、親しい友人の一人が声をかけてきた。


「うん、最近はここで話すのが一番の楽しみになってるよ」と悠人は笑いながら返した。


「わかる、私も最初は服選びとかメイクが一番楽しかったけど、今ではここでみんなと話す時間が一番大切になってるよ」


「そうだよね。女装はもう日常の一部みたいな感じになっちゃってる。前はもっと特別なことだと思ってたけど、今は自然とやってる自分がいるよ」


会話は次第に、最近のニュースや、趣味の話、そしてそれぞれが今抱えている小さな悩みへと移っていった。


女装サロンという場所ではあるが、会話の内容は必ずしも女装に関するものばかりではなかった。


むしろ、普段の生活や仕事、趣味についての話が中心となり、そこに集う人々にとっては安心できる居場所となっていた。


「そういえば、最近どこかに出かけた?」


「うーん、特には出かけてないけど、今度友達と旅行の計画立ててるよ。普段はあまり旅行とか行かないんだけど、たまにはいいかなって思って」


「いいね!旅行は気分転換にもなるし、新しい場所で女装するのも楽しそうじゃない?」


「そうだね、でも女装して旅行するのはまだちょっとハードルが高いかな…」


「最初はそう思うけど、一度やってみると案外自然にできるものだよ。私も最初は怖かったけど、今じゃ女装してどこでも出かけられる自信がついたよ」


「うん、確かに。今はこのサロンでの女装は自然だけど、外で普通に女装するのはまだ少し抵抗があるかも…」


悠人はふと考え込んだ。サロンの中では完全に自分を解放できるが、外の世界ではまだ少し壁を感じる部分がある。


しかし、ここでの会話や経験が少しずつその壁を崩していってくれるのではないか、という希望もあった。


時間が経つにつれて、サロン内の空気はますますまったりとしたものになっていった。


悠人は他のお客さんたちとの会話を楽しみながら、心の中で「ここが自分にとって居心地のいい場所なんだな」と感じた。


女装は以前ほど特別なものではなく、むしろ自分自身を表現する一つの手段として自然に受け入れている。


以前はドキドキしながら挑戦していたが、今では安心感を持ってこの空間に身を置いている自分がいる。


「今日は特に新しいことをしたいとかじゃなくて、ただここで過ごしたかっただけなんだ」と悠人は静かに呟いた。


スタッフがそれに気づき、微笑みながら「それが一番の楽しみ方だよ。女装は自分を表現する一つの方法だから、無理に何か新しいことをしなくても、こうやってまったり過ごすのも大事だよ」と優しく声をかけてくれた。


悠人はその言葉に頷きながら、自分の中での心情の変化を改めて感じ取った。


女装サロンに来ることが、今ではただ女装を楽しむだけでなく、新しい友人と過ごす大切な時間になっている。


サロンの外の世界でも、少しずつこの感覚を持ち込んで、自分を表現していけるようになれば、もっと楽しい日々が待っているかもしれない。


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何となく女装を始めたら、だんだん拘り過ぎてしまった件 古都礼奈 @Kotokoto21

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