第15話 彼女と試験勉強をした

 帰宅時点で俺は結構ムラムラしていたし、かえでの瞳にも欲情の炎がゆらめいていたが、大人しく勉強に取りかかった。

 もう試験一週間前だ。さすがにしっかり対策を始めないといけない。


 ふと集中が途切れたときに、隣に座る楓を見た。

 俺の視線には気づかないようで、真剣な表情でペンを走らせている。


(……可愛いなぁ)


 俺はしばし我を忘れて楓の横顔に見惚れていた。


「——まくん。悠真ゆうま君」

「……えっ? あっ、何だ?」

「ぼーっとしてましたけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、悪い。なんつーかその……楓に見惚れてた」

「っ……!」


 ポッという音でも聞こえそうなほど、瞬時に楓が真っ赤になった。

 肩をバシバシと叩いてくる。


「な、何ばかなこと言ってるんですかっ!」

「ごめんって。でも、本当に可愛かったから」

「っ〜! も、もしかして煽ってます?」

「煽ってないって」


 普通は男側のセリフだろうと思ったが、もうそこに触れる必要もないか。


「それで、どうしたの?」

「……まあいいです。ちょっとわからない問題があって」

「数学?」

「はい。これなんですけど」

「あぁ、これはまず平方完成をして——」


 俺は実際にノートに書き込みながら教えた。


「——って感じだ。どこかわからないところは——」


 あるか、という言葉は消えた。楓の口の中に。

 説明を終えて彼女のほうへと向き直った瞬間、キスをしてきたのだ。


「か、楓っ?」

「ふふ、さっきのお返しです。わかりやすい説明、ありがとうございました」


 楓ははにかみながら早口でそう告げた。頬を染めたままワークへと視線を戻した。

 まるで、自分自身の中で湧き上がった激情から意識を逸らすように。


 俺は悶絶して机に突っ伏した。

 やり返してきたくせに自分も興奮しちゃってるとか、愛おしすぎるだろ……!


 心と愚息が鎮まるまで、俺はそのままの体勢でいた。




◇ ◇ ◇




「さすがに飽きてきますね」


 楓はペンを回しながらつぶやいた。

 試験前最後の土曜日、午前中から悠真とともに彼女の家で勉強をしていたが、さすがにお昼を過ぎると集中力が下がってきた。


「だな。一回長めに休憩するか」

「そうですね」


 楓は机に突っ伏した。すかさず悠真の手が頭に伸びてくる。

 くすぐったさも恥ずかしさもあるが、それ以上に頭を撫でられるのは気持ちよかった。


 もっと触れていたくて、楓は体を起こすと悠真の肩に頭を乗せて寄りかかった。

 予想外だったのか、彼の体がピクッと震えた。すぐに肩に手を回して抱き寄せてくれた。その頬は赤かった。


「ふふ、悠真君。お顔が真っ赤ですよ?」

「楓もだろ」


 拗ねたようなその口調に、楓は思わず笑ってしまった。

 不満そうにしていた悠真も、やがてふっと表情を緩めた。


 無言で体を寄せ合っているだけで、精神が安らぎに満たされていく。


「……まずいです」

「何が?」

「リラックスしすぎて、勉強に戻りたくありません」

「間違いねえな。じゃあ、ノルマでも決めるか?」

「ノルマ?」

「あぁ。今日一日のノルマ決めて、お互いが終わったら後は自由時間みたいな」

「いいですね、それ」


 ノルマを達成していれば、勉強のことは一旦忘れて全力でイチャイチャできるだろう。

 二人は早速ノルマを決めた。


「あっ、どうせなら早く終わらせたほうが一つだけわがままを言えるというルールにしませんか? もちろん常識の範囲内ですけど」

「いいなそれ。そうしよう」


 つまらなかった勉強にゲーム性が加わると、一気にやる気が戻ってきた。

 勝てばわがままを聞いてもらえるのだ。テンションも上がるというものだろう。


 楓の中では、わがままはすぐに思い浮かんだ。想像するだけで頬が熱くなる。

 思考を逸らすように、楓は尋ねた。


「悠真君のわがままは何ですか?」

「秘密だ。楓は?」

「秘密です」

「なんだよ」


 二人でクスクス笑い合う。

 それからは、どちらも午前中以上の集中力を発揮した。


 あと一問だ——。

 楓がそう気合いを入れ直したとき、


「よしっ、終わった!」

「なっ……!」


 高速で動いていた楓の手がぴたりと止まった。

 ギギギ、とロボットのようにぎこちない動きで悠真のノートに目を向ける。


 彼はたしかに世界史のワークのノルマを達成していた。

 他の教科がすでに達成済みであることは、先ほどの休憩中に確認していた。


「俺の勝ちだな」

「くそっ、あと一問だったのに……!」


 楓はプルプルと拳を震わせた。


「はは、タッチの差だな」


 そう言って楓の頭を撫でる悠真の顔には、優越感の混ざった笑みが浮かんでいた。

 楓は悔しくなり、彼の足の間に座って腰を彼のモノにこすりつけた。


 しかし、そんな子供じみた負け犬の遠吠えは悠真を元気にすれど、怯えさせることはできなかった。


「はは、楓って結構負けず嫌いだよな」

「な、なんですかその余裕はっ、おっ勃たせてるくせに!」

「そりゃ、仕方ねえじゃん。楓が可愛すぎるのが悪いんだから」

「っ……もう〜!」


 楓は悠真の胸板をポカポカ叩きながら悟っていた。

 この勝負、どうあがいても自分に勝ち目はないと。


「悪かったよ」

「くっ……」


 笑いながらあやすように頭を撫でられ、楓は敗北を受け入れた。


「……仕方ありませんね。今回は特別に許してあげます。わがままを言うがいいでしょう」

「負けたくせに偉そうなのは置いといて、えっとだな……」


 悠真の歯切れは悪かった。

 その表情は真剣だった。楓は茶々を入れずに待った。


「その、嫌なら全然拒否してくれていいんだが……し、舌入れてもいいか?」

「えっ——」


 楓は思わず悠真の顔を凝視してしまった。


「あっ、やっぱり嫌だったか?」

「い、嫌なわけではありません!」


 楓は大きな声で否定した。

 羞恥が込み上げてくる。視線を逸らしながら、


「むしろ、その逆というか……」

「逆?」

「はい。その、実は私のわがままもそれ、だったので」

「えっ、そうなのか?」


 楓は頬に熱が集まっているのを自覚しつつ、小さく一回うなずいた。

 何回も体は重ね合わせているし——というより悠真が家に来たときはほぼ毎回だ——、その中で色々な体位もやってみた。

 しかし、まだディープキスはしていなかったのだ。


「そうか……」


 悠真が嬉しそうに笑った。

 楓の胸やら下腹部やらがキュンキュンした。


「じゃ、じゃあ……しますか?」

「お、おう」


 お互いに唇を開いた状態で口付けを交わす。悠真の舌が侵入してきた。

 初めてだったので最初はうまくできなかったが、めげずに練習をしているとだんだん呼吸も合わせられるようになってきた。


「ん……ふっ……」


 湿りつつも少しだけザラザラとした感触、悠真の息遣い。そしてぴちゃぴちゃという水音。

 五感で感じ取れるすべてが新鮮かつ官能的だった。


「あっ、はっ……!」


 口内を蹂躙じゅうりんされていると、まるで身も心も支配されているような感覚になった。

 気持ちよくて頭がぼーっとしてきた。


(ゆ、ゆうまくんっ……!)


 精神的にも肉体的にも快楽を得ている状態で、そういう欲が高まらないわけがなかった。

 楓は我慢できずに悠真のそこに手を伸ばした。


「うっ」


 思わずといった様子で彼は腰を引いた。

 追いかけて硬くなったソレを掴む。


(もう、こんなに……!)


 毎度のことだが、自分でこんな状態になっていることを確認するたびに、楓の胸は幸せで満たされる。

 悠真とのエッチが好きなのは、もちろん体の相性がよいというのもあるのだろうが、それ以上に愛されてるという実感が得られるからこそだった。


「ん……!」


 胸の頂を優しく触られ、楓は嬌声を上げた。

 そこまでして止まる理由はなく、当然のように二人は体を重ねた。


 その際、悠真がこれまで遠慮していた分もまとめて発散するように楓の胸を執拗に刺激し、乳首が性感帯であることが判明したのはまた別の話である。




◇ ◇ ◇




 週明けの月曜日。

 部活はすでに休みになっていたが、楓は放課後すぐに帰宅するわけにはいかなかった。生徒会の集まりがあったからだ。


「——楓」


 話し合いが終わった後、待ってくれている悠真の元に向かおうとしていると光一こういちが話しかけてきた。


「なんですか? 宮村みやむら君」

「この企画案についてなんだが——」


 雑談や聞いてもいないアドバイスなら頑張って早めに切り上げようと思ったが、真面目な話なので渋々聞く体勢になった。

 話が終わると、光一は間髪入れずに尋ねてきた。


「そういえば、一条いちじょうとはうまくいっているのか?」

「悠真君とですか? はい。順調です」

「そうか。なら、もしかしたら気分を悪くするかもしれないが、一つアドバイスをしてやるよ」


 光一がわざとらしく楓から視線を外して間を置いてみせてから、視線を戻して続けた。


「——楓。お互いのためにお前らは別れるべきだ」

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